きつねにつままれた話

村日星成

きつねにつままれた話


僕の家の近くには小さな神社には本殿とは他に稲荷様が祀ってある、その稲荷様は小さな像が可愛く置いてある。


今の時刻は11時だ、太陽からの日差しは強く暖かい。


僕は毎週、休みの日には神社に通うという現代では珍しい人種だ、買い物帰りには5円玉を本殿の賽銭箱に入れてはいつもお祈りをする。

そしてお稲荷様の賽銭箱に近づくと人がいる、その人は自分と同じくお祈りをする人でいつも油揚げを置いている人だとわかった。


「そうだ」


僕は運命を信じる人だ、今日の昼と夜、そして明日の朝ように買った、「赤いきつね」がある。それを手に持ったが

「よし、初めてだけど、置こうかな」

いや、待った、「赤いきつね」を置くのは神社側に失礼ではないか。もし、迷惑をかけたらそれではいけないのではないか。


「よし、やめよう」


結局いつもの通り、五円玉を入れてお祈りをして家に帰った。



「おい、おい」

「う~ん、う~ん、ん?」


女の声が聞こえて、目を覚ます。

辺りは眠る前とは変わっていて、和室、丸いちゃぶ台に古いブラウン管テレビ、外からは夕日が照らされ、近くに座る赤いスカーフを首に巻いた朱色の和服姿の女が赤く見えた。


「ひどいじゃないか、お前は目の前で「赤いきつね」を出して、そのまま帰ったな」

その女は長い薄い茶褐色の髪に狐のような薄い茶褐色の耳が頭から生えているのが印象的だ。


「へ?」

「ケチんぼだ、油揚げを置くくらいの度量を示してほしかったぞ」


こんな摩訶不思議な状態でお説教をされているというのに、なんだか暖かくて居心地の良さを感じた。


「えと、貴方は?」

「ほう、田中和利、お前は自分から名乗らないのか?そういう風に親から教えられたのか?」

「どうして、僕の名前を......あ、えっと田中和利たなか かずとしです......|」

「よし、私は宇迦之御魂神ウカノミタマノカミ......の、分霊的な奴だ、言えたじゃないか和利、私の事は稲荷様と呼びなさい」


宇迦之御魂神、名前が大物過ぎる、これ本物なのか?というか何なんだこの状況。


「あのでは、稲荷様、どうしてこんな事に?」

「お前が私に意地悪したからな、とんでもない悪童だ、「赤いきつね」を出してそのまま5円玉だけ残して帰ったな、「赤いきつね」にはご縁がないッという訳かッ」

「......はぁ」


まさかアレがこんな事態を招くとは。


「しかも食べてないな、お前はあの後、お昼も食べずに眠ったな」

「すみません、前日の疲れが取れてなくて、食べられませんでした」

「ダメじゃないか、朝、昼、晩、キチンと食べねば、体調を崩すぞ」


ぐうの音も出ない正論。


「大体、腹は空かんのか、腹は、いい年した大人がお昼を食べないなんて考えられんぞ」

「割と大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃない、人間の三大欲求を無視して大丈夫なわけないぞ」


稲荷様はあきれ返った様子で溜息を出す、今の僕の状況を見たら両親も同じ風にしただろうな、そう思うと少し寂しい気持ちが湧いた。


「よくよく見れば随分と疲れているな」

「でしょう?」

「いやいや、心が疲れておる」


稲荷様がちゃぶ台に来いというので近づくと、ちょうど夕日の光が目に当たり、真っ白になった。


「あれ」


何もなかったはずのちゃぶ台の上には「赤いきつね」が二個置いてある、

そして稲荷様も向き合うように座っていた。


「5分か、どうだ、和利は5分は長いと思うかの?」

「正直じれったいです......」

「実は私もぉ」


稲荷様ははにかんだ顔をしている。


「いやしかし、お前には随分と世話になったの、18年ほどは毎週か?律儀なものよ」

「え、覚えているんですか」

「自分を敬う者を忘れるものか」


18年前、その日は22歳で就活の真っ最中だった、面接にもたどり着けない僕の最後の神頼みとして、お参りを始めた。少なくとも毎週定期的にお参りをするようになったのはその年からだ。


