第35話:鶏焼き肉と鶏すき焼き
嘉一は神仏用に鶏の丸焼きとフライドチキンと焼き鳥を用意し、自分でも食べているうちに、無性に鶏のすき焼きが食べたくなってしまった。
伯母夫婦が養鶏場をやっていた頃、よく喧嘩で死んだ親鶏を持って来てくれて、焼き肉にしたりすき焼きにしたりして食べていたのだ。
嘉一の実家と、大叔父一家と、伯母一家で食卓を囲み、和気藹々と食事した想い出が鮮明に有った。
何故養鶏場で親鶏が喧嘩をして殺されるかというと、その当時は養鶏技術が未熟で、嘴を焼いて丸くする事がなかったのだ。
嘴が鋭いままだから、弱い親鶏が強い親鶏に突き殺されてしまう事があったのだ。
そんな親鶏を大叔父が捌いて部位ごとに分けてくれて、家族で食べた本当に思い出深い料理が親鶏の焼肉とすき焼きだった。
嘉一は早速鶏肉店に行って親鶏を仕入れてくれるように頼んだ。
だが普段扱っていない親鶏が手に入るまでには最短でも一日かかる。
仕入れルートがなければ数日、いや、数十日かかるかもしれない。
ネットで注文すれば、丸の親鶏が手に入るかもしれないが、嘉一には親鶏を捌く技術などなかった。
だからこそ、鶏肉店を通して親鶏を注文し、解体までしてもらう心算なのだ。
親鶏の注文だけした嘉一は、とりあえず鶏肉店にある若鶏を買った。
専門店で買っていた焼き鳥は、その場で食べるのならともかく、持ち帰って食べるとどうしても冷めてしまっている。
温め直すと、どうしても食感が違ってくる。
素人の料理であろうと、出来立ての熱々というのは別格の美味しさがある。
そこで嘉一は、専門の焼肉器や焼き鳥器を購入して、自分に丁度いい火加減の鶏の焼肉、焼き鳥が作れるようにした。
思想集団の考えに染まって狂信化した自衛隊員に襲われた家に大量の器具を持ち込み、鶏肉店の商品を全て買い占めた嘉一は、自分だけではなく付喪神と物の怪達まで動員して、一斉に鶏焼肉と鶏すき焼きを作り始めた。
嘉一が一人で作って一人で食べるのなら、自分だけでやればいいのだが、常世にいる神仏にも熱々の料理を届けようと思えば人手が必要だったのだ。
器具と食材を常世に持ち込んで、神仏にも自分で料理させれば楽なのだが、想い出料理となると、嘉一が作った料理を御供えする方が美味しいらしい。
一番楽なのは嘉一が常世に行って料理して、できた物を神仏に振舞うことなのだが、それでは嘉一が食べる暇などなくなってしまう。
だから嘉一と深くつながった付喪神と物の怪達が現世で一緒に作り、常世に持ち込むという方法を取ったのだ。
丁寧に下拵えした鶏ハツと砂肝は、最適な火加減でとても美味しく仕上がった。
焼き肉用のタレに漬けて焼いた鶏肝は、独特の風味があってとても美味しかった。
皮つきの鶏腿肉も、パリパリに焼けた皮とプリプリの身が、噛み締めると口の中一杯に肉汁が広がり、背筋に電流が走るくらい美味しかった。
鮮度のいい胸肉は、表面だけ焼いてポン酢の叩きにすると、酸っぱい物が大好きな嘉一には、扁桃腺が痛くなるくらい美味しく感じられた。
その例えようもない美味しい思いが、神仏にも美味しさを伝える事になった。
余計な脂を落とし皮がパリパリになった手羽中は、他に例える物がない食感と美味しさで、嘉一を恍惚とさせた。
それは手羽元も同じで、手羽中よりも厚くて脂肪分の多い皮だが、強めの塩胡椒を振りかけて、しっかりと脂を落としてしまえば、とても噛み締めごたえのある、肉肉しい食感と美味しさだった。
少し離れた場所にいる鬼が、我慢できずに骨ごとバリバリ食べているのを見て、嘉一は笑ってしまいそうになっていた。
