28 死の直前に走馬灯を見るという説は本当かも?
俺――
コオロギは霊感があり、これまでふしぎな体験をしてきている。
霊感のない俺には
同じ空間に居るのに、霊感の有無で事象の「在る」「無し」が変わる。この違いに好奇心が刺激され、真理を求めてしまう。そして奇妙な世界があることを伝えたいからホラー小説を書く原点にもなっている。
コオロギは
結果、幽霊は知らない人だから警戒するという答えが返ってきた。そのあと、少し意味ありげな表情になって黙ってしまった。
何か考えているようなので様子を見ていたら、コオロギはまた話し始めた。
「……正確には
「あとの楽しみ?」
「うん。死んだあとの楽しみ」
「「え……」」
「死」という単語が出てきて、どきりとした。
人前で口にすることがはばかれる単語「死」……。
誰かから注意されたわけではないが、幼いころから大人が嫌っていることをうすうす感じていて、避けるべき話題だと思っている。そんな単語がコオロギから出てきたことが意外だ。
俺はどう反応していいのかわからず、助け船を求めて杜を見たが、杜も困惑した表情をしている。言葉を探しているとコオロギが話しだした。
「シュノーケルをしていたときに死にかけたことがある――」
✿
海でシュノーケルを楽しんでいたら急に潮流が変わって波が発生し、シュノーケルのパイプに海水が入った。
ふつうなら海水を噴き出して対処するけど、潮に流されて体が回転しているから海面に出れない。なんとか体勢を整えようとするけど流れに抗えない。強い水圧に押されて体の自由はきかずに流される。
我慢していたけど苦しくて息を吸った。でも入ってくるのは空気ではなく海水だ。呼吸ができなくなって完全に溺れた。
苦しくて苦しくて……。
空気が欲しいと死の物狂いだった。手足を動かして泳ごうとするけど、潮に流されてうまく泳げない。何もできないとわかった瞬間に『死』を感じた。
『ここで死ぬ』と意識したとき、状況が変わった。
痛みを感じたら岩礁の上にいた。やっと息を吸うことができ、海水を吐きながら呼吸していたら、背中に波が当たって転んだ。
あわてて周りを見ると岩礁の縁にいる。沖から波が押し寄せているのが見え、運よく波に乗って岩礁に乗り上げたと気づいた。陸に上がれて安心したけど油断はできない。急いで安全な所へ移動した。
✿
「溺れるまで『今日、死ぬかもしれない』なんて考えもしなかった。
いつか死ぬと頭でわかっていても先のことで、死は遠いところにあると思っていた。でもそうじゃない。
死は前ぶれもなく訪れる。そして死ぬ瞬間は選べないんだ。
いつ死ぬかわからない。それなら『自分の人生は楽しかった』と、いつ死んでも後悔のないようにすごしたいと思うようになった。
何を優先するか線引きができるんだ。ごみ回収日に体調が悪くて起きるのがつらいとき、ごみは気になるけど体調を優先して次の回収日に捨てればいい。
地元に帰れるのは一年に一度しかない。あと何回、帰省できるのかを数えれば、どれだけ貴重な時間なのかがわかる。
限られた時間を最大限に活かすには、何を優先して、どうすれば目標を達成できるのか、物事の選択が速くなった。だから
死んで霊体になるなら
それまでにいろんな体験をストックして、話の種として寝かせておけばいい。大事なのは『今』なんだ。
もふもふとした動物にふれて癒やされる。旅に出て景色を見て感動したり、寒暖差から季節を感じとる。
人と会っておいしい物を食べながら会話をして、楽しい時間を共有する。いつ死んでも後悔がないように、できることをしておきたいんだ。
死ぬときに人生の走馬灯を見るという話があるよね。それは本当かもしれない。
溺れていたときにふしぎな映像を見たんだ。
予兆もなく、いきなり映像が現れてどんどん流れ始めた。カラーだったのか単色だったのかはわからない。音もなく、何の感情も乗らないままサイレント映画のように流れていく。
はじめは走馬灯と気づいていなかった。流れる映像がこれまで見てきた光景と合致する部分があって、そこで走馬灯と気づいたんだ。
ふしぎな感覚だった。
肉眼ではゴーグルの先に無数の泡があって溺れているのを見ている。並行して走馬灯が流れていて、時間がものすごくゆっくりになっている。
死の恐怖もあったけど、どこか冷静な自分がいて、走馬灯は生きたいという本能が起こした現象で、これまで見てきたものを記憶から引き出し、生き残る手段を探していると直感した。
