27 霊感のある友人が極端にアヤカシ嫌いなワケ


 サイズが合っていない作務衣さむえは明らかに男性用だ。

 本人の意思ではなく、着せられた感がありありと出ている。


 俺――紫桃しとう――は都内のホテルの一室にいる。

 電気をつけていてもホテルの部屋は薄暗い。隣にいるエキゾチックな美人は友人のコオロギ――神路祇こうろぎ――で作務衣に着替えてくつろいでいる。


 着替えた直後のコオロギをイトコのもりが嬉々として写真を撮っていた。杜は完全に自分の趣味をコオロギに押し付けている。

 だぶだぶな作務衣姿のコオロギは彼氏の服を着ているようで――


 んっ? 俺は何を想像しているんだ!?


 顔を左右に振っていたら、ベッドの上でノートPC パソコン を前にして座っている杜と目が合った。「ゴゴゴ、ゴゴ・・・」という効果音が背後に浮かんでいそうな無言の圧力!


 こ、怖い! イノシシかクマかよ!


 ばっと視線をそらし、空気を変えるべくコオロギに話を振った。



「コオロギはアヤカシのことを嫌うよな。なんでなんだ?」



 この質問に杜も反応した。



「そういえばレイちゃんはアヤカシのことを嫌うよね。どうしてなの?」


「逆に聞くけど、紫桃とツバメはアヤカシのことが好きなのか?」


「好きとまではいかないけど、コミュニケーションを取ってみたい」


「私はどっちかといえば好きよ。

 いろいろ質問したいし、可能なら写真撮って残したいわ」


「なんで二人ともアヤカシに対して好意的?」


「恋人を守ろうとする幽霊の映画よ!

 死んでしまっても大事な人を懸命に守ろうとするシチュエーションに憧れるわ♡」


「俺は先祖や偉人に会って体験を聞きたい。

 どんな時代だったのか当時を生きた人の目線で知りたいよ」


「ほ――ん。二人が想像しているのと自分がこれまでに体験したことは全然違うなあ」


「「え……?」」


「自分は知っている人の霊体に会ったことがない」


「「えぇぇ!?」」


「そんなに驚くことかな?」


「「驚くことだ!」」


「亡くなった親族の幽霊は見たことがないの?」


「仏壇の前にいた白いもやが先祖かもしれないというほかには、一度も見たことがない」


「そういやコオロギから親族の霊体の話を聞いたことがない」


「ふしぎだわ」



 コオロギはアヤカシを視る異能はあまり強くないようで、視たという体験談は少ない。また視たアヤカシはどれもコオロギとは関連性のない霊体だった。


 ホラーやオカルト系では、亡くなった家族が守ってくれている話や孫と遊んでいる祖父母の霊体などのストーリーがあるから、身近な人の霊体は視えやすいと思っていた。ゼロ感の俺が見えないのはいいとして、霊感があるコオロギが見たことがないなんて意外だ。



「霊体ってさ、どんなもの?」



 コオロギがいきなり質問してきて、俺と杜は同時に首をかしげていた。

 杜が考えこんでいたから、俺が先に考えを言ってみた。



「霊体は幽霊のことを指しているんじゃないのか?

 未練があるまま亡くなってしまった場合に、気持ちだけ現世に残る。このとどまっている気持ちが幽霊なのかと」


「同感だわ。肉体はなくなっても感情が塊として残っている。

 その塊が『魂』と呼ばれていて、生前のように意思があって動いたりするのが幽霊なんじゃないかしら?」


「じゃあ、幽霊はなんで存在していると思う?」



 このやりとりは以前、コオロギとしたことがあったのを思い出し、俺は前と同じように答えた。



「未練があるから現世に残っているとしたら、幽霊は未練を解消したいんじゃないかな?」


「亡くなった人たちの魂は、すべて現世に居るんじゃないかしら?」



 コオロギは黙ったまま聞いていた。頭を左右に小さく振るくせがでているから何か考えているのはわかっている。せかすようなことはせず、コオロギが話し始めるのを待つ。しばらく沈黙が続いていたが、頭の動きが止まって口をひらいた。



