革命に至る犯罪

ヘイ

第1話 牢獄襲撃

「人生、何事も理解し合う物サ」

「……殺人卿ロード・マーダーオーヴェル・シュタイン」

 

 清廉にして、無欲。職人技の様な殺人。無駄がない、剣技。使う武器は鋭利に磨がれた片刃のサーベル。

 

「オヤ、名前を知っているのか。どうも、私も有名人になったものだ」

 

 感心。

 だろうか。照れくさいといった様子にも思える。

 

「A級犯罪者オーヴェル・シュタイン。僕はお前を逮捕する」

「ふむ。やれやれ、好かんナ」

 

 オーヴェルは顎を、空いた左手の指先で摩りながら世間話をする様な口ぶりで告げる。

 

「私はね。個々人には個々人に価値があると思っている。そういう階級付けというのは、余りにも人間を差別的に看做みなしていないかと、そう思うのダヨ」

 

 意思疎通が取れない訳では無い。

 だからこそ余計に異質さが際立つ。殺人鬼など気が狂っていなければ出来はしない。

 だが、目の前の男には思考能力がある。教養もあるだろう。だから、理解できない。

 

「我々はお互いへの理解が足りていないんじゃないかネ? 歩み寄ろうと思わねば。お互い同じ世界に生きているのだから」

 

 サーベルを鞘に収めて彼は近づく。

 両腕を開いて、警戒を解いたような所作だ。

 だが、警官は警戒を解かない。

 

「そんなに固くなる必要はないだろう。私は君を理解しようとしている、それだけなのだヨ」

 

 胡散臭い。

 年齢は四十から五十辺りか。銀髪なのか白髪なのかは判別がつかない。長身。黒の外套が体を覆っているからか体格は定まらないが、細身なのだと警官は推測する。

 筋肉量は多くない。

 問題は、技巧と速度。

 確かに。

 風の噂で聞いた通りだ。

 

「ほら、落ち着きなさい。楽に死ねないヨ」

「……え?」

 

 視界が回る。

 空を見上げている。霧のかかった、薄い空を。ゆっくりと離れていく。

 自由落下。そして赤い雨が降る。

 

「まだ、意識はあると思うから少し話をしようか。私は確かに人殺しサ、否定はしない」

 

 この行為が金になると言う話でもなければ、彼が殺しを好んでいると言う訳でもない。

 

「君には悪いとは思ってはいるんだヨ」

「…………ぁぅ、ぁ……」

 

 ハクハクと餌を求める魚の様に、息を漏らし血を吐くだけの首。見ようによっては余りにも惨め、余りにも残酷。

 

「私は、人殺し。そう言うだけの話なのだヨ」

 

 悪を持って悪の栄を滅ぼそう。

 などと大それた傑物でもなく。

 血に飢えた一匹の獣でもなく。人を殺すのだから仕方がないという、誰かを納得させるつもりもない言い分。

 理屈が用意できるようなものではない、理不尽な存在。

 

「殺せれば誰だって良いのサ……なんて、君にはもう聞こえていないか」

 

 瞳にサーベルの切先を突き刺し引き抜く。確かめてみれば確かに瞳から生気は失われている。

 

「ははは、中々のお手前。流石は殺人卿ロード・マーダー……」

 

 影から美しい黒髪の青年が現れる。

 若々しい姿とは裏腹に、年季を感じるほどの飄々とした雰囲気。

 

「おや、貴方は────」

 

 

 

 

 犯罪者には段階的にCからAまでの評価が与えられる。軽犯罪となった場合はDという事で、特別な処置がある訳ではない。

 問題はB以上の指定を受けた、凶悪な事件を起こした者の場合。その場で殺してしまっても、構わないと言う指示は出しているものの上手くいっているとは言い難い。

 

「58番」

「あーい……」

「……何故、こんな事をした」

 

 檻の向こうにいる気難しそうな顔をした男に、軽く笑い答えた。

 

「そりゃ、本が読みたいからさ。面白いぜ、シシリ語の本も」

 

