ふたりぼっちの逃避行

蒼風

0.邂逅

「ねえ、これの答え分かる?」


 忘れもしない。彼女から初めてかけられた声は、そんな何気ない一言だった。


 ……いや、正確に言えば大分おかしい。これが学習塾の自習室とか、学校の図書室で、同級生にかけた言葉ならそんなに変じゃない。自然な成り行きだ。


 けれど、彼女が助けを求めた俺は男で、年齢も遥に上で、場所もチェーンの喫茶店となれば話は別だ。


 そりゃ、俺だって高校くらいは出ている。問題の答えだって、もしかしたら分かるかもしれない。


 が、それとこれとは話は別である。女子高校生が、その辺のくたびれたおっさんとお兄さんの中間地点を生きる生命体に話しかけるなんてことは基本、しちゃいけないんだ。例外はパパ活。まあ、それも立派な大人からすれば「駄目なこと」だろうけど。


 俺がそんな益体の無いことを考えていると、彼女は、


「分かんない?」


 とさらに聞いてくる。俺は、


「や、えっと………ちょっと、見せてくれる、かな」


 と、実に途切れ途切れに言葉を紡いだ。


言ったそばから「これであっていたのだろうか」という不安が噴出してくる。なにせ、家族以外の人とまともに会話をするのも久しぶりなのだ。ぶっちゃけ、凄く緊張する。しかも相手は女子高校生だからな……


 取り合えず彼女の手元にあった問題集を覗き見る。そこには世界史の問題が載っていた。問題文はフランスの話だった。余り難しい問題ではなかったので、答えはすぐにわかった。


「これはあれだな。マリー・アントワネットだな」


 その言葉を聞いた彼女はびっくりして、


「えー!マリー・アントワネットって歴史上の人物だったの?」


 なんともアホっぽい発言をする。俺は呆れて、


「それはそうだけど……え、ちなみに、なんだと思ってたんだ?」


「や、なんか漫画とかその辺のキャラかなーって……」


「えぇー…………」


 アホだ。


 アホの子がいる。


 俺はため息をついて、


「マリー・アントワネットはちゃんと実在する歴史上の人物だ。その知識でよく世界史の勉強なんてしようと思ったな……」


 それを聞いた彼女はむっとなり、


「い、いいじゃない。ちょっと詳しいからっていい気にならないでよね!」


「いや、良い気にはなってないが……」


 と抗議をするが、彼女はそんなことには全く耳を貸さずに、


「あ。じゃあじゃあ。こっちも見てもらおうかな。じゃーん!英語!」


 と鞄から取り出した問題集を見せつける。それを見た俺は一言、


「英語は分からん」


「えー!!!!」


 うるさい。分からんもの分からんのだ。

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