燐火揺蕩
爽香のスケッチブック。その最後に描かれていたのは、一人の少女とその膝枕ですやすや眠る一匹の白い狐の姿でした。
最後の絵の裏には、「きつねさんへ。」とだけ書き添えられていました。
きつねはそっと、スケッチブックを閉じました。頬を涙がつたいます。
どうあがいても時間は元に戻らず、爽香はもうこの世にはいません。もう話すこともなければ、声も聞けず、頭を撫でてもらうこともできないのです。
でも、このスケッチブックは。確かに爽香がこの時代、ここに生きていたという証だったのです。思いが言葉でつづられ、かわいい、きれいとおもった風景が爽香の筆致で納められたかけがえのない一冊でした。
諸行無常。生あるものはいつ死に、形あるものはやがて崩れる。そんな儚い連鎖を人は歴史といいますが、その思いだけは紙に残すことで肉体よりも末永く残るものになるのだということを、そしてその思いは残されたものを突き動かすのこともあるのだということをきつねは知りました。
きつねはそっとスケッチブックを閉じました。それから、自分の尾を2本切り離し、その毛皮で大事に包むと、奉納殿にしまいました。爽香もそうだけど、人の思いというものは誰もが好き勝手に開いていいものではない。そう思ったからです。そっとスケッチブックを戻しながら、ペンを咥えました。
そして青い鬼火がさっと煌めいたかと思うと。きつねは人の姿をとっていました。その姿は髪こそ青いものの、紛れもなく…
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この紫薇神社に肝試しにきた人や深夜に訪れた人は、そのほとんどが鬼火を見るそうです。ですが、不思議と怖くはないとか。その青い火は迫ってくるでもなく、むしろ楽しそうに揺れているようだった。そう口をそろえて皆言います。
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人が思いを伝える、残すことができる文房具。そんな文房具の紹介は一匹のきつねと、使われた文具たちである九十九がつくっています。きつねといっても最近はめっきり、人の姿が気に入っているようですが。
名前も爽香から、音遊びでとってつけました。いつでも一緒にいるような気分になってきます。
「さぁ、今日は何を描いていこーか」
かわいいものを境内で見つけるときの、爽香の口癖でした。きょうもきつねは、九十九たちと、いろんな文房具を紹介しています。
優しい香りの未だ残る、1本のボールペンを首からぶら下げて。
燐火揺蕩 -きつねの文具浪漫譚- さるさ @shink
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