第13話・開戦
季節は巡り、もう若手騎士のラックはいない。細々とした争いに全て参加し、今やロウファーの中でも上位騎士とみなされるサー・ラックであった。
刈り揃えた黒髪は相変わらずで、細身の甲冑姿。しかも物腰柔らかであるから、ロウファーの城でも女中や未婚の令嬢から好奇の的であった。
ところが当人にその気はない。宿敵と定めた黒騎士との決着をつけるまでは一人でいることを選んでいた。
そのラックに不思議なあだ名がついた。“幸運の剣聖”というものだ。これはラックを好意的に見る者より、嫉妬から見る者に付けられた。
初陣でマイカードゥリアン相手に戦果を上げ、平民から一気に従騎士へ。そこから更に老騎士から家督を譲られて騎士となった。幾度の戦果も運が良かっただけ……とそう言いたいようだ。容姿も生まれつきのものだ。
「そんな運がついていてくれるのならありがたいな。幸運の女神だろうか?」
ラックはそうした中傷には無頓着だった。運も実力の内である。最初は最下層から出発したのだ運が無かった者の末路を何度も見てきている。
それにしても剣聖とはまた持ち上げてくれるものだ。ラックもこの頃は自信がついてきて、剣豪ぐらいなら真に受けられたのだが剣聖とは。
今でもあの不思議な老剣士ソウズから剣を時折学び、ハル老人からは経験談を聞いている。失礼なことだと分かっていても、ラックはこの二人は老いて死ぬことが無いのではないかと考えていた。
黒騎士相手の剣術も確立させ、準備は済ませた。
そして、とうとうその時がやってきた。マイカードゥリアンによるランシア王国への本格侵攻である。
大陸においてマイカードゥリアンの敵と足り得るものといえばランシア王国しかない。季節の巡りはそうした時期も平等に招いた。
あまりに大規模なため、事前にランシア王国も情報を得ており、以前のように慌ただしい徴兵ではなかった。徴募兵達も十分に訓練されたのだ。
以前の戦を受けて野営地ではなく砦も作られている。配備にあたって、ロウファー伯爵からラックも下命を受けている。
「サー・ラックは西の砦に行くよう」
「はっ。指揮官はどなたでしょうか」
「自分とは言わないのだな。指揮官はパオロ卿がよかろう。貴公は副官だ」
パオロ卿なら悪くないとラックは考える。個人的に仲が良いわけではないが、威厳が有り、バランス感覚の取れた騎士だ。
ロウファー伯はいささか戦闘を好み過ぎるが、それはそれとして貴族らしい感覚も持ち合わせた人物で、仕えるにはまずまず悪くない。
ラックの幸運はこうした小さな点に発揮される。
「各地から徴募兵も集め終えている。そなたの時のような無様にはなるまい。陛下の軍が到着するまでなんとしても西を抜かせるなよ」
「はい。拝命いたします」
これから始まる戦闘に期待してか、ラックに対して思うことがあるのかロウファー伯はニヤニヤと口元を歪めていた。
若年で副将に任命されるのは重荷ではあるが、ラックは山賊相手や国境沿いの小競り合いで地形に関する知識に明るい。良い采配だ。
「さて、念願は叶うかな?」
「ええ。それが僕の運命で約束ですから」
黒騎士は必ず来る。ラックは既に黒騎士が南方制圧部隊にいることを知っていたし、そうでなくとも約束は果たす男だと確信していた。
決闘の際にはかつて贈られた兜を被ろう。そして中身が入った黒兜を奪い合おう。
ランシア王国が完全に陥落するようなことがあれば、大陸の覇権は決まったようなものだ。その最前線であるロウファーの砦達は騒がしい。一応執務室となっているほかと代わり映えのない部屋で、パオロ卿とラックは話し合っていた。
「サー・ラック。徴募兵の訓練はどうだ?」
「守りに関しては何とか、というところです。槍も前回と違い刃先を付けさせてありますし、拒馬槍や溝も設置完了しています。一方、攻めに関してはあまり期待できませんね」
