1章 異界の国

 空高くそびえる塔の様な建造物に、光輝く魔導街灯にも見えるソレ。

 ユフィ・ダージリムには、とんでもない場所に来てしまったと思った。

「しかし、一体姫様はどこへ…」

 ユフィは周りの人から見られるのを不思議に思いながら呟く。

 王族の付き人として育てられ、身だしなみにも気を付けた黒い燕尾服姿はどうやらここでは目立っているらしい。

 周りを見渡すと、自分のような服装の男性やどんな素材で出来ているかも分からないテカテカと光る上着を着た若者、今にも折れてしまいそうなほど細い棒が付いた靴を履く女性などが皆せわしなく歩いている。

 ユフィ自身、ある人物を追って世界を越えここまでやってきた。

 それこそ、彼女が仕え彼女達領民の為に姿を消した雪の女王、メイル・フォン・アルマーニランドである。


■□□□■


「メイル様が…、ご存命ですと」

「あぁ、その可能性があるらしい」

 凍てつく大地に聳え立つ氷の居城。その王座の間にてユフィは現代の王、ザファル・フォン・アルマーニランドに呼びだされそう言われた。

「可能性とは言うよりも、啓示だな。妹が夢を見たらしい」

「夢…、でありますか」

 ザファルの妹、メイニャ・フォン・アルマーニランドは優れた神官として国でも有名である。そんな彼女がメイル・フォン・アルマーニランドが存命という夢を見たと言うのだ。

「しかし、姫様は…」

「そうだな、死んでいた方が都合がいい」

 そうザファルは冷徹に言う。しかし、続く言葉は慈愛に満ちていた。

「各国の者達はメエルの死によって我らの王国は認められた。あの優しき妹は自分の死を持ってこの凍てつく王国を復興したのだからな」

 メイル・フォン・アルマーニランドが起こした戦争。

 それは、不毛な凍てつく大地に住む領民を守るための戦争だった。

 作物すら育たぬ凍てつく吹雪に覆われた大地に覆われたアルマーニランド王国は、常に食糧問題に悩まされていた。それは小さな農村では口減らしの為に子供を心すら凍る川に捨てるほどだった。

 そんな領民に希望を与えるために、メイルは剣を握ったのだ。諸外国に狂王に見える様に愛した家族を幽閉して。

「しかし、メイルが死んではいない。それを確認してほしいのだ、ユフィ」

「はっ、かしこまりました。ザファル王」

 ユフィはそう言い、頭を下げる。そんな彼女にザファルは困ったように手を振る。

「暫定だ、王ではない。第一この国の王はメイル以外に務まらんよ」

 苦笑し、ザファルは顔を引き締める。

「では、ユフィ・ダージリム。妹を頼む」

「我が命に代えて。その命、お受けいたします」

 そうしてユフィは国の秘術である【異界転送】によってこの星、地球に降り立ったのだ。


■□□□■


「しかし、不思議な世界だな。ここは」

 ザファルにこの世界に来る際持たされた羅針盤が占めす方角へと歩きながらユフィは呟く。この羅針盤は探し物を指す羅針盤らしく、自分が求める物に導いてくれるらしい。

「あの金属の箱…。何で動いているのかしら」

 既に原理も分からない鉄の乗り物らしき物に何度も轢かれそうになりながらユフィは歩く。しかも、道行く人に姿を何度もジロジロとみられ、少し不愉快である。

 何より、日差しがまぶしい。

 アルマーニランド王国は吹雪と曇天の国のため、1年を通して日差しが降り注ぐ事は珍しい。

 しかし、この国は日差しがまるで祝福するかの様にユフィ達に姿を見せている。

「……少し、羨ましいな」

 思わずそう言う。彼女の仕えた女王は、これを国民に与えるため突き進んだはずなのに。

 思わず目頭が熱くなる。

「駄目だ。今は姫様を探さないと」

 そう自分に言い聞かせて、再び羅針盤の指す方へと向かおうとする。

 が、

「君、何をしているのかな?」

「……はい?」

 すぐに深い青色のような服を着た男にそう話しかけられた。よく見ると金色の勲章のようなものが服についているので、この男は衛兵か何かなのだろう。

「衛兵か。すまないが今は急いでいるんだ」

「何言ってるの?しかもその服、熱くないの?」

「何をっ⁉この服はメイル様に頂いた正装だ。いかにこの国の衛兵と言えど無礼だぞっ‼」

「いやだから、僕衛兵じゃないから。というかもしかして日本語が通じないのかな……」

 そう男は失礼な事を言うと四角く黒い箱に何か話し始める。どうやらユフィが言葉が分からないと思っているらしい。

「言葉は分かるとも、衛兵よ。この指輪があるからな」

 そう言ってユフィは人差し指に填めた指輪を見せる。まるで氷の彫刻をそのまま埋め込んだような宝石が鈍く光る。

「この指輪はな、ザファル様より賜った国宝なのだ。これで貴様の言葉は分かっているし、私の言葉も分かるだろう」

 ユフィは誇らしそうにそう言う。しかし、男はため息をつくと彼女の腕を掴む。

「とりあえず、話は署で聞こうか」

「ちょっ⁉放せ!不敬だぞっ⁉]

ユフィは抵抗しようともがくが、そのまま男にズルズルと連れていかれてしまった。


■□□□■


「もう来ないでね」

 数時間後、ユフィはようやく解放された。しかし、彼女を見送る男の眼はどこか虚ろそうだ。

「ふむ、この服は目立つのか。……しかし彼は衛兵ではないのか」

 警察署に連れていかれたユフィは、彼女に話を聞こうとする警官にある魔術を掛けた。

 それはザファル王子から授かった魔術の一つ、【幻影ファントム

 対象の脳から自身の知りたい事を引き出す禁忌の術式である。

 それでユフィはこの世界の事についてある程度知ると、まるで聞き分けの良い外国人の様に振る舞い警察署を後にしたのだ。

「しかし、羅針盤は未だ示したままか。姫様は一体どこに」

 流石に疲れたと、ユフィは公園らしき場所の椅子に座りこむ。

 日差しのあまり届かない公園なのか、木に囲まれたその公園には人が少ない。そこで、ユフィはもう一度羅針盤を手に取り見る。すると、羅針盤は狂ったように針をグルグルと回っていた。

「これは……、一体」

 今まで見たこともない動きをする羅針盤を見て思わず呟く。

 すると、

「……ユフィ?」

 懐かしい、声が聞こえた気がした。

「姫様っ⁉」

 ユフィは慌てて声が聞こえる方へと振り向くと、そこにはある少女が立っていた。

 元は綺麗な金髪であっただろう髪は、今では少し痛んでいた。

 美しい衣装は、質素なシャツにジーパンに変わっていた。

 しかし、そこにはユフィの仕えた女王がそこにいた。

「やっぱりユフィだ……。久しぶりね」

 そう少女、メイル・フォン・アルマーニランドはユフィの前へと歩いてくる。そんな姿を見てユフィは気づかぬうちに平伏し、涙する。

「……生きていると、信じておりました。姫様」

 顔を上げる。主人は困惑した顔でユフィを見る。

 もはや涙でグチャグチャになった顔を、ユフィはメイルに見せ言う。

「もう一度、貴方に仕えてもよろしいでしょうか?メイル・フォン・アルマーニランド様」

 そんな彼女に、メイルは若干引きながらこう答えた。

「……いやちょっと無理」

「………………はい?」

流石凍てつく王国の女王と言うべきか、空気を凍らせるのは今でも得意らしい。。

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冬の少女に星空を 狂い咲く桜嬢 @sakura0721

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