第34話:チキン尽くし

「嘉一、これほど私達に手間をかけさせたのですから、分かっていますね」


 嘉一が神仏と全ての相談を終えた後で、観音から念が入った。


「毎日食材や料理を御供えさせてもらっていますが、あれではまだ不足なのですか。

 結構な量を御供えさせていただいていると思うのですが」


「嘉一、分かっていて誤魔化すのは止めなさい。

 今までは忙しく精神的にも大変だと思ったから、あの程度で許していましたが、ここまで神仏の助力を得て、これからの事も定まったのです。

 精神的にも随分と楽になったでしょう。

 私達神仏への御供えが、金額や領ではない事を知っている嘉一が、これ以上手を抜く事は許しませんよ」


「強い思い出がある、思い入れの強い料理を御供えしろと言う事ですね。

 ですが、もう俺の想い出料理は殆ど御供えさせていただきました。

 もう思い入れの強い郷土料理などないです」


「本当にないのならしかたありませんが、あるのなら許しませんよ。

 ですが本当に本当に本当にないのなら、郷土料理でも構いません。

 それが、私達神仏が想い出を持っている料理かもしれません。

 郷土料理ではない、嘉一が大好きな、想い出だと思っていないけれど、心に残っている料理があるかもしれません。

 そうそう、何も嘉一の想い出に限らないのですよ。

 嘉一と一緒に料理を作る人の思い出料理でも、私達にはご馳走になるのです」


「分かりました、では郷土に関係ない想い出の料理を作らせていただきます」


 嘉一は多少考えた後で想い出の料理を作る約束をした。

 嘉一の父は鶏肉の小売業をしていた事がある。

 その頃には、よく鶏の腿肉を照り焼きにしたものや、鶏の胸肉を唐揚げにしたものを家に持って帰ってきてくれた。

 中でもクリスマスに持って帰ってきてくれた、鶏一匹を丸々照り焼きにした、ローストチキンが強く印象に残っていた。


 単純に食べ比べるのなら、腿や胸、手羽中や手羽元といった、部位ごとに最も適した味付けで、一番美味しくなる調理時間で作って料理の方が美味しい。

 特に胸肉は、丁寧な下拵えをして、パサパサ感を出さないように料理した方が美味しいのだが、丸焼きではどうしてもパサパサした食感になっていた。

 味付けも単調な照り焼き味では胸肉を美味しく食べる事はできない。

 だが、想い出として強く印象にあるのは丸焼きなのだ。

 初めて鶏の丸焼きを食べた時の強烈な印象は今も思い出す事ができた。


 だから嘉一は、鶏の丸焼きを切り分けた後で、タレやドレッシングで味付けする事で、鶏の胸肉が美味しくなるように考えた。

 市販の美味しいサラダ用のドレッシングはもちろん、焼き肉用のタレも評判のいいタレから定番のタレまで、お金で手に入るタレは全て購入した。

 今の嘉一は、以前と違ってお金の心配をする必要がなかった。

 だが、それでは表面的な美味しさでしかない。

 思い出料理としては出来が悪いとしか言えない。


 そんな事は嘉一も分かっていたので、子供のころに自作していたドレッシングを作ってみることにした。

 嘉一は酸っぱい物が好きなので、マヨネーズにトマトケチャップと米酢を加えて混ぜ、オーロラドレッシングを作っていた。

 オーロラドレッシングというのが正式な名称なのか嘉一にも分からない。

 だが子供のころの嘉一はそう呼んで自作していたのだ。


 まず嘉一は、当時に売られていたであろう、定番のメーカーが販売している、普及品のマヨネーズとトマトケチャップと米酢を混ぜてオーロラドレッシングを作った。

 分量配合を少しずつ変えて、今の自分が一番美味しいと思うオーロラドレッシングを試作していった。

 次にSNS上で評判の高級なマヨネーズとトマトケチャップと米酢を買って、同じようにオーロラドレッシングを試作してみた。

 やはり高級品を使った方がとても美味しいオーロラドレッシングが作れた。


 鶏の丸焼きを美味しく食べるためのタレとドレッシングが用意できた嘉一は、鶏肉店に注文していた鶏の丸焼きと唐揚げと照り焼きを受け取りに行った。

 今の嘉一では、鶏の丸焼きを美味しく作る事などできないからだ。

