第36話:皇位継承権と日本国憲法第九条

 嘉一は自分の権力があまり長続きしない方がいいと考えていた。

 だからできるだけ早く、衆議院の議席の三分の二を超え、連立を組んだ元政権第一党と併せれば七分の六もの議席を有している状態は、解消しなければいけない。

 嘉一が行った選別に合格した優秀な代議士達が、それぞれの考えによって独自の党を作り、他の党と切磋琢磨して欲しいと考えていた。

 党内に派閥を作って内部抗争をするような状態にはして欲しくなかった。


 だが同時に、今だからこそできる事をやっておきたいとも考えていた。

 元政権第一党の結党理念である、自主独立の理想を今のうちに成し遂げる。

 占領国に押し付けられた、日本を牙を折り骨抜きにする憲法を改正する。

 特に自衛権を放棄したような日本国憲法第九条を改正する。

 本当の意味で自主独立が保てる自衛隊にするためには、根本となる憲法から改正しなければいけない。

 しかし、自衛隊に力を持たせるのなら、絶対に直さなければいけない事がある。


 旧軍のハンモックナンバーを引き摺るような因習は断固として排除する。

 忌々しくはあるが、アメリカ軍のように、常に能力を再試験して、基準点を超える成績を上げた者を昇進させるのだ。

 何時までも卒業時の筆記試験点数を最優先する愚かな考えを改めさせる。

 そして何より、防衛大学校に蔓延る苛めの体質を根絶させる。

 今どれほど地位が高くても、過去に虐めを行った者は懲戒処分の上で退職させる。

 惻隠の情だと言って罪を隠蔽するような真似は絶対にさせない。


 珍しく嘉一が強権を発動させたからだろう、党内に反対する者は現れず、日本国憲法第九条が改正され、自衛隊は完全に合法化された。

 自衛隊を合法化させる憲法改正をする条件として、嘉一が自衛隊に突き付けた綱紀粛正は一部護られたが、中には将来有望な自衛官を過去の過ちで処罰するのは、自衛隊の防衛能力を低くするから従えないと隠蔽に動いた者が少なからずいた。

 どうやら自衛隊幹部は嘉一を甘くいていたようだ。

 現役将官や未来の将官候補生の罪は隠蔽されてしまった。


 そのような事を許す嘉一ではないので、付喪神と物の怪達を放って処分させた。

 最初に粛清対象者の罪状を証拠と共にSNS上に投稿し、隠蔽に加担した元自衛官や現役自衛官の名前と顔に住所まで晒した。

 彼らは驚き慌てて自主退職しようとしたが、嘉一はそんな都合のいい事を許さず、付喪神と物の怪達を放った。

 彼らは大蛇の時のように行方不明になる事なく、無残に惨殺された。

 犯行は未だに潜伏する反日反政府主義者だと国民の大半が思っていた。


 全ての日本人がテロリストの蛮行に恐怖した。

 だが誰よりも恐怖したのは自衛官だった。

 志のない自衛官の多くが依願退職をしたが、国防上急激な自衛官の不足は許容される事ではなく、予備役自衛官として拘束される事になった。

 嘉一は国家公務員と地方公務員に、予備自衛官の訓練を受ける事と、非常時には後方勤務を行う事を憲法改正で強制化した。


 嘉一が強権を発動した事で何とか日本の国防に穴が開く事だけは防がれた。

 だが後方要員は確保できても、最前線で戦う勇士は確保できない。

 その所為で海上自衛隊艦隊の定員充足率はとても低い。

 これまでも艦隊を増強したくてもできないくらい少なった。

 だが今では、現有する艦艇すら全て運用できない状況になってしまっていた。

 だが自衛隊の悪しき因習が正された事で、これからは志の高い志願者が増え、いずれは艦隊を増強できるくらいに自衛官が増えると嘉一は考えていた。


 次に嘉一が強権を発動したのは、皇室に関する事だった。

 嘉一の大叔父は近衛騎兵で、皇室アルバムを正座して観る人だった。

 嘉一の曾祖父は近衛兵で、台湾征伐で負傷した傷痍軍人だった。

 その事を幼い頃か聞かされ影響を受けて育った嘉一には、女系天皇は絶対に許せない事だったのだ。


 嘉一は憲法を改正して、占領国となったアメリカが皇族から平民に落とした、元宮家の人々を皇族復帰させた。

 別に嫌がる人を無理矢理復帰させたわけではない。

 事前に色々と交渉して、かなり厳しい復帰条件を受け入れると言った人たちだけを皇族に復帰させ、宮家を復活させる事になした。


 国民を納得させるための条件はかなり厳しかった。

 遺伝子検査を受けて、天皇家の男系男子血統である事を証明しなければならない。

 しかも皇族復帰以前に生まれた男子に皇位継承権は与えられない。

 もちろん皇族復帰した成人男性にも皇位継承権は与えられない。

 あくまで皇族であるときに生まれた男子にだけ皇位継承権が与えられる。

 だがら、皇族復帰後に生まれた弟には皇位継承権があり、皇族復帰前に生まれた兄に皇位継承権が与えられないケースもありえた。


 だがそれくらい厳しくしなければ、多くの国民に納得してもらえない。

 それは皇族に特別な感情を持っている嘉一でも理解していた事だ。

 それでも、嘉一の考えに強い忌避感を持つ国民も多かった。

 神罰仏罰を恐れながらも、日本の将来を憂いてデモを起こす者が少なからずいた。

 『姥ヶ火』『河童』『大蛇』『付喪神と物の怪』による祟りを目の当たりにしているのに、それでも日本のために命懸けでデモを起こす強者がいる事に、嘉一は喜びで打ち震えていた。


 そして嘉一の強権発動の影響で、連立政権から離反者が出ていた。

 神仏が選んだ神仏習合党から離反者が出る事はなかったが、元政権第一党からは皇室典範の改正と、それに伴う日本国憲法第二条の改正に反対する者が出た。

 そのため衆議院の議席の五分の四占有に後退してしまった。

 だが嘉一はそれでいいと考えていた。


 命を懸けても権力者に反対する者がいてこそ、日本の民主主義が健全でいられると考えていた。

 そういう意味では、欽明天皇の皇后であった石姫皇女が神仏の中にいる、観音食堂の神仏が選んだ神仏習合党の代議士は、とても偏っていると思われた。

 嘉一は日本人に民主主義を護る気概を与えるために、更に危機感を与える事にしたのだが、その前にやらなければいけない事ができてしまった。


「俺の復讐は何時果たさせてくれるのだ。

 思想集団の教祖は殺させてくれたが、その息子と一族、側近達はまだ殺せていないのだぞ」


「命を懸けても殺したいと思うのなら、異国の神が支配している所に送ってやる。

 だがそれでは、復讐を果たす前に異国の神に殺されてしまうぞ。

 連中が逃げた国に対しては、クーデター未遂犯の引き渡しを要求している。

 向こうの政府も本気で探してくれているようだが、逃げた国にも結構な数の信徒がいて、隠れ潜んでしまっているようだ。

 彼らが逮捕されて引き渡されるのを待つのか、死を覚悟して異国に渡るのか、好きな方を選んでくれて構わない」


「……待つ、しかたないから待つ」


「そうか、では俺も大蛇が待つ時間を短くするために、日本の武力をもっと強くする努力をしよう」

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