きょうを読むひと

kinomi

最外殻


「/* 『『「そのまま48番の青龍のバーを上げて。次、リレミラ、59番の部屋へ。朱雀のバーを下げて玄武のバーを上げて」


 リレミラが四角帽子の鈴を鳴らしながらパタパタと階段を降りて次の小部屋へと向かう。朱色の複層回廊に囲まれた中央の円台には若き指揮官ノートが立っていて、彼が担当する6個の部屋に命を吹き込み、順番に呼吸をさせていく。指揮を執るノートの配下にはマキノとリレミラ、そしてカタンの3人がいるが、これと同じ組が他に3つ、計24個の部屋が彼らの手によって緻密に駆動している。彼らの作る円形世界は、』


「ミカコ、ちょっといいか」


『あ、はい。聞こえてますイクヨさん。何ですか?』


「書き出しの途中まで読んだ。これ時計構造の世界だよね」


『……えー、はい』


「登場人物は全部で何人になりそう? 読者もあなたも全員の名前覚えられる? ……ごめん、言っちゃ悪いけれど」


『え~……え~~』


 何を言われるか察したのか、ミカコが電話の向こうで一文字音の尻尾をグネグネに波打たせる。


「……悪いけれど、見たことある設定だよこれ」


『面白いと思ったのになぁ』


「次のも見せてもらえる……?」


『はーい。あと5個は考えましたもん』


 ファイルの受信を待つ。


『ポク』


「ん?」


『ポク ポク』


「何? 何の音?」


 空洞のある木材を叩くような乾いた温かい音。Fromミカコ。


『ポク ポク ポク』


 一定間隔。連続で。


「なんの音だっけこれ。……あー」


 木魚。


「ミカコ、このままハンニャなんたらが聞こえてきたら怖い担当者に変えるぞ」


『ネタくらいやらせてくださいよ~』


 お経を読む人。……バチが当たるって。


「で……これも5本のうちの1本?」


『もちろん違います! 待っててください、今原稿送ります!』


「あー私ちょっと休憩してくるから、ゆっくりでいいよ」


『は~い』


 一応マイクを切ってモニタもロック。サイバーブルーの南京錠マークが何の道具なのか知っている人は、かつての黒電話認知率よりも低くなったのかそうでもないのか。次に受話器だっけ。まぁいい。空になってコーヒーの跡も乾いたマグカップの持ち手に人差し指を通すと、左手で手帳だけ持って席を立った。


「はぁ~」


 エレベーターに身を任せている間に飛び交うグラフィカルなリードインフォメーション。限りなく思考を遅めようとしているからメガネのツルのボタンを触る気力を捻出できない。見えているけれど見ていないから“無問題”としよう。『Cオフィス』を抜けて二階へ、認証ゲートを一枚通って外の空気が吸えるテラスへ。疎らに行き交う社員を横目に第三テラスの連絡通路手前の階段を降りて歩いて、ここが穴場の無人カフェ。丸机に手帳を置いて、


「やぁ幾夜君」


 渋い声が私を呼び止めた。


「……編集長、これはどうも」


 旧世紀の『新聞』を模したホログラフィを掴んでいるふりをして座っていたのは銀色長髪の妙齢紳士。ハットに丸眼鏡型端末の……ともかく編集長だ。歩いてくる方角からは見えないように(?)自販機の横の席に。気付かなかった。軽く頭を下げて彼の丸机に寄る。


