第14話・決着
接敵した敵に前線の兵士たちの槍が振り下ろされる。騎馬には槍衾。歩兵には打撃をというのが戦いのセオリーだ。
しかし、敵は神政国家マイカードゥリアンに吸収された強制徴募兵達。重い棒で
彼らには後が無いのだ。士気は悲しいほど低いだろう。恨みも無ければ、理由もない。逃げれば破滅というただそれだけで立ち上がらなければ
「乱戦になりますね」
「そうだが、騎兵は投入できん。歩兵の一部を回す! 長引けば敵の騎馬隊が乱入する!」
パオロ卿とサー・ラックは騎馬の上だ。歩兵の動きが実感できる高さだ。
ラックが思うところ、徴募兵達は良くやっている。自分が徴募兵だったころとは雲泥の差があると言っていい。
かつての戦は蓋を開けてみれば単なる時間稼ぎだったのに対して、今回は真っ向勝負だ。兵たちにもそれがよく分かっているのだろう。彼らには家族も故郷もある。それをラックは未だに少し羨ましく思う。
視界の端にかつてラックを歩兵に誘った偉丈夫がいるのが見えた。未だに生きて剣を振るっている。それはかつての運命の分かれ道の先が見えたかのような
「強いですね。我々の剣兵隊は、あの状況下で敵と味方を選り分け、するりと進んでいく」
「あの部隊は特にな。実績を考えれば、騎士になっていてもおかしくないが断り続けてる変わり者達だ。だが、そのおかげで助かっている。わからんものだな」
「前方の混乱が収まれば、敵は重騎兵を出してくるでしょうね。歩兵は排したいはずですが、軽騎兵では蹂躙するに足りない」
「マイカードゥリアンの騎士達か。強敵だな。貴公の想い人も来るかな」
「自分で言うのもなんですが、来たら指揮どころではなくなります。こちらの騎士たちの指揮は別の者に任せた方が良いでしょう」
「不思議だ。貴公は常に落ち着いている男だが、それが敵に入れ込むとはな」
説明が難しい。ラックにとって黒騎士は不思議な絆の相手だった。ソウズ老人、サー・ハルともまた違う。己だけの運命という気がする。それを果たした時、自分を満たすのは虚無か、歓喜か。それが知りたいのだ。
鞍に下げていた黒兜を手に取り、被る。互いにだけ分かる合図。それを相手は覚えてくれているだろうか?
「色があっていない。似合わんぞ」
「ならばこそ、敵もここにいるのが僕ということも分かりましょう。ああ……来ますね。敵は魚鱗の陣ですか、ならばこちらは鶴翼と行きますか」
「タイミングが難しいが、漏れた敵は軽騎兵で釣り殺す」
「パオロ卿。僕のわがままを聞いて下さり、感謝します」
「なに。儂にもそうした時期はあったのだ。幸いというか、貴公は換えの利かない人物というわけでもない」
「新米ですからね。では」
重騎士達の隊長に許可を得ていることを告げ、ラックは先頭に加わった。思えば、わがままなど言った覚えが無かった。何もかもが新鮮だ。
馬上槍を持ち、剣を佩いて突撃に参加する。ああ……敵の先頭付近に黒いシミが見える。見間違えようもない。我が幸運はこのときのためにあったとさえ言える。
「黒騎士! アンドレアスっ!」
「いつぞやの若造が、生きていたか!」
横合いから馬上槍を突き出すと、黒騎士は綺麗に盾で防いだ。見事な防御で、馬上槍はその場で砕け散ったが、敵の槍もラックの甲冑をかすっただけで済んだ。
馬ごと体当たりする勢いで突貫した結果、黒騎士とラックは互いに地上に落ちころんだ。だが、痛みは互いに無かった。冷静に立ち上がり、剣を抜いた。
「我が名を知るということは、老人の入れ知恵か。剣の錆も落としたようだな」
「貴様との再会を期して、幾度も戦場を駆け巡った。かつてとは違うぞ」
「そのようだな。無事、騎士となれたようだ」
「ああ、我が名はサー・ラック。黒騎士アンドレアスに一騎打ちを挑む」
「受けよう。我が弟弟子、サー・ラック。お前がこの剣を更に輝かせると確信したゆえに」
「「参る!」」
それは奇跡のような時間だった。かつての戦いを思い出す。近くで争いが起こっているというのに、二人の周囲だけはぽっかりと穴が空いたようだった。
同胞の怒号と悲鳴さえ遠い。その中で互いの運命をかけて戦うのだ。
――なんという
互いに技は知り尽くしている。北方派と南方派の違いはあれど、同じ師から学んだのだ。
速度に優れる黒騎士が直角と見紛うような一撃を振るえば、ラックは真円のような曲線でそれを逸らす。返す刃で黒騎士の首を狙えば、黒騎士はこれをいつの間にか戻していた剣で弾く。
初めて会った時の苦戦が嘘のように、互角の戦いが続く。
「随分と老人に仕込まれたな。カーヴィルの正統剣術においてはもはや、私すら凌駕している。更には気迫もこの上ない。私とそんなに再戦したかったか?」
「生まれたときから一人の身。それが
「なるほど。ではこう台無しにされたらどうする?」
黒騎士の剣が振るわれるが、それはラックの知らない剣だ。恐ろしい勢いで繰り出される、ただ相手を蹴散らすだけの豪剣。
かろうじて受けたが、たたらを踏む。この剣、聞いただけだが間違いない。
「マイカードゥリアンの剣術……!」
「そうだ。私がいつまでもあの老人に執着しているとでも思ったか? 分厚い元錆剣にも合っているしな、時間をかけて覚えた」
怒涛のような連続攻撃。そのどれもが重い。これは相手のことを一切考えない剣技だ。己がどうなっても敵を討ち滅ぼす、神政国家に似合いの剣術。だが、黒騎士が振るえばそれは攻防一体の剣と化す。
最悪なのは余程手慣れているのか、突然カーヴィルの剣に切り替えてくることだ。ラックは二人の剣士を同時に相手取るような感覚を覚えた。
カーヴィルの剣術。それもラックが使うのは南方派は防御に優れる。だから未だにたっていられるようなものだった。
「終わりだ」
下から跳ね上げる剣が、かつて受け取った黒兜を弾き飛ばす。続いて、切り替えた豪剣が無防備になった頭を狙い振り下ろされて……血が舞った。
「突きだと……?」
「ランシア流剣術。考えていることは同じだったようだ、兄さん」
差を分けたのは執着心。同じように別の剣術を吸収しながら、黒騎士は先にそれを披露した。黒騎士の野心はラックを倒すことなどでは無かったからである。
一方のラックにとって黒騎士を倒すことが全て。だからこそ、最後の一瞬までそれを隠し続けた。
「は、はは……まさか、我が道がこんなところで……」
「道なんて無い。明日は死んでいるかも知れないんだから」
剣を引き抜くと心臓から溢れる血潮。全てが終わった。だが、ラックなど障害物の1つに過ぎなかった黒騎士はなにも言わずに死んだ。
ラックはその様子を眺めていた。心を埋めるものが……
生に答えなど無ければ、物語が終わっても話は続く。
それでも何か、孤児の穴を埋めるためにラックは再び馬にまたがった。目指すのは味方と敵が入り乱れる戦場。
きっとそこにも何かがあると信じて――再度の
幸運の剣聖 松脂松明 @matsuyani
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