わかった瞬間に、運よく岩礁に乗り上げて助かったんだ。
人生の走馬灯を経験してから、生き方を考えるようになった。
自分が見た走馬灯は、目から入ってきた情報をそのまま映し出したような内容だった。喜怒哀楽の感情の区別なく平等に流れていて、自分でシーンを選ぶことはできず、ただ流れていく。
映画を観ているときと同じで、走馬灯を見ている自分には感情がある。
楽しかった映像を見てほっこりしたり、つらかった場面では気持ちがよみがえって悲しくなったり……。
走馬灯を見ることで記憶を掘り起こすことになり、人生をふり返ることになった。
そこで決めたんだ。死ぬ前に走馬灯を見るなら、楽しかったときの映像を多く見ていたい。そのためには生きているうちに、楽しいことをしておこうって……。
自分は幸運だよ。願いがかなっている。
会いたいと思っていたツバメと紫桃にちゃんと会えている。一緒に食事を楽しんだあと、こうして夜遅くまでおしゃべりしている。楽しくてすごく贅沢な時間をすごしている。うれしいよ――」
ソファの上で膝を抱えるような状態で話していたコオロギは眠たそうにしていた。話している間も、うつらうつらとしていたが、ついに耐えきれなくなって眠ってしまった。
室内は静かで、隣にいるコオロギの寝息が聞こえている。
か、顔が熱い。
風呂上がりみたいにほてっている。
まずい……。
俺、顔が真っ赤になっていないか?
こんなとこ、杜に見られたら……。
そ――っと杜を見てみると、彼女の顔は真っ赤だ!
俺と目が合い、杜は口を
「レイちゃんはストレートに感情をだすから、こっちが照れちゃうわ」
「わかる。裏表がないのはいいけどリアクションに困る。
でも……腹を探らなくていいから安心するんだよな」
「……ふうん……」
「なんだよ?」
「なんでもないわよ」
「いや、怒ってるだろ。俺、何かしたか?」
杜はあからさまに不快な顔をしている。
急になんなんだ!?
怒っている理由がわからず、もやもやする。
杜はベッドの上であぐらをかきながら俺を見ていたけど、
「レイちゃんは、あんたのこと信用しているんだと思っただけよ」
「へ?」
すねている顔を見て、俺は杜に会ったときからずっと感じていた、もやもやの正体に気づいてしまった。
ずっと胸の中でくすぶっていた
コオロギのことを独り占めしたいという感情があったことに驚き、そして意識してしまった。
俺はコオロギのことが好きだ。
横を見るとコオロギが体を丸めて眠っている。寝顔を見たら、また顔がのぼせてきた。
「ちょっと!」
杜の強い口調に、俺ははっとなってふり向いた。
目で威圧してくる。「さわると刺すぞ!」と念を飛ばしてくる!!
背筋が寒くなって、あわててソファから立ち上がった。
「コオロギが寝てしまったことだし、部屋へ戻るよ」
テーブルの片づけをして杜を見ないようにしていたけど、突き刺さるような視線を背中に感じていた。
片づけは済んだけど……
コオロギはこのままでいいんだろうか。
ソファの上で気持ち良さそうに寝ているから、起こそうかためらっていると、杜がベッドから降りてきてコオロギを揺すった。
「レイちゃん、風邪ひいちゃうから布団に入って」
声をかけながら何度か揺するとコオロギは目を開いた。杜がうながすと、やっとで立ち上がってベッドへ歩き始めた。途中で俺と目が合った。
コオロギは睡魔と戦っているけど、まぶたが落ちてきて、こくりこくりと揺れている。
「紫桃、ごめんな。もう……眠たい……。
今度ゆっくり話そう……。おやすみ……」
そう言うと、ふらふらとベッドに行き、そのまま倒れこんだ。すぐに眠りそうだったけど、杜がなんとか起こして布団の中に入れるとコオロギは眠ってしまった。
見届けた俺は自分の部屋へ戻ることにする。気づいた杜が後ろをついてきた。部屋を出ると、杜がドアの前にいて腕を組みながら立っている。
「邪魔したな」
杜は黙ったままだ。きびすを返して俺が自分の部屋へ行こうとすると、後ろから声をかけてきた。
「レイちゃんと約束していたのに……悪かったわね」
予想外の言葉に驚いてふり向くとドアが閉まるところだった。見たわけじゃないけど、杜が照れているところが想像できて顔がにやけた。
「なんだよ。素直なところがあるじゃないか」
ほっこりとしてハミングが出そうなくらい気分がいい。
軽い足どりで俺は部屋へ戻った。
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