 翻訳家、マーチェス・モラン。

 国家叛逆の罪を問われたA級犯罪者だ。

 

「本が読みたいなら、一人でひっそりと読めば良かっただろう」

「ほーん。じゃあ、聞くけどな。本を作ったやつは自分の脳みそにアイディアを仕舞い込んでたかよ」

「……死ぬことになるんだぞ」

 

 そうかい。

 マーチェスは柔らかく笑う。

 

「別に構わねぇさ。苦しいのは自由に生きられないこと。仮面を被った言葉じゃ本音は語れない」

 

 死を恐れぬ犯罪者は少なくない。

 牢獄に勤めた彼も、何人も気の狂った人間を見てきた。だが、マーチェスは真っ直ぐに見える。

 寧ろ、それこそが狂気だと思えてしまうほどに。

 

「それよりさ、看守殿。何か騒がしくねぇか?」

 

 阿鼻叫喚。

 何かが起きている。

 絶叫と、金属音。

 そして銃声。

 鼻をつくのは焦げ付く臭い。

 錆鉄の臭いに覆われた牢獄で、日常的に出るような臭いではない。

 

「エミーリオさん!」

 

 廊下の向こうから必死の形相で青年が駆けてくる。何かから逃げるのか、それとも何かを伝えたいのか。

 

「ま、ずいで……す」

 

 息も途切れ途切れ。

 看守のエミーリオとマーチェスはお互いに顔を見合わせた。

 

「どうした」

 

 これからマーチェスを処刑場に連れて行く予定だったと言うのに、異常事態が起きたようだ。

 

「この牢獄がグラン・ヴォルトに襲撃されました!」

「およ、ガチの国家転覆犯じゃん。自称革命家」

 

 マーチェスもグランの名前は知っていた。

 革命家として有名な彼は様々な才能に恵まれた名家の生まれ。現王政に不満を持った貴族の支援を受けた、国家転覆犯。

 とは言え、彼が勝って仕舞えば正義は彼となってしまうのも理解できる筈だ。

 

「アイツ、嘘吐きだろうけどな」

 

 でなければ多くの人間の支持は得られない。恐らくは革命は起こすだろう。

 次に問題となるのは王政打破の後の政治だ。

 

「チッ、マーチェス。付いてこい」

 

 エミーリオは舌打ちをしてマーチェスに告げる。

 

「何でだよ。コイツに引き渡せば良いだろ」

 

 手枷の嵌められた手を挙げて正面の汗だくの青年に指を指す。

 

「……任せて良いか?」

「は、はい!」

 

 敬礼をしようと青年が足を揃えた瞬間に顔が僅かに歪んだ。

 

「……ジョン、君は下がれ」

「ですが……!」

「足を怪我しているだろう?」

 

 エミーリオの指摘に申し訳ないといった顔をして目を逸らす。

 

「付いてこい、58番」

「……はあ? いやいや、コイツと一緒に僕も逃げて良いだろ」

「怪我人だ。お前が逃げ出す可能性が高まる」

「……そうかい」

 

 尤もだ。

 確かに怪我人ならば多少の抵抗で逃げ出せるだろう。マーチェスだってこんな場所に留まっていたいとも思わない。

 布団もよくなければ、飯だって好きなものを食べられない。劣悪な生活環境だ。

 脱獄できるなら脱獄している。

 とは言え、我先にと牢獄の出口に向かう事はできない。隣にエミーリオが立っているから。

 

「なあ、看守殿。僕はトイレに行きたいのだが」

「そこらでしておけ」

 

 エミーリオは嘘だと見抜いているのか、マーチェスに素っ気なく返す。

 

「おおっ、お初にお目にかかります。アーサー・マーチェス・モラン」

 

 現れたのは白髪の中年。

 黒の外套、腰にはサーベルを穿く。

 

「……オーヴェル・シュタイン」

「はは、どうモ。私のような、どこにでも居る男の事はアーサーは認知しておられないでしょうかラ」

 

 オーヴェルの頬は僅かに赤みがかっている。まるで、有名人に会う事が出来て嬉しいかのように。

 