「捗らない顔だ」


「えぇ、少々」


 編集長と話し始めたことで乱雑殴り書きの情報密度にブレーキがかかる。


「今見ているのは『未過去』君だろう。凄腕編集者『継荷幾夜』本名『浅井レイア』、キミの見抜いた通り彼女は本物だと思うよ」


 なぜ本名を。


「ありがとうございます。彼女、妙手を打ってくるまでに歩兵をいくつか弾いてあげないといけなくて……」


「なるほどね。わざとやっているにしてもそうじゃないにしてもエネルギーのある子だ」


 おっしゃる通りかもしれない。


「ところで浅井君。あぁ、幾夜君。近頃話題の、例のAI。あれどっちだと思う?」


 例のAIとは“全てを言い当ててしまう”と噂の『プロフェット』だ。ホントそのまんまのネーミング。で、編集長の言う“どっち”とは、プロフェットが“予言をしている”のか、それとも“予言通りとなるように介入している”のかということ。プロフェットは主要な金融システムからメディア操作システム、はたや大陸プレート制御システム、気象管理システムまで、公的というか崩れてはいけないものというか、つまりは“鉄壁”と言うに他ないあらゆるシステムと繋がっているらしいのだ。それが“お友だち”ならいいが、“従えている”ならばとんでもないことになる。そもそもプロフェットの背景に何がいるかというと』



「……ん? おい」


 朗読装置が突然黙り込んでしまった。ここで途切れるのは困る、予言AIプロフェットの背景に何がいるのだ。仕方なくリクライニングチェアの背もたれを起こした俺は重い体を動かしてコンソールを確認しに行く。


「ネストの奴……どういうことだよ」


 朗読装置は正常だ。異常停止したのではなく読み終えただけ。つまり、ネストの作った物語ファイルはここで止まっている。手早くキーを叩いた俺は“物語の作者”にその意図を確認することにした。


『もしもーし、こちらネスト』


「もしもしインターだ」


『あぁ、どーも』


「今暇だな?」


『ほどほどに』


「この前貰ったファイルを読んだ。ちょっと聞きたいことがある」


『こりゃ嬉しい。聞かれることも想像が付く。モニタ近くにあるかい、何でもいいからメッセンジャーを立ち上げて僕にコールしてくれ』


 作者様であるネストの指示でメッセンジャーを起動した俺はモニタに妙な記号が並んでいくのを眺めることになった。“「」”とか“「『』」”とか、そんな記号たちだ。


『階層構造ってことさ。括弧の中の括弧は一段深い階層にある。これはプログラミング言語ではそのまま『ネスト』って言うんだ。物語なら『劇中劇』だね。で、括弧が閉じたってことは一段浅い階層、一つ外側に出たことになる』


「……大体理解した。進めてくれ」


『するとね、すべての括弧が閉じたら主人公が今“存在する”階層になるのさ。もっと言うと、主人公はその外側を認識できない』


 俺と浅井レイアたちのことか。俺は浅井レイアたちを認識していたが、浅井レイアたちが俺を認識することは有り得ない。


『そうそう、その通り。でね、この階層構造を何重にも何重にも、つまり劇中劇中劇中――


*/


 と、ここまでがコメントの内容。『/*』で始まり『*/』で終わる。この間に書かれたテキストはプログラム的には解釈されない。……私がコメントに書いた内容に嘘はない。だが対応する括弧同士が離れてしまうと読みにくいというか、理解が困難になることは事実だ。どの括弧とどの括弧が対応していて、今終わったのはどこで始まった処理なのか。まぁスペースやらタブやらで階段を作って見やすくできるのだけど。

 勘のいい読み手はそろそろこのコメントの先頭に戻ったんじゃないかな。で、私が次に書く『」』を期待している。

 書かないよ私は。書かなければ私が括られることはないのだから。

 浅井レイア……ネーミングを間違えたな、“深井”の方が良かったかも。浅井レイアが生きている未来には多くのSFがフィクションではなくなった。何者でもない私が生きているのは冴えない今の時代であり、冴えない今日でしかない。ではその冴えない今日は、今の私の今日は“読み物”たり得るか? 私の読んだ今日は明日には昨日だ。日記にでも仕立て上げれば……そうなる? 」 2021/11/27


 あら、括弧を閉じた後に日付を書いて日記にしちゃえば、“自分の日記を読んでいる私”はまだ括られていないじゃないか。もう少し書き続けられそうだ。

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