ある程度満足した嘉一は、鶏焼肉の方は付喪神と物の怪達に任せて、鶏のすき焼きを作る事にした。
鶏肉以外は、自分が好きな長葱と白菜以外いれない、とても独善的な鶏すき焼きなのだが、それこそが嘉一が一番食べたい鶏すき焼きだった。
味付けはとても大雑把で、砂糖と醤油、味醂と料理酒を適当に入れて、好みに合うように途中で調味料を増減させ、後は好きな鶏肉の部位を入れて煮るだけだった。
だが拘りもあって、嘉一の鶏すき焼きには、どうしても必要な鶏の部位があった。
それは親鶏だからこそある部位、玉ひもだった。
卵の部分と卵管部分が全く食感も味も違う、独特の部位だった。
嘉一はその玉ひもをすき焼きに入れて食べるのが大好きだったのだ。
同時に、鶏肝も鶏すき焼きに必要な部位だった。
煮汁に毒特に臭みはつくが、それが嘉一にはたまらない美味しさだった。
だが色々な部位を美味しく食べるに、調理時間に気を配る必要があった。
煮過ぎてはいけない部位と、しっかり火を通さなければいけない部位があった。
鮮度がよくなければ、表面だけ火を通して食べる事などできない。
その点は鶏肉店の店主からしっかりと話を聞いて、鮮度の良い鶏肉だけを購入していたから、何の心配もいらなかった。
焼き鳥の時と同じように、鶏腿肉は表面だけ火を通して中は生で食べる。
ささみも同じように、表面だけ火を通して中は生の状態で食べる。
肝も火を通し過ぎないようにして、でも中まではちゃんと熱を通す。
食べた時にパサパサではなく、しっとりとした食感のうちに食べる。
噛んだ時に赤ではないけれど、ちゃんとピンクの血が出る間に食べる。
腿肉はある程度火を通した方が美味しい。
火を通し過ぎたら美味しくなくなるのは鶏ハツも同じだった。
硬くなり過ぎないうちに、プリプリ感が残っているうちに食べる。
だが玉ひもは、しっかりと煮込んだ方が美味しい。
皮も同じで、煮込んだ方が美味しい。
鶏のテール、盆尻も煮込んだ方がいしいそうだが、嘉一は嫌いなので付喪神と物の怪達に食べてもらった。
嘉一が美味しくないと思った料理は、神仏も美味しくないと感じるからだ。
「さて、いよいよ真打を料理しますか」
嘉一は真打に取っていた、一番好きな部位を料理して食べる事にした。
その部位とは頚肉のこと、ネックだった。
コラーゲンが多く含まれているのか、他の部位の肉とは違う、独特のプリプリした食感と美味しさなのだ。
だが他の部位と一緒に焼いたり煮たりすると、その美味しさが半減してしまう。
だからネック部分だけを料理する事にしたのだ。
ネックは塩を振って一度炒めて、余計な脂を出して捨てる。
二度目に炒める時には、従弟叔父から教わった配合の、黒胡椒、ニンニクパウダー、一味を加えてしっかりと味をしみこませるように炒める。
ピリ辛が美味しいので、思っている以上に一味を多く振りかける。
これが従弟叔父が作ってくれたことのある、想い出の料理だった。
とても幸せな時間を過ごす嘉一だったが、そんな幸せだけの時間はとても短い。
とてつもない権力を手に入れてしまった嘉一には、避けられない厄介ごとがある。
外国に逃げた思想集団の一族をクーデター未遂犯として、逃亡先の国に犯人引き渡しを強く依頼しなければいけなかった。
引き渡してもらってからは、公正な裁判にかけた上で厳罰に処さなければいけなかったが、その裁判を開くべき裁判官の中に思想集団の狂信者がいたのだ。
嘉一は嫌々、しかたなく、料理の時間を終えて政治の世界に戻った。
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