ゴンの赤いきつね
澤田慎梧
ゴンの赤いきつね
自宅マンションの玄関を開けた途端、うず高く積み上げられた段ボール箱の塔に出迎えられた。
段ボールにはでかでかと「赤いきつね」のカップがプリントされている。いわずもがな、国民食とも呼べるカップ麺のアレだ。
リビングの方からは、お笑い番組の大音量と「ぶははははっ!」等と言う聞きなれた笑い声が聞こえてくる。
――間違いなく、ヤツだ。
「おいゴン! 玄関のアレはお前がやったのか!?」
呼びかけながらリビングに入ると、果たしてヤツはそこにいた。
他人様の家に勝手に上がり込んで、あまつさえコタツに肩まで潜ってぬくぬくしてやがる。
コイツはゴン。オレの幼馴染にして、いつの間にか他人の家に上がり込んで好き勝手にくつろぐ、ぬらりひょんみたいなヤツだ。
「ん~? アレってなに~?」
「大量の『赤いきつね』だよ! どうするんだあんなに沢山。というか、自分の家に置け自分の家に!」
「ああ、あれ? 平太も食べていいよ~」
こちらの方を見もせずに、オレが買っておいた煎餅をバリバリと貪るゴン。最早どちらが家主なのか分かったものじゃない。
――事の起こりは一年ほど前。
オレの就職を機に、両親が「長年の夢だった海外暮らしをしてみたい」と宣いやがり、息子の俺を置いて海外へと移住してしまったことから始まる。
幸いにして住んでいたマンションは売られずに済んだので、2LDKで一人暮らしという夢のような生活が始まった――のも束の間、一週間もせずにゴンが入りびたるようになってしまった。
ゴンは同じマンションの違う階に住んでいる同い年で、小中高と同じ学校に通っていた。大学は違ったものの、毎日のようにゴンが遊びに誘ってくるという、まあ腐れ縁というやつだ。
そのせいなのか何なのか、ゴンはオレとの距離感がだいぶおかしいらしい。社会人になってまでべったり――というか悪化するとは思ってもみなかった。
今では、自分の家にいるよりもオレの家にいる時間の方が長いんじゃないか、という始末だ。
「ゴン、お前さぁ……オレの所ばっかり入りびたってるけど、色々と大丈夫か?」
「大丈夫って、何が?」
「いやほら、お前にも大学時代の友達とか、会社の仲の良い同僚とかいるだろ? そういう人達との付き合いもさ、大事じゃんか」
「平太は、ボクが入りびたってるの迷惑なの?」
「迷惑……ではないけどさ。色々と心配にはなる」
「……そっか」
そのやり取りに何を思ったのか、ゴンはおもむろに立ち上がると玄関の方へと姿を消した。
――ようやく帰るのか、と思いきや、ゴンは「赤いきつね」を二つ持ってすぐさま戻ってきた。
「はい、平太の分。お湯はさっき沸かしたから」
「オレが食べるのは確定なのか……」
少し呆れながらも、二人して「赤いきつね」にお湯を注ぎ、スマホのタイマーで五分を計り始める。
いつの間にかテレビの音量は下がっていて、無言がリビングを支配した。
――と。
「『赤いきつね』をさ、全部食べたら、こういうの止めるよ」
「全部って、積んであるの、全部か?」
「うん」
ざっとだが、玄関にあったのは「赤いきつね」1ダースの箱が十箱ほどだった。毎日食べても四か月弱、二人で食べたら二ヶ月程度で無くなる計算だ。
その頃には、ゴンがオレの家に入りびたることもなくなる訳か。
やがて五分が経ち、二人して「いただきます」と行儀よく手を合わせてから「赤いきつね」を啜り始める。
うん、うまい。……うまいが、どこかいつもより味気ない。
――やれやれ。
「ゴン」
「ん?」
「実はオレさ、『緑のたぬき』派なんだ」
「お、食べておいて、きつね・たぬき戦争の宣戦布告かぁ?」
「だからさ、『赤いきつね』はお前だけで食べろよ。責任もって」
「……え?」
キョトンとした顔のゴンをよそに、「赤いきつね」を啜り続ける。
ようやく一人暮らしを満喫できるようになったかもしれないのに、オレもアホだよなぁ、等と思いながら。
――果たして、オレからゴンへのこの譲歩が本人にはどう伝わったのやら。
「赤いきつね」が残り一箱になった頃、宅配便で追加の十箱がオレの家に届いたのは、言うまでもないことかもしれない。
結局ゴンは、それからもオレの家に居座り続け、ゴンというあだ名の由来である「
(了)
ゴンの赤いきつね 澤田慎梧 @sumigoro
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