心霊写真

八白 嘘

心霊写真



 大学の友人の部屋に、泊まりがけで遊びに行ったときの話です。


 友人──アヤセは、心霊嫌いで有名でした。

 嫌いと言うか、小馬鹿にしているふしがありました。

 付き合いが良いため、深夜の心霊スポットで肝試し──なんてイベントにも誘えば来てくれるのですが、怖がる素振りを見せた試しがありません。

 臆病風に吹かれた私たちがアヤセの後ろに隠れるという本末転倒な出来事なども、しばしばあったくらいです。

 趣味がまるで正反対の私たちですが、不思議と馬が合いました。

 アヤセの部屋でテレビを見ながらだらだらしていたとき、とある心霊番組が始まりました。

 再現ドラマの合間合間に心霊写真の特集を挟み込むという構成のようでした。

 その中のある一枚に、私は戦慄しました。

 顔。

 女性の顔が、渦を巻くようにねじれているのです。

 私は、週刊誌に目を落としていたアヤセを促しました。

「──…………」

 しばしテレビを凝視したアヤセが、口を開きました。

「加工」

 私は反論しました。

 見るからに古めかしい写真です。

 撮影当時、これほどの加工技術は、どこを探してもなかったはずなのです。

「古い写真をPCに取り込んで加工、のちにプリントアウト」

 私は閉口しました。

 それならば、たしかに可能です。

 可能ではありますが、いささか夢のない結論であることは否めません。

「夢と来たかい」

 アヤセが苦笑しました。

「オカルトなんて捨てて、地に足のついた趣味を探すべきだと思うけどね」

 それができれば苦労はありません。

 ふと、思いました。

 何故、アヤセは、心霊を否定するのでしょう。

 アヤセは一本芯の通った性格です。

 自分の意見をしっかりと持った上で、行動や言動を慎重に選ぶ人間です。

 何であれ、無根拠に否定するのは、アヤセらしくありません。

 さっそく尋ねてみると、

「べつに、信じていないわけではないけれどね」

 意外な答えでした。

「信じているから、取捨選択が必要となる。明らかな嘘っぱちに振り回されるほど、私は暇じゃないよ」

 そう言って、肩をすくめました。

 正論です。

 しかし、信じているとなれば、先程とは正反対の事柄が気にかかります。

 アヤセのような現実主義者が、何故、心霊などという胡散臭いものを信じるようになったのでしょう。

 しつこく尋ねてみると、

「仕方ないなあ……」

 アヤセが、渋々といった様子で、机の引き出しから一枚の写真を取り出しました。

 廃工場をバックに、まだ幼さの残るアヤセと、ふたりの少年とが肩を並べています。

「君の大好きな心霊写真だ」

 そう言って、アヤセは、廃工場の二階の窓を指差しました。

 うわ、と思わず声が漏れました。

 アヤセが指差した場所には、苦悶の表情を浮かべた男性がくっきりと写し出されていたのです。

 まごうことなき心霊写真です。

 ですが、

「こんな写真、取り立てて珍しくないとか思ってる?」

 読まれてしまいました。

「君、顔に出やすいから」

 心外です。

「まあ、聞きなよ。それは、中学生のとき、男友達と近所の廃墟へ行ったときの写真でね」

 その廃工場は、アヤセの地元ではそれなりに知られた心霊スポットでした。

 当初は工場内の隅々まで探索する予定だったのですが、とある事情ですぐ帰ることになったのだそうです。

「当時は私もか弱い少女だったから」

 噴飯ものの台詞に微妙な表情を浮かべていると、真顔でアヤセが言いました。

「……声がしたんだよ」

 声。

 私は無言で続きを促しました。

「工場の中でうめき声が聞こえて、怖くなっちゃってね。写真だけ撮って帰ったんだ」

 言われてみれば、写真の少年少女の顔は、恐怖に引き攣っているようにも見えます。

「本当に怖いのは、この後だ」

 一ヶ月か、二ヶ月か──

 記憶を掘り起こしているのか、アヤセがたどたどしく続けました。

「その廃工場で、男の死体が発見されたんだ」

 私は絶句しました。

「男は、椅子に縛り付けられた状態で見つかった。ひどい暴行を受けていて、全身の骨という骨が砕かれてた。でも、内臓にはそれほど損傷がなくて、けっこう長いあいだ生きていた可能性があったそうだ」

 私の背筋を、冷たいものが走りました。

 では、この写真の顔は──

「──…………」

 アヤセが、小さく頷きました。

 なるほど納得です。

 そんな体験をすれば、心霊現象を信じざるを得ません。

 また、程度の低い作り物を笑い飛ばしたくもなるでしょう。

「たぶん違う」

 うんうんと頷いていた私に、アヤセが水を差しました。

「君が思っているのと、すこし違うよ。私が、どうして、幽霊を信じるか」

 アヤセが、写真を手に取り、天井にかざしました。

「──問題は、この人が、いつ死んだかってことなんだ」

 男性は、いつ死んだのか。

 私は、ようやく、アヤセの真意に気がつきました。


「この写真を撮ったとき、この人がまだ生きてたとしたら?」


「あのうめき声が、助けを求めるものだったとしたら?」


「予定通り、あの廃工場を探検していたとしたら?」


「見つけることが、できたとしたら?」


 アヤセが、写真を裏返しに置きました。


「だから、これは心霊写真なんだ。

 ──心霊写真じゃないと、困るんだよ」

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