「そうか」
短く答えたパオロ卿から歯ぎしりが聞こえるようだった。
敵を待つのではなく、こちらから攻めたいのだろうが、兵数はあちらの方が上なのだから防御するしかない。逆に言えば防御においてはかなり期待が持てるので、それ次第では逆襲も可能だろう。
「国軍の第2陣は到着はしていますが、展開に手間取っています。攻めたいお気持ちは同じですが、一度目ぐらいは我慢なさらないと」
「分かっておる。……若い頃、サー・ハルと一緒に痛い目を見たことがある」
「義父上と?」
「ああ、今では想像できんだろうが、アレは儂より血気盛んでな。勝ったは良いものの兵の損害が大きくて、大目玉を食ったものよ。安心したか?」
確かに予想外の話だった。誰にでも若い頃はあると言うが、枯れ木のような義父からそれは連想できない。とりあえず己の学びとする。
「ええ、まぁ。むしろ僕のほうが自戒する必要がありそうですね。黒騎士を見た途端、突撃しそうになるでしょうから」
「若い頃はそれで良いが、今回は規模が規模だからな。誰しもが本懐を遂げるわけにもいかん」
ラックは黒騎士が来ると信じているが、それはここから東の砦かもしれない。あるいは戦場で出会っても互いに戦う機会など訪れないかもしれない。
「しかし、僕の
「うむ。まずは防御だな。下に降りよう」
ラックとパオロ卿が連れ立って下へ階段を行く途中、鐘が打ちならされた。とうとう国の存亡をかけた戦いというわけだ。
「しかし、辞めろと言われても血は滾る。時折、自分の道を後悔することがあるよ」
「僕は信じるだけです」
二人の行くところ、誰もが道を譲る。指揮官パオロ卿……攻めに優れる勇将。ランシア……ロウファーも耐えきるだけとは思っていない。
その後ろを書類を持ってラックは付いていく。数年前まで文字の読み書きも出来なかった身としてはえらい出世ぶりだった。
「おうおう。上から見れば蜘蛛のようだったが、下から見れば霧のようだな」
パオロ卿が言うのはマイカードゥリアンが最近導入した悪しき最前線の兵、改宗者部隊だ。
その正体は占領した国の男手である。元々マイカードゥリアンとは反りが合わないラックは、嫌悪感が湧いてくるのを覚えた。
「元兵士が混ざっているという噂は本当でしょうかね。それなら、騎兵の出番が早くなりそうだ」
「ふふん。神政国家の盾が脅した兵とはな。だが、確かに厄介だ。一撃で抜かれるとは思えんが、騎士たちにも得物を構えておくよう指示せねばな」
二人の何気ない会話を聞いて伝令が走っていく。中々大変そうだ、自分には無理かもしれないとラックはのんきに思った。
「さて、まぁやれるだけのことはやった。後はさいの目次第か」
「なんとなく落ち着きはしませんがね。副将といっても、僕は将自体初めてですから」
「最初の体験がこれほどとは、実に羨ましい。生き残れば代々の語り草よ」
パオロ卿とラックの会話はそれきり止んだ。緊張した様子だが、綺麗に整列した部隊の間を抜けていく。
「兵士たちよ! マイカードゥリアンが攻めてくる! 望んでもいない教えを我らに押し付けるために! 奴らは田畑を燃やし、蹂躙し、お前たちの家族を殺すだろう!
だが、ここに奴らを止められる者がいる! それは誰か!?」
――「「「「「我ら! 我ら! 我ら!」」」」」
盾が地面に打ち鳴らされ、伝統の返事を返す。怯えていても、やるべきことを悟らせる。これがパオロ卿のラックより優れたところだ。
「さぁ! 蜘蛛共が来るぞ! 総員構えぇ!」
ここに大陸の命運を決める戦いが始まった。
その中でラックは一人の騎士だけに思いを馳せていた。
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