働くJKに愛の手を。蓋を開けた瞬間に満ち足りるあの香りと湯気

さかき原枝都は(さかきはらえつは)

実と豊と温かさ。働くJKに愛の手を。蓋を開けた瞬間に満ち足りるあの香りと湯気

「やだぁ、それで、どうすんのよクリスマス」

「あのね、彼と二人で過ごす予定なんだぁ――」

「嘘、マジ、ホント! ……、―――――」


作業している私のすぐ横を二人の女子高生がきゃぴきゃぴ話をしながら、通り過ぎる。


くるりとカールを巻いた髪。

ふわっと、いい香りがする。あったかそうなマフラーを巻いて、かわいらしさをこれでもかと言う感じに醸し出していた。


私? 私は会社が支給してくれた作業着に冬場限定のジャケット。両手には黒くすすけてきた軍手。

可愛い? どこにそんな言葉が私にまとうものか。


冬、12月の工事現場。


寒さが日増しに強くなり、外での作業は辛さを追う一方だ。

時給がめちゃ高い! だからこのバイトをしている。


あの二人の会話から『クリスマス』と言う言葉が聞こえていた。

クリスマス。そうだよ。頑張ってケーキくらい弟と妹に食べさせてあげたい。

サンタさんからのプレゼント――――できれば、今年こそはからの靴下を見て、朝に悲しませたくはない。


母子家庭の環境。


この環境は思いのほか。いや相当うちは厳しい状態に置かれている。

母親は毎日、休みなくパートを掛け持ち、働いている。


苦しい家庭状況。

苦しいをとうに通り越している状況下でも、何とか歯を食いしばって頑張っている。


高校生である私は一度高校を辞めようとしたが、母がそれを認めなかった。

「高校だけは何が何でも卒業させてあげる……。ううんしなさい!」と。


相当母も無理をしているのは承知の上だ。だからこそ、高校を辞めて、フルで働けばいくらかでも、生活に余裕が出るのではないかとそう願っていたのに。

そう、もう私の高校の費用も大きく家計に響いていることくらい分かっていたからだ。


だからこそ、少しでもバイトをして、家計の足しに弟と妹に人並みに近い生活をさせてあげたい。


ちいさな心に温かい夢を持たせてあげたい。


真冬の工事現場。


寒い! 作業着の上には支給されたジャケットと手袋。

力仕事だ。体を動かせば次第に温かくなるはず! しかし、動いても手の先、履く長くつの足の指先からじんじんと冷たさが伝わってくる。


その感覚が体全体をマヒさせたように、額に汗は出るが、体は芯まで冷え切っている。

12月の冬空、今にでも雪が降ってきそうな雲の色が、上を見上げると広がっていた。

薄暗くなりつつあるその空を見ながら、朝から何も食べていないことを思い出してしまった。


朝からペットボトルに詰めた水だけ。

学校が終わりそのまま現場での作業。


そんな私を……。いや俺を現場を指揮するリーダが罵声を飛ばす。

「ボケっとすったてんでじゃねぇ! 体動かせ!」

すぐにその声が俺に向けられたものだということが分かった。


女だと採用されない。……だから、今は男だ。


作業はそれほど難しいものではない。ただ少し力が必要になる。高時給、学校が終わってからの短時間だけれど。高校生のバイトとしては、この収入は大きい。

面接の時「高校生は雇わねぇんだけど生活のためっていうんだったら、特別だ」と言って採用してもらった。下請けの下請けの下請けの会社のバイト。


べつにそれがどうしたという訳でもないが、とにかく金になればそれでいい。

「よいしょっと」思わず声が出てしまう。重い荷袋を持った時一瞬目の前がくらっとしてゆがんだ。


その時よろめいた体をがっしりと支えてくれた人がいた。

「大丈夫か?」

その体はとてもがっしりとしていた。


「す、すみません。大丈夫です」

「ああ、きをつけな。でもずいぶんときゃしゃな体でこの仕事してるんだな。もっと楽なバイトあったろうに。こんなきついバイトなんかして、似合わねぇな」


そんなこと言われても知ったこっちゃない。

こっちにはこっちの事情っていうもんがあるんだ。

あと少し、もう少しで終わりの時間だ。

何とかふらつきなっがらもまた荷袋を手にする。


その横で彼が何かを言っていたが、もう耳にも入らない。

「なぁ、聞いてるのか俺の話?」

「ああ」と生返事を返した。


「じゃ、今度はちゃんとしたとこ探すんだな」

「はぁ、何だそれって、まるで今日で首になるようなこと言って」


「だからよぉ、俺の話聞いていねぇじゃねぇか。今日で終わりなんだよ、この現場。で、俺たちは今日でこのバイトも終わりなんだよ」

「へっ! マジっすか!!」

