素人作家の “共走”
29 大切なものは何?
スマートフォンにセットした目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
そのまま起きて洗面所へ向かう。歯磨きをしているときにアラームが鳴ったので止め、顔を洗って……。また日常が始まる。
俺――
生きるためにはお金が必要だから仕事をするため会社へ行く。
平日は一日のうち約3分の1は仕事が占める。
仕事中は時間に追われ、たまにミスをして叱られることもある。
周囲とコミュニケーションを取らないといけないし、社員同士で競争もあるから、はっきり言って面倒だ。
ん? なに、なに?
『ホテルで夜語りのあとはどうなった!』
『勝手に話を進めるな!!』
ふむ。気になっている読者もいるようなので説明しておこう。
俺は有給休暇を取って東京へ行き、友人・コオロギ――
コオロギはちょっと変わっている。
世にふしぎなモノゴトがあるとわかってから、好奇心に火が点いて仕組みを知りたくなった。でも霊感のない俺には、コオロギが視ているモノや体験しているコトは体験できない。それでも日常の片隅で起きている奇妙な物語を伝えたくてホラー小説を書いている。
話は戻るが、有休を取ってコオロギに会ったのは、怪異の体験談を聞きたかったからだ。いつもだと二人で話をする。ところがコオロギのイトコが乱入してきたんだ。
このアクシデントで、コオロギから体験を聞くことはできないとがっかりしたが予想外にイトコは俺の味方になった。
三人で食事をすることから始まって同じホテルに泊まることになり、居酒屋でもホテルの部屋でもコオロギの体験を聞くことができた。杜のおかげで俺だと引き出せない体験を聞くことができ、コオロギが島出身という衝撃的な情報も得た。杜の性格はアレだが、彼女には感謝している。
ホテルでの夜語りは、コオロギが寝てしまったのでお開きとなった。
俺は自分の部屋へ帰り、そのまま寝たよ。
翌朝、ホテルの朝食を取って解散だ。
現実って、こんなもんだろう?
あ――…… でもサプライズがあった。
二人と別れたあと、電車に乗っていたらメッセージが届いたんだ。
スマホの画面を見ると杜からでさ、絶対何か企んでいると不気味だった。おそるおそるメッセージに目を通すと『泣いて喜べ』とあった。
はあ!? なんで上から!?
年下のくせにとイラついたが添付されていた画像を見て杜に感謝した。画像にはコオロギが写っていたんだ。
コオロギはエキゾチックな美人なんだけど、もったいないんだ。
ふだんは化粧しないし、おしゃれにうとくて服装はシャツにパンツ姿。男口調で、たまにいたずらを仕掛けるところは小学生男子と同レベル……。そんなコオロギが画像の中ではメークして、かわいいポーズを取っている。
そう、杜がホテルで撮影をしていたときのものだよ!
二度と見れないと思っていたコオロギのアオザイ姿だったんだ!
はっ! 失礼、興奮してしまった。
杜から届いた画像は、すぐに保存した。
でもな、さすが杜だよ。コオロギの画像をくれたわけじゃなかったんだ。
送られてきたコオロギの画像を見ていたら、じんわりと動き始めた。
凝視していたらコオロギの背景がぼやけ始める。色が変化してきていると気づいても何が原因なのかさっぱりわからない!
スマホがウイルスに感染したのかと、あせったけど対処法がわからず、そのまま画像を見続ける。さっきまでの背景とは違う色がにじみ出てきた。ぼやけていた画像は、だんだん鮮明になり輪郭をつくりだして――杜の姿が浮かび出たんだ。
気づいている読者もいるだろう。杜が送ってきたのはGIFファイルで、ご丁寧に画像をGIFアニメーションにしていたんだ。
完成した画像は、アオザイ姿で座っているコオロギと背中合わせで立っている杜。
杜ぃ……
スカジャン着て、にらんでるんじゃねー!
めちゃくちゃ怖いじゃないか!!
