第6話 ヘイスティングス・ランチ

空車を後にし、人々がごった返す街中に入る。通りのプレートはスプレーで塗り替えられ、""となっている。ソープやバーのホログラム広告がいたるところに映る。


ヘイスティングス・ランチはかつてハンバーグが有名なレストランや美味しい淹れたてコーヒーを出すカフェなどたくさんの名店が連なる商店街を有するにぎやかな観光エリアでもあった。しかし紛争が始まり、度重なる戦闘により店は次から次へと移転しそれに従って住人達も跡を絶った。残されたのは外装が剥がれ落ち、無数の銃痕が刻まれたビル群のみであった。紛争終結後、どこからともなく国中の訳ありの輩が集まりだしに住み着き、街を形成し、今に至る。


ライリーはこの街に興味がものすごくあるようで、時折足を止め、周りの雰囲気を楽しんでいるように見える。

すれ違う人々のこちらを見る目は険しく、中には殺意か少なくとも嫌悪ととれるような鋭い視線が多い。


大きな交差点に差し掛かるとピーター刑事がこちらに気づき近づいてきた。


「どうだい、ヘイスティングス・ランチは?」


「とても賑やかで驚きました! 良い街ですね!」


ライリーが辺りをそっと見渡し、言葉を返す。


「そうだろう?ここは24時間365日混みあってる眠らない街、巷では地獄とも呼ばれているが見方を変えれば天国さ」


天国となるか地獄となるかは我々次第、か。


「ところで...飯は食べたのかなお二人さん? いい店があるんだが。」


ピーターが数ブロック先の店を指さしながら話を進める。


「ぜひおねがいし―」


「ありがたい誘いですが、先に調査をしなければ。またの機会ということで」


ライリーの言葉をなかば強引に遮り、答える。


彼の露骨に表情がくもり、声量がぐっと下がり声色もどこかつまらなげになった。


「さすがはなあ」

「はぁ。ではさっそく、奴らが集まるバーでも訪ねましょうかな」


露骨な嫌味を吐き捨て、早歩きで前に進んでいった彼を追いかける。通りを抜け、うす暗い路地に入り、さらに狭い路地へと入る。路地の行き止まりに差し掛かる。前も左右も上も高い壁に囲まれており、まさに袋のネズミといったところである。


「この店は特別でしてね」


ピーター刑事が複雑な幾何学模様のホログラムを出す。

すると突然あったはずの壁がへとスッと開き、細い道が奥へとつづく。


「隠し扉なんですよ、なかなかおしゃれでしょう?」


彼に続いて進むと、扉が元に戻る。所謂"裏の世界"の人々で賑わうこの街で壁に囲まれたこんな店に入り退路が断たれるのはリスクが高い。

ライリーはそんなことを気にしていない様子で足取りは軽い。


まだ午後を回って時間も経っていないのにもかかわらずバーは繁盛しているようである。男女のカップルが数組と2,3組のガラの悪いグループが奥に見える。


酒、ドラッグ、スモークで溢れ、人々の目はどれも座っていない。

テーブルに被さり浴びるように酒を飲む者、ドラッグプールではしゃぐ連中と、混沌が似合う空間である。


辺りの光景に目を奪われていた間にピーター刑事とライリーとはぐれてしまい、仕方がないので人を半ば強引に押し退けながら前に進む。やっとのことで長い顎髭と "pale bule dot" と呼ぶのがふさわしい深く青い目が特徴的な店員を見つける。


捜査官証明ホロを見せながら尋ねる。


「今日の昼に人を殺した奴を探してる。怪しい奴、ここにきていないか?」


「ここには人殺しだらけだからね、ここいらじゃ歩いてるだけで見つかるさ」


「5000m彼方から人を殺せるやつならどうだ?」


店員は目を気持ち、かすかに開けたかと思うと一瞬目をそらす。


「さぁ。知らないね俺は」

「俺も忙しいんだ。あんたも飲まないならよそ行ってくれ」


そう言い残し、瓶ビールの空き瓶を片手にバックヤードに消えていく。


あからさまに何かを隠している。詳しく問いただすため彼の後を追おうとすると後ろから誰かに肩を叩かれる。


「柊少尉捜査官」


振り返るとライリーがいた。


「ライリー。ピーター刑事は?てっきり一緒かと思っていたが?」


「刑事ならあちらに。結構飲んでいますよあの感じだと...」


ライリーの目線の先にはピーター刑事と数人がテーブルを囲んで酒を流し込んでいる。仕事で来たというよりこれが目当てだったようだ。こちらに気づいたらしくビール瓶をこちらに向かって掲げだと思うと豪快に流し込んでいる。


「常連の話ではこのバーは紛争時代、軍に在籍していたメンバーで作った店のようで、中には紛争中に活躍もした腕利きな狙撃手もいたと。届け出上ではこちらの店のオーナーはアンドリュー・クルズ、54歳、男性、ここヘイスティングス・ランチの地下に住んでいるようです。データベース上では元西アメリカ特殊部隊所属、紛争中に重傷を負い名誉除隊ののちにファルコン・セキュリティ社に入社...とあります」

「ファルコン・セキュリティといえば―」


「被害者オリバー・サウスの勤め先か。偶然じゃないなこれは」

「先ほど店員と話したが、スナイパーの話をしたとたんに顔色がガラッと変わった。どうやらこの店にはがありそうだ」

「俺はその店員にさらに話を聞く」

「ライリーはピーター刑事を連れてアンドリューを捜索を始めててくれ」


「おひとりで大丈夫ですか? ドロイドの手配しますが...」


「いや、大丈夫だ。話を聞くだけだ」

「何かあったらすぐ連絡する」


ライリーらと別れて店員が入っていったバックヤードに入る。

簡易的なキッチンとソファ、デスクワーク用の椅子と机がポツリと並ぶだけである。表とは対照的にうす暗く、静かである。

彼の姿は見えない。どうやらまだ奥があるようである。

薄暗い廊下を壁づたいに奥への進むと喋り声が聞こえてくる。


「・・・捜査官が店に来て今日の射殺事件について尋ねて回っているぞ・・・」

「ああ、そうだ。ピーターが連れてきやがったんだ。まずいことにy・・・」


どうやら話し相手はホログラムのようだ。やはり今回の事件に何かしらは関わっているようだ。

話し相手は誰だ?


「こんなところで何をお探しかな ? 捜査官さん」


迂闊だった。後ろから歩いてくる気配に気づけなかった。いや、サイレントブーツか...

後頭部に強い衝撃を受ける。

考えている間に意識が遠のいていく――。







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