「人は亡くなる直前は魂が肉体から離れやすくなる。そして亡くなったあとの数日間は、気持ちが現世にとどまっているように思える。

 そう思うようになったのは、亡くなる直前に家族に会いに来た霊体を感知した体験があったからなんだ――」



 記憶を引き出すようにコオロギは語り始めた。



 ✿


 仕事中に背後で人の気配がした。


 白髪の年配の男性が居て、室内をきょろきょろと見回している。

 直感でさっきまで一緒に仕事をしていた人を探しに来たんだとわかった。


 直感が働いたのは、入れ違いで社員が早退したからだ。早退の理由は家族の危篤と聞いていた。現れた霊体はその社員 家族 に会いにきたんだと思った。


 姿は見えず気配しかない存在が居る――。

 奇妙な状況とわかっているけど怖くはない。不安そうに辺りを見ている気配だけの老人に、社員の方が病院へ向かったことを伝えると存在が消えた。


 翌日、会社に訃報が届いた。

 それで会いに来ていたのは亡くなった家族だと確信した。


 数日後、仕事中に突然線香の香りがしてきた。同時に背後に人が居る気配がして、前にやって来た老人とわかった。


 自分の後ろにいて、深々とおじぎをしたのを感じて思わずふり向いたら、気配は消えて線香のニオイも消えていた。


 この日以降は何も起きなくなった。


 ✿



「この経験から人の魂――幽霊という存在は『在る』と思う。でも生者と死者の世界は分かれていて、現世にとどまれる期間には限りがあるんだ」


「期間に限りがあるってどういうことなの?」


「個人的な考えだけど、一定期間が過ぎると魂は死者の世界へ行く。

 これは自分に挨拶に来た老人が、現世を離れて死者の世界へ行く前に、お礼を言いに来たような気がしたから思ったことなんだ。

 法事に初七日や四十九日など区切りを設けているのは、魂が現世にとどまれる期間があるのかもしれないと改めて考えさせられたよ」


「期限がくると魂は死者の世界へ行く……」


「そこで引っかかるのが、現世にとどまってしまう魂だ」


「そうよ、なんで残ってしまう魂があるの?」


「自分は、現世にとどまってしまった魂が一般に『幽霊』といわれているアヤカシを指していると思う。

 幽霊は紫桃が言ったとおり、なんらかの未練があって現世に残った思念に思える」


「未練が幽霊になるという考えか……」


「自分には、幽霊は未練だけが残った魂のように思えて、いいイメージがない。だから心霊スポットや怪談の現場となる場所には、よくない霊体が居る気がして近づきたくないんだ」


「でも家族を守ってくれた幽霊の話を聞くわ」


「守護霊的な霊体の話は俺も聞いたことがある。

 先祖の霊が守護霊になって、子孫を守っているという説があるよな」


「守護霊的な霊体もいるかもしれない。ピンチのときは助けてくれるかもしれないけど幽霊には肉体がない。

 物理的に助けることはかなり難しいと思うから、自分は助けてくれるかもしれないという期待はあまりしていないんだ。

 でも『虫の知らせ』という言葉があるように、教えてくれることはあると思う。 生 者 生きている人に直接ふれることができないから、精神ココロに伝える手段を取っているように思えるよ」


「たしかに肉体がないなら、ふれることはできないわ。

 それに霊感がないと幽霊の声を聞くこともできない。

 でも魂には届いていて、それが虫の知らせになっている……。

 なんかしっくりくるわ」


「コオロギの幽霊に対する考えはわかったけど、なんでアヤカシが嫌いなことにつながるんだ?」


「えぇ? わかんないかな~?」


「「わからない」」


「たいていの人の魂は亡くなると死者の世界へ行って現世には残らない。

 自分の知り合いも現世には残らず、死者の世界へ行ったとしたら、現世に居るのは未練を残した他人の霊体だよ。

 知らない人には警戒するじゃないか」


「「たしかに! 知らない人だと警戒する」」


「それに未練があるアヤカシは解消したくてたまらないはずだ。

 でも霊体が視えたり感知できたりする人は少ない。だから異能があるとわかると問題を解決してほしくて追いかけてくる気がするんだ」


「そうか、俺のようにゼロ感だと、話を聞いてもらうことすらできない」


「だからレイちゃんのように霊感がある人に頼るわけね」


「急に人を背負っているみたいに体が重くなることがある。この現象が起きた場合、神社へ行くとすっと軽くなったり、『邪魔するな!』と怒りをぶつけると消えたりする。

 これがアヤカシのしわざというなら、自分にとってアヤカシはいい感じがしないよ」


「れ、レイちゃんは、アヤカシに憑かれたことがあるの?」


「ほん? あ、憑かれたわけじゃないよ。

 背に乗っかられたり、悪夢を見たりするだけ」



 いやいや、軽く流すレベルじゃない!

 十分にやばい案件じゃないか!


 視えないし、どんな相手なのか知らないのに、アヤカシはあまり害を与えないものと考えていた。


 世の中が善人だけではないのと同じように、アヤカシだって善いものとは限らない。親族でもないうえに、未練があるため現世に残った魂が幽霊だというなら、コオロギの言うとおり、よくないアヤカシのほうが多そうだ。


 ゼロ感の俺は、アヤカシが関連する超常現象的な出来事に遭遇することはない。霊感がある人の日常は知らない世界で、体験を聞くと夢物語に近い。でもコオロギには現実リアルで起きている。だから独自のルールでアヤカシに対処しているんだ。


 霊感のある・なしだけで、こんなにも考え方が異なり、日常生活も違ってくる。身近で小さな異世界があることを実感する……。


 コオロギをちらりと見る。見ただけ 外 観 では霊感があるようには見えない。

 同じヒトなのに異能がある違うヒト――。こんな近くに俺の世界を広げる人物がいる。改めて友人コオロギがとても希少な存在に思えてきた。


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