――とまあ、これでコオロギとの再会は終わりだ。
俺はビジネスパーソンの現実に戻っている。
会社に出社してデスクでお仕事中だ。
毎朝、出社するのが嫌だった。
でも意識が変わった。
コオロギと会っていろんな話をしたけど、死を間近で感じた体験が一番印象に残っている。
『死は前ぶれもなく訪れる。
いつ死ぬのかわからないなら、後悔しないように生きていたい』
体験からでたコオロギの言葉には重みがあり、俺の日々のすごし方が変わった。
考えないようにしていたけど、
これまでは仕事中心の生活をしてきた。
生きていくにはお金が必要だから働かないといけない。社員として責務を果たさないといけない。自分を犠牲にするのは仕方のないことだ――。そう思っていたけど、仕事だけで終わるのは、面白くないと思えるようになっていた。
俺は旅が好きだ。
美しいと思った風景写真を撮り、その土地のうまいものを食べて、温泉でくつろぐ。たまにしかできない贅沢だから価値があり思い出に残る――。好きなことだけに時間を使う旅が大好きだ。
本を読むのも好きだ。
知らなかったことを教えてくれるし、ホラーやファンタジーは想像力がふくらむ。時には他人の人生を経験したような気持ちにもなれ、思考に変化が生まれるきっかけを得ることもある――。無限に広がる世界を楽しむために俺は本を読む。
好きなように旅や読書をするにはお金が必要になる。
資金づくりは必要不可欠で、人生を楽しむために俺は働く。
働くことになると、他人とのコミュニケーションは欠かせない。相手のことを考えて言葉を選んだり、都合を合わせたりなど面倒なことが多い。
ストレスはもちろんあるけど、得た
またコオロギが言っていたように、
以前は有給休暇を取るのを
仕事が一段落して、俺は上司の机へ向かっている。
これから有休を申請するためだ。
有休を申請すると上司は嫌な顔をした。口にはしないけど明らかに嫌がっている。 でもかまうもんか。俺のための有休だ。
仕事に支障がでないようにすると宣言し、上司が何か言ってくる前にスケジュールの説明を始めた。上司はペン先で申請書をたたきながら仏頂面で聞いている。
最後に「ご迷惑はおかけしません」と言って頭を下げたから、上司は「仮申請として預かっておく」としか言えなかった。
俺は宣言したとおりに、仕事に没頭して作業をこなしていった。
ふしぎなもので目標が決まると集中力が高まって前より仕事がはかどる。やりたくないと思っていた仕事もそんなに嫌ではなくなり、さっさと済ませてしまう。
あっという間に有休の日が迫ってきた。
ぎりぎりになっても有休は仮申請のままで、上司は忘れたふりをしている。これまでの俺なら引き下がっていたけど、もう違う。
俺は午後になって上司の席へ行き、スケジュールどおり仕事を済ませたことを報告し、有休を取ると伝えた。上司は最後まで嫌そうな顔をしていたけど、しぶしぶ承認してくれた。
席に戻った俺は、休日を考えて顔がにやついてしまう。社員に見られないように机の下でぐっと拳を握った。
気を引き締めて仕事に戻ろうとしたが、卓上カレンダーが目に入り、また顔がゆるんだ。俺にとって初めての大型連休になる。明日から始まる土日に、有休と祝日が足された連休は自分のために有意義にすごそう。
仕事を終えて帰宅し、一息ついたらコオロギに電話をかけた。
連休の期間中にコオロギと会えるだろうか……。
伝えたいことがあるんだ。
電話ではなく、直接コオロギに言いたい。
コール音が鳴っている。コオロギはまだ出ない。
会うことができたらラッキー、会えなくても自分のために休日を使うぞ。
コオロギは電話に出るかな? 出ないかな?
うーん、落ちつかない。
コオロギは着信に気づいていないのかな。
出ないならスケジュール調整のメッセージを送ろう……。
明日から始まる連休に気持ちは落ちつかず、コオロギに会えるかどうかも考えて鼓動が速くなっている。
コール音が止まると、コオロギの声が聞こえてきた。
―――『素人作家の“きょうそう”』了―――
(『ホラーが書けない2』了)
素人作家の “きょうそう” ホラーが書けない2 神無月そぞろ @coinxcastle
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