 今から鶏の丸焼きを美味しく作れる大型オーブンを買って、美味しい鶏の丸焼きを作れるようになるまでには、結構な時間がかかってしまう。

 それにそもそも鶏の丸焼きは家庭料理ではなく、鶏肉店をしていた父親が販売用に作っていた物の残り物だ。


「うむ、やはり想い出の料理は格別に美味しいな。

 これからしばらく思い出料理を作ってもらう、いいな」


 嘉一は観音以外の強面仏に念を押されてしまった。


「それは構いませんが、俺は元々好きな物なら何日でも同じ料理が食べられる、結構大雑把な味覚をしているのですよ。

 特に今の俺は鶏を食べたい気分なので、連日鶏料理になりますが、それでも構わないのですか」


「構わない、全く構わない、むしろ望むところだ。

 普通に現世の料理や現世の食材を使って作る料理を食べるよりも、想い出料理を食べる方が私達には美味しく感じられるのだ。

 だから、嘉一が想い出と共に鶏を食べたいと思っているのなら、それが一番の御馳走になる」

 

 そう強面の仏に言われた嘉一は、急いで白いスーツの人形が目印のフライドチキン屋さんに行った。

 父親が鶏肉屋をやっていて、幾らでも鶏肉が手に入り、売れ残りの鶏の唐揚げや照り焼きが食べられる立場だったが、白いスーツの人形が目印のフライドチキンは別格に美味しく、高級品だった。

 今のような大金持ちの権力者ではなかった貧しい時期は、食べたいと思っても食べられなかった高級品だった。


 二日目は白いスーツの人形が目印のフライドチキンで神仏を喜ばせた。

 嘉一も苦しくなるほど白いスーツの人形が目印のフライドチキンを食べた。

 歳と共にそれほど食べられなくなっていたはずなのに、十二ピースのフライドチキンを腹がはち切れそうになるくらい食べる事ができた。

 どうやら半神となった影響で幾らでも食べられるようだった。

 それを知った嘉一は少し残念に思った。

 時間が経って冷たくなったフライドチキンも嘉一は大好きだったのだ。


 胸焼け一つおこさなかった嘉一は、次の想い出料理を買って来ることにした。

 その思い出料理も家庭料理ではなく売り物だった。

 それも居酒屋の焼き鳥だった。

 就職仕立ての嘉一が、小遣いを全て使うくらい嵌ったのが焼き鳥だった。

 だから評判のよいテイクアウトのできる焼き鳥屋を巡った。

 嘉一が好きな焼き鳥は、一番に鶏ネック、二番に鶏ハツ、三番に鶏皮、次は特に順番なく、腿肉や胸肉、砂肝や玉紐だった。


 だが大好きな焼き鳥にも一つだけ問題があった。

 鶏皮の下拵えの差、いや、店主の好みの差だった。

 嘉一が好きなのは、脂肪分を取り除いたカリカリ塩焼きの鶏皮だった。

 塩焼きでも脂肪分を残していたり、味付けが照り焼きだったりしたら、嘉一の好みとは全く違ってしまうのだ。

 評判のいい多くの店から手あたり次第買った焼き鳥の中には、嘉一が食べると気分が悪くなるような鶏皮もあったのだ。


 だがそんな嘉一が食べられないような焼き鳥も、実はとても役に立っていた。

 お金の心配がなくなった嘉一は、自分で食べられる量を考えずに買い物ができた。

 勿論嘉一が『高価な物を食べるのが贅沢なのではなく、食べ残す事が贅沢なのだ』という家訓を忘れているわけではない。

 どれだけたくさん買っても、神仏が食べてくれると分かっていたからだ。

 それと、ずっと手助けしてくれている付喪神と物の怪達に御礼を兼ねて、美味しい物を好きなだけ食べてもらっていたからだ。


 だから、鶏の丸焼きや白いスーツの人形が目印のフライドチキンを、どれだけ買ったとしても食べ残すような事はない。

 焼き鳥も同じで、どれだけ大量に買っても食べ残す事は絶対になかった。

 特に鬼は無尽蔵かと思うくらい大食漢だった。

 どれほど大量に与えても、満腹だと言ったことがなかった。


 それに鬼は何よりも肉料理を好んでいた。

 鶏の丸焼きを骨ごとバリバリ食べる事を好んでいた。

 白いスーツの人形が目印のフライドチキンや焼き鳥程度は、食後のデザート感覚で食べていた。

 凶暴だと聞いていた鬼が満足してくれたことに嘉一は安堵していた。

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