11
竜二の部屋から出て、僕らは1階の模擬喫茶店フロアに集まった。
3人に囲まれ、生きた心地は正直しなかったが、藤堂が「悪いようにはしねーよ」と一言言ってくれたおかげである程度であるが、心に余裕が持てた。
「まずは、どこから話すかだが……」
僕を見ながら、藤堂は頭を捻りながら言葉をこぼす。
「お前も感づいている通り、橋本竜二はヴァンパイアだ。しかも普通のヴァンパイアじゃない、純血種……、アルファと呼ばれる部類に属している」
純血種? アルファ? 何を言っているのか分からず首を傾げる。ヴァンパイアにそんな区分けなどあるのだろうか?
僕が理解していないことを察してか、藤堂は補足説明を続けた。
「多くのヴァンパイアは、普通の人間が死後の葬儀などの不備により魂が堕落し、ヴァンパイアとして蘇る。つまり生まれてきたときには人間で、一度死んでヴァンパイアになるんだ。
しかしアルファと呼ばれる純血種は、生まれ落ちた時からヴァンパイアとして生を受ける。こいつらは普通にいるヴァンパイアと違う点も多い。能力の点においての優位さもそうだが、何よりも特質なのが繁殖能力があることだ。
もともとヴァンパイアには、多くの作品に描かれるような『吸血したらヴァンパイアになるゾンビ的設定』は持ち合わせていないし、哺乳類が取るような繁殖行為で子供を増やすことはできない。しかし、アルファだけは特別で、自分の血を相手に与えることで、ヴァンパイアに変貌させることが出来る。擬似的とは言え、ヴァンパイアを繁殖することが出来るんだ」
……なるほど。藤堂の話には分からない単語も多かったが、普通のヴァンパイアと違うと言うことだけは分かった。まあ、普通かどうかという話で言うと、ヴァンパイアという存在自体が普通ではないのだが。
「なるほど。で、どうして藤堂さんは後見人? みたいなのになったんですか?」
「それは、私がお願いしたんだよ」
藤堂に対して聞いた質問に応えたのは山本だった。僕は視線をそちらに向ける。相変わらず何を考えているか分からない表情をしており、何の感情もなさそうな無の表情が僕の顔をじいっと見つめていた。
「風の噂でヴァンパイアのアルファが生まれたと聞いてね。西洋文化が入ってしばらく経つとは言え、日本で西洋の妖怪であるヴァンパイアのアルファが誕生するのは珍しい。生態的にも一般人の家族と共存していくのは困難というのもあり、私から藤堂くんに、彼の世話をお願いしたということだ」
「はあ、なるほど……。藤堂さんや、山本さんは妖怪のエキスパートって言うことですか?」
「エキスパートというか……、これは少々説明が難しいな」
珍しく困惑した表情を浮かべ、山本は首を捻る。しばらくして藤堂と山本が互いに目配せをし、それだけで意思疎通が出来ているのか藤堂は軽く頷いた。
藤堂はそれまで以上に意思を固くした顔持ちで僕の方を振り返った。
「お前は気づいていないかも知れないが、俺も妖怪の一人だ。俺はヴァンパイアではなく人狼。ライカンスロープと呼ばれる種族で、満月の時とかに狼に変身できる。娘の紅葉は人間とのハーフで、ルーガルーだ。この子は俺と違って半狼人間で、常に半獣化している。訓練で耳や尻尾は隠せるようになるが、今はまだそこまでに至っていない」
そうか、先ほど見た紅葉ちゃんのもふもふした耳や尻尾は本物だったのか……。どおりで質感が妙にリアルだと思った。
橋本がヴァンパイア、藤堂が狼人間だとすると、残りの山本もおそらく妖怪なんだろう……。僕は視線をチラリと山本の方に向ける。
「その……、山本さんは何の妖怪なんですか?」
何の気なしに聞いたのだが、それに対して藤堂が息を吸い込み「無知とは言え、恐ろしいな」と小さくこぼしたのを僕は聞き逃さなかった。
「私は山本五郎というものだよ。まあ、妖怪たちの棟梁……、頭の一人と捉えてくれて構わない」
「はあ。ゲゲゲの鬼太郎でいうところの『ぬらりひょん』みたいな存在ってことですか?」