「ああ、こういう現場じゃよくあることさ、俺も今まで何度かあったけどな」

「はぁ――」一気に力が抜けてきた。


就業時間後、彼が言う通り現場リーダーから、今日で仕事が終わったことを告げられた。

単発の臨時バイトだけに切られるのもすぐだ。


「はぁ――――、これからどうしよう」

「ま、そう悲観に考えんなよ。ようやくこのきついバイトから解放されたんだ。働いた分はすぐに振り込まれるから、まぁ助かるちゃそうだから俺はいいんだけどな」


「そうなんですか?」


すぐに振り込まれるということを聞いて、少し気持ちが落ち着いた。

クリスマスにはあいつらにケーキくらい買ってやれそうだからだ。

それでも仕事が途切れたことへの落胆は大きい。


そんな私に彼が帰りがけ声をかけてきた。


「なぁ、帰りよかったらちょっと俺に付き合わねぇか」

「えっ、なんで?」

も、もしかして女っていうのばれてナンパされている?


「いやぁなんだ、今日が最後だろ。ほれ、男同士なんだ、ちぃとばかし空しいけどよ。お疲れさん会でもやんねぇか……と。な」


「お疲れさん会?」

「ああ。お疲れさん会。だってよぅ、わけ―の俺らくれぇしかいねぇじゃん。あとはなんかうさんくせぇ―、おやじばっかだし。なぁいいだろ」


「でも俺、金ないっすよ」

よかった。女だっていうのばれていないみたいだった。


「まぁ大したもんじゃねぇけど、なんか食おうぜ。俺がおごちゃるよ。お兄さんに任せなさい!!」

と彼は、自分の胸をどんとたたいた。そして二人が今いるところは、とある公園のベンチ。


なんで、この寒い日に公園のベンチなんだ! た、確かに「お兄さんに任せなさいと」と言って任せたのはいいんだけど。


「おう、待たせたな」


コンビニの小さな買い物袋にカップ麺を入れ両手に持ち、ゆっくりと歩きながら、こっちにやってきた。

そっと手渡されたその袋の中には、お湯が注がれている見慣れたカップめんが入っていた。


『赤いきつね』


「さっきお湯入れてきたばかりだから、5分なんだよな。この赤いきつねって」

そう言いながら、その温かみに手の平を添えている。


定番の「赤いきつね」5分待って、ふたを開けるとデーンとカップの中で俺がいるんだぜ! と、主張するお揚げの存在。

このカップからはホクホクと湯気が湧き出ている。


そして洟に抜けるおだしの香り。

もう、この香りだけで、身に染みる。


「あちっ!」

汁をすすろうとして、舌をやけどした。思いのほか熱かった。


ふぅ―、ふぅ―。と息を吹きかけ、今度は慎重に。

あああああ、一口口にした汁の味。冷え切った。凍えた体に――――し、しみるぅぅ。


美味しい。


「赤いきつね」と「緑のたぬき」このカップ麺は私が物心ついたころにはすでにあった。


それに今でも、……夕食。主役をうちでは飾っている品の一つだ。

もちろん、家で食べる「赤いきつね」も美味しい。でも、今ここで彼に授けられた「赤いきつね」はいつもとは違い格別に美味しく感じた。

どうしてなんだろう。いつものと変わりないのに。


大きなお揚げに、可愛いかまぼこ。黄色くふわっとしたたまご。

そして、この汁のうまさ。定番の落ち着きがある。


しかし、今私が手に持つものはまるでいつもの「赤いきつね」じゃない。

本当に体にしみこむような感じがする。


とても温かい。


大きなお揚げをあむっと口にすると、じわっと甘じょっぱい味が口の中に広がる。

「ああ、ホント温まるなぁ――。俺さ、この赤いきつね派なんだ。この揚げがさ、すげぇー好きなんだよ。こうして口にすると汁とは違った甘さがなんとも言えないんだよな」


「そう、そう、それ、私もそうなの」


「ん? 私も……そうなの?」


「あっ!」


彼は私がかぶっていたキャップを、ひょいと頭から脱がせた。


「やっぱり」


彼は一言そう言って「ま、いいか」


「ごめんなさい。だましていて」

「べ、別にいいんだけど……」

ちょっと恥ずかしそうに彼はそう言った。




みのりと書いてゆたかと読む。


実を結び、豊かな温かさを私につないでくれたのは……。


この、―――――赤いきつね。だったのかなぁ――。



久しぶりに笑顔がこぼれているのに気が付く……私だった。

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働くJKに愛の手を。蓋を開けた瞬間に満ち足りるあの香りと湯気 さかき原枝都は(さかきはらえつは) @etukonyan

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