美味しいご飯と君

立花 ツカサ

毎日の楽しみ 

 もう、目覚ましがなくて六時に起きられる体になってしまった。

 これがルーティーンというものなのか。


 ドスドスドス・・・

「ふぁ〜・・・」

 兄ちゃんが階段を降りていく音が聞こえる。

 ちょっと今日は遅いな。

 もしや・・・


 超遮光カーテンを開けると、若葉を通して強い太陽の光が差し込んできた。

「まぶしっ」

 制服に着替え、布団を直し、昨日の授業の振り返りと今日の予定を立てる。

 六時四十分になったら一階に降りて兄ちゃんの作った朝食を食べる。

 トントントン

「おはようございます。」

「おはよー」

 マッシュの髪はどうやったらそんなふうになるのか分からないぐらいに、変な方向に跳ね、中学のジャージにデニム地のエプロンという少々変な格好の兄から、やる気のない挨拶が返ってきた。

 食卓に並んでいる今日の朝食は、思った通りの「チーズホットサンド」と、かなり野菜の大きいサラダ(レタスの葉をそのままドンっっておいたやつ)とヨーグルトだった。

 

 このチーズホットサンドは、普通の食パンにチーズと焼いたベーコンを挟んで、フライパンでぎゅうぎゅうに押しつぶしながら焼いたものだ。

 ちなみに、うちのヨーグルトは兄ちゃんが毎日毎日継ぎ足して作っている「自家製ヨーグルト」だ。私はめんどくさがり屋なのでそんなことはできない。   


 起きた時の読みが当たった。


 兄ちゃんが遅く起きてこのホットサンドを作った時は、昨日なんかあった日だ。

 前々回は、告って振られて、前回は友達だった人にバカにされて、多分今日は、昨日返ってきたテストの点が非常に悪く、私がテストの点数で勝ったことを自慢したからだと思う。(かなりご乱心の様子だが、知らないふりをする。)

「いただきます。」

「いただきまーす」

 毎日朝ごはんは二人で食べる。だいたい話題は朝ご飯のこととか、私の学校生活のことだ。


ホットサンドに、がぶりとかぶりつく・・・と、いきなり舌に刺激が


「ぎゃっ・・・あの、ホットサンドがすっぱいのですが・・・」

 兄ちゃんに向かって言うと


「あっそ」

 と、こちらも見ずに言われた。昨日の仕返しということだろう。


「梅干し入れたでしょ」


「へー」


「兄ちゃん、今日の晩ご飯何がいい?」


「コロッケ」


「却下」


「じゃあ、肉じゃが」


「採用」

 兄ちゃんはずっとご飯を食べながらかなり曖昧な返事をする。

 話をちゃんと聞いているのかよく分からないが、利益がある話には多少反応する。

 やっぱり、ご乱心だった。

 まあ、仕返しはしない。

 食器を洗い、歯磨きをして、身支度を整える。

 この身支度がかなり面倒で、セミロングの髪を二つ結びにし前髪を整えるのに毎日手間取っている。なので、兄ちゃんに

「お前早く退け、俺も髪整えなきゃいけねーんだよ。」

 と後ろから大声で言われる。

「うるさい。あとちょっとだから。」

「だいたいなぁ、そんな自分で苦手だってわかってる結び方を毎日やるのがおかしいんだよ。」

「学校に一つ結びで行ったら、他の女子がうるさいから無理。」

「知ったこっちゃねーよ」


 兄ちゃんも髪を整えるとまあまあイケてる高校生になる。


 私だって目立たない学生になれている。

 その分、髪はサラサラにできるように努力して、いい匂いになるようにシャンプーも色々試して今のものになった。


家を出る時刻になり部屋から降りてくると

「行ってらっしゃい。」

 と兄ちゃんがラーメン屋の兄ちゃんのような言い方で言ってくれる。だから私も自然と明るく

「行ってきます。」

 と言える。


 兄ちゃんは、朝のこの時だけ自分から喋ってくれる。


 理由はわかる。


 私が、学校でうまくやれていないことを知っているからだ。


 応援というか気合いを送るみたいな、そんな感じで毎朝笑顔で言ってくれる。

『こういうふうにいっつもしときゃモテるんだろうけどなー』と心の中で言う。(怖いから本人に冗談でも言えない)


