第2話

 前から来る車が切れるのを待っていた。仕事帰りの車は中々切れない。横を見ると、もう太陽は沈んでいた。オレンジ色の空に濃いピンクと水色の雲とが交互に混じることなく、綺麗なグラデーションで西の空を染めていた。冬の夕暮れは寒さとともすぐに色が変わっていく。山の輪郭はよりはっきりとして緑は怖いほど深かった。

 世界には色が溢れている。刻一刻と変化していく空の色に気付く時、世界がとても広く、とても美しいものだったと気付くのだ。そして、色も感じないほどの世界があったことも気付くのだ。

 ふと今朝見た夢を思い出す。

 手足の不自由な彼女と目が見えない彼は、社会で自立できるのだろうか。どう生活していくのか。自分たちが何者であったにせよ、無条件で治療し支援してくれる優しい人たちから離れて、いつか自立しなければいけない。ずっと同じところにいれるわけではない。生きていくことは楽しいことばかりではない。

 二人でいたからといって乗り越えていける保証もない。生活するのはお金も稼がないといけない。ご飯も作って食べて、トイレも行って、お風呂も入って、ゴミも出さないと。それらすべてに手助けが必要で、自ら、誰かに助けを求め、手伝ってもらわないといけないのだ。それはいままで一人で生きてきた彼らにはできなかったこと。

「そこまでして生きていく価値があるのだろうか」彼らの声が聞こえてきそうだった。それは単純に死ねなかっただけじゃない。

 二人にとって生きていくことは、贖罪なのだ。自分で自分を赦せる時が来るまで、闇は消えず矛盾と葛藤を抱えたままいるのだ。

 その闇の中で、光を見つけてしまった二人は、やっぱり生きていくしかないのだ。

 見つけてしまったのだから。


 ボーッとしていたら、連なっていた車の1台が目の前で止まってくれた。私は急いでお礼のクラクションを鳴らして、アクセルを踏む。思っていたより、クラクションが不発でパフって鳴って、一人で笑ってしまった。

 仕事終わりはネガティブになる。疲れている証拠だった。訳もなく鼻の奥がツンとして涙が出てきてしまうことや食欲がなくなることも、気のせいにしてはいけない。闇が怖いと思う時は、喰われる一歩手前なのだ。でも、悲しいことばかりではない。生きていくことは忘れていくことでもある。闇があろうと傷があろうと、オレンジの夕焼けはやっぱり綺麗で、それに救われて、忘れたり思い出したりまた忘れたりして、日々は過ぎていく。どんなことがあろうと生きていく。決めたのだ。


 光を見つけたのだから。

 

 私はアクセルを踏みながら、夕飯は何を食べようか考えてみたけれど、冷蔵庫に何が入っていたか、まったく覚えていなくて、

 いつもの自分に「まっいいかと」と声に出して笑った。


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今朝の夢から Kojitomo @kojitomo

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