「オーヴェルか、君のことは何回か名前は聞いたよ」

「どの様に?」

「僕と同じA級犯罪者だと」

「これはこれは。マーチェス殿と同じA級だとは。いえ、それでも矢張り好みではナイ。貴方の価値はそんな物では表せなイ」

 

 この様な階級決めはどれほどのことでもオーヴェルには許容できない様だ。

 

「そうです。グラン・ヴォルトは上手くやりましたかネ」

 

 思い出した様に呟きながらオーヴェルはサーベルを鞘から引き抜いた。マーチェスはピクリと眉を浮かせ、エミーリオも腰にあるピストルを引き抜く。

 

「──貴方の相手は私ではなイ」

 

 シュンッ。

 風の切るような音が牢獄内部に響き、そして鉄柵が崩れ落ちる。目にも止まらぬ剣技でオーヴェルは檻を斬り壊してしまった。

 

「不味い! ここに居るのはどれもB級以上の犯罪者だ!」

 

 エミーリオが叫ぶ。

 破壊された檻から最悪な人間が溢れる。それは三メートルにも届こうかと言う巨体であったり、坊主頭であったり、崩れた鉄柵を手に握った伸び切った髪の男であったりだ。

 

「オーヴェル。戻るぞ」

「ふむ、その姿は?」

 

 まるで親しいように話し合う二人にエミーリオは瞠目する。

 何せ話しているのは看守のジョンなのだから。

 

「ああ、皮を剥いだんだ。あまり、良い気分ではないけどな」

 

 顔を引っ張れば本来の彼の顔が血だらけで現れる。黒色の髪は長く伸ばされ、後ろから見れば女性と間違ってしまいそうなほどだ。顔も端正な物で、雪のような白さにぷっくりとした唇が艶やかさを感じさせる。高い身長と低い声は男性的な要素としてあり、ただこのアンバランスさが言葉にし難い魔性の魅力を放っている。

 

「見ろ、フランクリン・ヴァルターだ」

 

 三メートルの巨大ですら霞んで見える怪物。人間と思えない体躯。狂人どもは見境なく暴れ狂い、大きな的のフランクリンに攻撃を加える。

 殴る、蹴る、叩く。

 だが、どれもが無意味でフランクリンに叩き潰されてしまう。

 

「……これは、暴力の塊ですネ」

 

 呆気にとられている内にマーチェスに向けて、鉄の棒を手に持った男が向かってくる。エミーリオがピストルの弾を撃ち放った。

 頭のど真ん中に赤い花が咲く。

 

「……死刑囚だろ、僕」

「黙れ。私は今、人生史上最も混乱しているんだ」

 

 助けた。

 それは咄嗟に。

 ならば仕方ない。死刑囚であるのなら、などと理屈をつける必要性すらも感じない。

 

「そうだ、アーサー・マーチェス・モラン。君も俺の仲間にならないか?」

「それはサークル仲間という意味か?」

「ああ、サークルだ。国の腐敗を正す、ね」

 

 全くもって、興味を惹かれない。

 マーチェスは自由があれば良い。それは確かに自由なのだろうが、通る道は地獄の道だ。

 

「……影ながら応援しているよ、グラン・ヴォルト閣下」

 

 協力するつもりはないとマーチェスが答えればグランはクツクツと笑う。

 気味が悪い。

 だから、マーチェスは信じたくもなければそちら側に居たくもないのだ。

 

「残念だ。だが、フランクリンと言う目的は果たされた。俺はこれで失礼しよう。ただ……少しばかりハメを外しすぎたか」

 

 狂人どもの自由は人殺し。

 殺し合い、血で染まっていく。

 

「さらばでス、敬愛なるアーサー」

 

 オーヴェルが深々と礼を取り、また風切音が響き、壁が開く。

 

「ヴァアあああ…………」

 

 唸り声を上げてフランクリンが光りの差す方向へと進むグランとオーヴェルの背中を追う。

 茜の光。

 少しばかり肌寒さを感じ始める秋頃の出来事であった。

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革命に至る犯罪 ヘイ @Hei767

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