「あれからもう18年か......結局ダメでしたね、就活は失敗しましたし、神頼みとか他力本願でしたものね、今なら過去の自分を馬鹿だなと笑えます」


ははは、と空笑いをした、正直に言って僕は人生を諦めていた。もうこのまま一人で人生を過ごすのだと確信していた、人並の幸せすら持てないのだと。


「確かにな、目に見えないモノにすがると痛い目に遭う」

「......はい」

「なら、どうして毎週お参りをしていた?」

「え」

「少なくとも18年間は毎週参拝をしていた、お前に益はなかったのにだ、どうして今日までやり続けたのだ?」

「それは......止めるに止められなかったからです、もし、ここで止めたらすべて無意味になってしまうと思ったからです」

「......律儀な奴だよ、お前さんは」

「馬鹿なだけですよ、僕は馬鹿なんです、昔から」

「そういうのを馬鹿というなら、馬鹿でも良いんだよ」


あれこれと話していたら稲荷様が、5分経ったとぞ、と言うので「赤いきつね」をあける。


「ん~いい香り、ほれ、和利も嗅いでみなさい」


普段は気にしないで食べていたのだが稲荷様がそういうのでこっちも嗅いでみた、だしの香りが鼻から全身に感じる。


「私が言わなかったら、嗅がずに食べてだろう?」

「はい......」

「まぁ、言われなければ気づけない事もあるだろうな」


箸を持っていざ食べようとした所、稲荷様が、待たぬか、というので箸を止めた。


「食事前にすることがあるぞ」

「すること......あぁ」


手を合わせて


「「いただきます」」


稲荷様はズゥズゥとうどんを美味しそうに啜っていて、そんな様子をずっと見ていたくなった。


「こ、こら、流石に見られ続けるのは恥ずかしいぞ......」


こちらも箸を持って「赤いきつね」を頂く


「あ、美味しい」


かつおのダシが美味しい、普段から食べているはずだ、味が変わった訳ではないはずなのに、どうしてだろう。


「なぁ和利、美味しいなぁ」

稲荷様は笑顔でそう語りかけて来た、なんだか幸せな気持ちだった。

「美味しい、あぁ美味しいよ」

涙腺が緩くなっているのを感じた。


「和利、お前がな、小さい頃にご両親が初詣の来てくれたの覚えているか?」


それは覚えている、両親との数少ない思い出だ、初詣の日にだけは両親と一緒に手を繋げて、一緒に参拝出来た。


「ご両親は本殿だけ参拝して帰ろうとしたのに、お前は私を見つけて参拝してくれただろう?」

「ありました......」

「嬉しかったぞ、提灯も本殿ばかりが賑やかになるから私の所は目立たなくなるしな」

「そんな、前の事も覚えているのですね......」

「さっき言っただろう、自分を敬う者を忘れないって」


稲荷様は油揚げを持ち上げると美味しそうに噛みついた。


「......稲荷様、僕の油揚げも食べます?」

「おっ良いのかッ!」

「どうぞ」

「おぉ、ありがたやぁ!」


油揚げを前にした稲荷様はまるでボールを前にした犬みたいでおかしかった。


「こうやって、一緒に食べるというのも悪くないな、和利、お前はどうだ?」

「そうですね......なんだか、懐かしいというか、楽しいです」

「結構結構」


最後に汁を飲み干す、なんだかこんなに美味しい食事は初めてだった。


「ぷはぁ」


今度は手を合わせて


「「ご馳走様でした」」


外を見るとやはり夕焼け空のままだ、ここは夢なのか異世界なのか。


「......稲荷様はどうして僕に?」


結局、稲荷様がどうして自分の前に現れたのかわからない、本当に「赤いきつね」が目的だったのだろうか。


「......昔、お前は「赤いきつね」を私の前に置いた事があったんだぞ?」

「へ?」

「まあ、それで懐かしくなったからかの、後はあまりに見るに堪えんかったから」


稲荷様は夕焼け空を見ている。


「仕事がキツイのはあるだろう、でも食事を楽しめないというのは問題だぞ。それに他人に気を使いすぎるのも気を付けた方が良い、我を出すのと我が儘は違うのだから安心して良いのだぞ?」

「はい」

「ふ、ありがたい神サマの御言葉だ、魂に刻み込むのだぞ」

「......」

「18年間、参拝を止められなかったと言ったな、止めるのが怖いと。律儀なのは良いのだが、いや、だからあえて言おうか、辛くても行くぐらいなら休め、私は18年間毎週参拝していたから現れたのではない、例え今日、18年ぶりに参拝していても、このように会っていたぞ、だから少しは休みなさい、参拝の継続年数がお前の価値じゃない、その思いがお前の価値だよ」


夕日の光がドンドンと強まっていく。それは別れを予感させた。


「わかりました、稲荷様、ありがとう、ありがとうございます!、また、今度、一緒に食べましょうッ」

「......そうだな、一緒に食べよう田中和利!」

「約束です、約束ですよッ「赤いきつね」、今日みたいに食べましょうッ!」

「勿論だッ!」



夕日の光は幻想的に稲荷様を包み込む、赤い光が稲荷様を包んでいく、笑顔を最後に意識がなくなっていった。




「稲荷様ッ!」


目を開けて辺りを見ますと、見慣れた小汚い部屋と小さな机、薄いテレビに太陽の光。


「今は......12時30分......」


夢だったのだろうか、それにして不思議とあの夕日の光も「赤いきつね」の味も覚えている、瞳には涙が零れていた。


「......変な夢だったな」


ただ良い夢だった、もとより不思議体験というものには興味があったから、誰かに話すネタが出来た。


「っ?」


机の上には「赤いきつね」があった。


「っまずいな、帰ってきたのは11時半、その後直ぐ昼ご飯にする予定だったはず」


つまり、1時間ほどお湯につけていたという事だった、まずい、完全に伸びきっている、最悪だと思いながらも見てみると。


「あれ?」




その「赤いきつね」は今さっき出来上がったかのような、熱々なままだった、そして不思議なのはその「赤いきつね」には油揚げがなかったと言う事。どこを見ても油揚げだけが見つからない、何故だろう。


「はは、まさか......ね」



だとしたらお笑い種だ。



赤いきつねにつままれた「赤いきつね」を食べたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きつねにつままれた話 村日星成 @muras

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