第二章 HR

あの本を買ってから数週間後。僕は水産高校へ入学した。少し小さめの体育館で約十五分間。校長による無意味で無価値な業務連絡のような入学祝いの言葉を聞かされていた入学式が終わり、今は新しい教室の窓側最後尾の席の一個前の席に着いている。窓からは春の暖かい日差しがさして心地良い。

入学式が終わり、二時間目のチャイムが鳴る。そして、これから一年間担任となる教師が来て、高校生活初のHRが始まる。

「それじゃぁ、まず自己紹介をして下さい。」

教師が言った。自己紹介。学校生活の中で嫌いな事ランキング上位に入るイベントだ。

他の中学から来た生徒達が次々に自己紹介をしていく。みんな、運動が得意だの勉強が得意だのと自分の才能を最大限アピールし、クラスでのポジション主張をしていく。そしてとうとう、僕の番が来た。

「はい、次の人ぉ」

「...はい。城山東中学校から来ました。壱原奏です。よろしくお願いします。」

僕は、必要最低限の事しか話さなかった。いや、話せなかったのだ。他の人のように、自分のここが良いなどといった所、才能が無いから。周りの人たちは紹介が終わったはずの僕をまだ見ている。怖い。あの視線が。何か距離を生んでいくようなあの視線が。怖い、怖い、、

「阪村優希です。よろしくお願いします」

いきなり声がした。あぁ、そういえば、後ろに1人、女の子が居たんだっけ。自己紹介は僕より短く、僕と同じく才能なんて述べなかった。周りの人たちが彼女を見る。あぁ、違う。さっきまで僕を見ていた時とは違う視線だ。何か、興味を持っているような。もっと深く知ろうとしているような視線だ。僕も周りに合わせ、彼女を見た。そしてすぐに理解した。彼女は違う。黒く艶やかな長い髪。少しキツめの、しかし何か力強さを感じる目。整った鼻と口。触ってしまえば折れてしまうのでは無いかと思うほど繊細で華奢な、でも出るとこは出ている体。大和撫子なんて言葉がしっくりくるだろうか。本当に美しい人が、後ろに立っていた。あぁ、これは、言葉にしなくても伝わる。人を魅了する才能だ。だから、僕の時とは違う視線が向いたのか。きっと彼女は、あの一言で、もうこのクラスのカーストトップに立ったであろう。

「はい、じゃあ・・・」

教師が話し始める。皆が視線を前に戻していく。その途中、彼女の前の席の僕をついでに見て、またあの視線を送ってきた奴も居た。

「....最悪だ。」

僕の高校生活が、幕を開けた。

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