そう言うなり、藤堂が血相を変えて「お馬鹿!」と叫び、山本はそれを右手を上げて制した。
「無知な子供の勘違いに腹立てるほど私の器は小さくないよ。まあ、あまりその定説が流布されるのは私の望むところではないが……」
「ご、ごめんなさい」
「今後認識を改めてくれればそれで良い。で、それはそれとしてだが」
ふむ。と小さく山本は息を吐き、一瞬だけチラリと橋本の方に目をやった。橋本もだいぶ体調が戻ってきたのか、顔色は元気そうだった。
「まあ何だ。率直に言うと、黙ってると約束してもらえると助かる。竜二のこと、我々のこと、諸々だ。私たちは今までの生活を送れるし、君は生きてこの家から出られる。悪くない条件だと思うが……」
あっさりと山本は提案するが、その提案の中にさりげなく僕の生存に関して言及していることに寒気がした。つまりは殺すと言う選択肢も平然と彼の頭にあったと言うことか……。
特に拒否する理由もないので僕は全力で頷いた。我が身可愛さと言えばそうだが、特にこの条件に異を唱える必要性も感じない。
僕の反応に安心したのか、山本は一息つき「それはよかった」と言った後、興味をなくしたように僕から視線を外した。その様子に藤堂も大きく息を吐く。何気に一番気を揉んでいたのはこの人だったのかも知れない。
「もう時間も時間だろう。竜二、久保谷くんをお見送りしてやれ」
壁に掛けてある時計を見ると、時刻はもう18時を過ぎていた。時期的にも暗くなるのが早くなってきたと感じる季節で、窓から見る外はもう少し暗くなりかけている。
橋本は「わかった」と言って椅子から離れ、僕が持ってきたバッグを僕に渡した。中にはしっかりとポラロイドカメラ が治められていて、「ついでにこれも」と一枚の写真も渡された。
写真には何の変哲もない先ほどまでいた橋本の部屋が映し出されていて、本来そこにいるべき橋本の姿は影も形もなく、本当に写真に映らないんだと確認出来、ゾッとした。
「それじゃ、行ってきます」と玄関の扉を開けて外に出ようとする橋本に、藤堂は「おう、帰り道襲うなよ」と言うと、「いや、あれもう一度舐めるくらいなら教会で一晩過ごした方がマシ」と返答した。そんなに不味いのか、僕の血は……。
僕らは来た時と同じ道を辿り、最初の合流地点まで歩いて行った。歩きがてら、本当の家族と離れて寂しくないかと聞いてみると、意外にもそう言う感情は無く、むしろ今の環境は自分でも驚くほどシックリ来ていると言う。
「どれだけジュースを飲んでも喉の渇きを訴える子供に対して、親も打つ手なしって状態だったからな……。やはり自分の状況を適切に理解してくれる人が近くにいる方が助かる」
橋本のこぼした言葉を聞き、なるほどと腑に落ちた。確かに一般家庭の環境でヴァンパイア一人育てるのは難しいだろう。そう考えると、ハマるところにカッチリとハマった状況になるわけか……。
「まあ、ある程度成長するまでは今の環境に甘えさせてもらうよ。でも、時が来たらあの家からは距離を取らないとな……」
「? どういうこと?」
「俺を育てるってのが、完全な善意でやっている訳じゃないのは流石にわかる。山本さんの本当の目的が何なのか分からないけど、多分あまり良いことではないだろう……」
橋本が抱えている疑念が何なのか分からなかった。確かにあの人からは常人とは違うオーラを感じが、それだけで断言できる自信が僕にはない。
単に僕に洞察力がないだけか、一緒にいる時間がまだ短いだけかだからか、とにかく橋本が山本を危険視していることは分かった。
そうこうしている内に僕らは最初の合流地点に到着した。見送りもここまでで良いだろうと判断し、僕らは別れの挨拶を済ませ、それぞれお互いの家に帰っていった。
血への飢えに渇きを覚える橋本に対し、僕は何か出来ることがないかと考えたが、専門的知識もない子供に有効手段が思い至ることもなく、妙案が思いつくこともなかった。
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