第12話・日常
叙任式は極めて簡素に行われた。ラックの重要性が原因かと思われたが、ロウファーは国境沿いにある土地ということでこれが標準であった。
敵国と隣接しているロウファーではむしろ、軍事的行事に
こうしてロウファーに新しい騎士が誕生することになった。
「
「す、少ないのう……」
「農場での生活で何も望まなければ、こんなものですよ」
その新しい騎士サー・ラックは幸運なことに義理の父となった元サー・ハルの部屋が使えることになった。ただの無産騎士とは違い、城内に部屋が持てるのだから、これはありがたいことだった。
尖塔にある部屋のため、階段に次ぐ階段で甲冑を着ている時は難儀するのが欠点らしい欠点だ。その分、物置にされていた部屋からベッドなどを見つけることができたのでラックは良しとした。
「それにしても……訓練そこそこで、甲冑を着てそれほど動けるとは大したものよ。最近の騎士には膝を曲げたらもう戻れない者もおるというのに」
「日頃の生活で鍛えられましたかね?」
ラックは自身で不思議そうな顔を作ってみたが、ハルは理由を大体察していた。ラックの剣の師が騎士に相応しい体作りをさせていたのだ、と。
「だからといって、常日頃から着ていることもないと思うがの」
「それこそ鍛錬になりますから」
言ってはみたが、ハルの予想通りの答えが返ってきた。この若年騎士は継続して努力するという美徳を持っている。謙虚さが行き過ぎているのは欠点だが、そこをどう判断するかは個々人によるだろう。
動き回るラックに無理は見られない。
ハルがラックに譲った鎧は一昔前の流行でやや細身ではあるが、それでもそれなりの重量はある。どうやら自分で言っている通り、鍛錬になるということでずっと着るつもりのようだ。
ラックの騎士姿は実に美しいモノだった。ラック自身の器量に加え、刈り揃えた黒髪と細身の甲冑姿が合わさって、古代の彫刻めいていた。
ハルもラックもあまり興味が無く気付いていないが、城の女中などでは既に噂になっていた。
「前みたく、侮辱に対する報復はどれぐらいが良いんでしょうか?」
「内容によるが、まぁ既に一端の騎士。殺さなければおさまるじゃろうて。お前さんは自覚が無いようだが、お前さんの腕前は既に大半の騎士より上じゃ。そこを忘れんようにな」
「マドリッチや黒騎士の後ではピンと来ないですが……分かりました。むしろ課題は槍や弓ですね。槍は多少教わりましたが、弓はどうも……」
「まぁ成り立てにそこまで期待せんじゃろ。気長にやれい」
とはいっても、気になるのがラックという青年だ。鎧の錆と格闘した後、鍛錬場で励んでいた。毎日の訓練で馬上槍はなんとか様になってきたが、弓矢は不得手なままだった。
周囲からクスクスと笑われているようだが、不思議とラックは悪意を感じなかった。人間、苦手なことがあるとかえって安心されるということを知らぬまま、不得手なことを続けた。
そんな日々を過ごしていると、ラックは少しばかり疑念を生じて、尖塔の雑多な部屋でその疑問をぶつけてみることにした。
「義父上、僕にはちょうどいいのですが……騎士の方々は日頃何をして過ごしているので? 鍛錬場の面子もいつも同じ顔ばかりですが?」
「土地持ちの連中は自分の所領にいて、領地を経営しとる。そうでないものはお主のように訓練する者、サイコロやチェスに金と命をかける者、こっそりと商売に手を出しているもの。色々だわえ」
「僕は訓練してていいのでしょうかね。そろそろ
「城仕えの騎士はお館様から俸給が出る。おまえさんはそれだの。ここでは結構な額が出るが、逆に言えばその範囲内で生活しなければならないことを肝に命じることじゃて」
その事実はラックに奇妙な居心地の悪さを提供した。極端な話、戦に出るなら日頃なにもしなくとも構わないからだ。
農場での生活は違った。地道な作業を繰り返せば、季節ごとに芽が息吹いたり、実がなったりと目に見える変化があった。ここではそれがない。
ラックはより一層、鍛錬に励むことにした。目に見える変化が無いのなら、実績を以ってするしかない。
折しもトーナメントの開催も近いと聞き、ラックはこれこそ望んでいたものだと喜んだ。負けても良い、己が無用の長物でないと示せるのならば。
尚武の気風であるロウファーの街ではトーナメントは身近な祭りだった。ラックも
「お前さんに賭けておるからの。まぁ頑張れ」
「はぁ……賭博って公然としたものなんですね」
「それもあっての賑わいじゃよ」
この日は市民にも城の右手にある鍛錬場……会場に入ることが許される。それゆえ城の人口が5倍になったかのような活気があった。
馬と馬がすれ違い、誰かが落馬する度に本気の呻きが聞こえる。賭けでも勝負でもだ。なにせ装備をつけての闘技のため、落馬すれば当然に痛い。死ぬことさえある。
「サー・ラック。サー・ドゥン」
「行ってまいります」
「おうさ」
ハルから譲り受けた馬に乗り、遠く離れた相手に向かって疾走する。相手の盾を狙って槍を構えるのが基本で全てだ。
相手が近づくごとにラックはこれで良いのかと、変化を嗅ぎ取った。一撃目のすれ違いでラックは無傷、相手はグラグラと揺れている。
なるほど、だから義父上は自分に賭けたのか。そう納得しつつ再び疾走を開始した。今度はラックも盾に受けたが、衝撃はキレイに殺されている。一方の相手は落馬したようだ。
「勝者、サー・ラック!」
「まぁ勝ったのは僕じゃないんですけどね。なぁ」
ラックは馬の首筋をピシャリと張った。馬は満足そうに声をあげた。
サー・ドゥンとのやり合いでラックが異様に強かったのは、ラックが強いためではない。馬が凄まじく試合慣れしていたのだ。
元々の乗り手であるハル老人はそれを知っていたから、まだ発展途上のラックに躊躇なく賭けることが出来たのだ。
続くメレーはチームごとに分かれての大乱闘だった。旗を折った方が勝ちという奇妙な試合だ。手に持っているのが木剣といえどもただではすまない。
ラックはこの試合でソウズ老人から学んだ剣術を活かして、できる限り熱狂の渦に巻き込まれないよう立ち回った。結果、ラックのチームは敗北したものの、ラック自体は最後まで残り人々の賞賛を浴びた。
見目の良いラックが生き残ったことで、勝者のような喝采を受けた。ハル老人は静かに見守っていた。
「僕に賭けてなかったでしょう?」
「メレーは何が起こるか分からんからのう」
ラックは苦笑して観客側に戻った。
このような日々を過ごし、腕に磨きをかけてラックは待ち続けた。マイカードゥリアンとの戦を、宿敵である黒騎士との出会いを……たまにある山賊退治などには必ず参戦して錆剣も鈍く輝き始めていた。
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