 学校へ向かう電車の中、スマホでスケジュールを確認する。

『今日はお母さんはいつも通り9時帰り

 兄ちゃんは7時半帰りぐらい

 私は6時帰りだ

 そして、今日の晩御飯はご飯・肉じゃが・小松菜の和物・(冷蔵庫の作り置き)となる・・・』

 その他、買い物リストや、お金の計算をなんとなく頭の中でし、「学校へ行く」という少し苦痛な時間を楽しい時間に変えている。



 今日は、雨に意地悪してやりたい気分になった。

 よし、雨のホットサンドに梅干し入れてやろ。

「我ながらいい案だな。」


 昨日の鬱憤を晴らすかのように、パンを押しつぶすことでホットサンドは美味しくなる。素晴らしい料理だと思う。考えた人に感謝するが、その人が考えなくても、世界の何人かは勝手に作っていただろう。


 出来上がったホットサンドに外観の違いは全くない。

「いただきまーす」

 ジロジロ見ないようにしながらも、雨の様子を伺っていると、案の定すごい声を出してこちらを向いてきた。


『あ〜笑いたい。

 大爆笑してやりたい。

 でも、ポーカーフェイス、ポーカーフェイス・・・』


「兄ちゃん、今日の晩御飯何がいい?」

『切り替え早すぎ

 やばい俺の妹天才すぎる。』


『あー今日コロッケ食べたくなってきた。』

「コロッケ」


「却下」


『ゴールデンタイムのバラエティ番組のMC並みに早い。(やばい、笑ってしまう)』


「じゃあ、(彼女に作って欲しい料理ランキング一位の)肉じゃが」


「採用」


『いや、待てよ。俺の情報って古くないか?今の順位って・・・後で調べよ。』


 雨は、料理以外のところでは、かなりの不器用人間なので髪を結ぶことが下手くそすぎる。なのでかなり長い時間、洗面台の前を占領している。

『こっちだって、学校では「清楚・真面目・かっこいい」というキャラで過ごしているんだ。この鳥の巣状態の髪で学校行けるか。』


「お前早く退け、俺も髪整えなきゃいけねーんだよ。」


「うるさい。あとちょっとだから。」


『うるさいだとー!

 その無駄なおめぇの手の動きのほうがうるせぇわ』


「女子がうるさいから無理」と言われて「んなもん気にしてる場合か。」とは言えない。(ほんとは言ってやりたい)


 精一杯人の目を気にして、傷つかないように、エネルギー消費を最小限に、と考えている雨にそんなこと言えない。言ったら、あいつのエネルギーが著しく消費される。

 この一年半、何度もあいつの死にかけ寸前のような、この世の終わりのような顔を見たり、体調を何度も崩しているところを見たりして、言葉を簡単に投げられなくなった。大体が定型文になりつつある気がする。

 そして、最終的に少しでも元気になるだろうと考えて、一年前からやっているのがこれ

「いってらっしゃい」

 ラーメン屋のにいちゃんと同じかそれ以上の元気さで言うこの「いってらっしゃい」雨が毎日笑顔で家を出てくれるようになった気がする。


 朝から美味しい(意地悪をする日は別)ご飯を食べて、明るく家を出られれば、大体は1日どうにかなる。

 そして、帰ってきたらまた美味しい晩ご飯を食べて、寝て、エネルギーをチャージする。


 毎日の楽しみの中心は「ごはん」である。












 









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美味しいご飯と君 立花 ツカサ @tatibana_tukasa

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