第一章 出会い

特に何の思い出もない中学校を卒業してから1週間たった春休み。僕は近所の晴屋書店へ向かっていた。これと言って欲しい本は無いのだが、あの本屋のなんとも言えない香りを味わいたくて、自転車を漕いでいる。

書店は国道沿いにあり、近くには数週間後に通うことになる水産高校があって、よく書店の外にあるアイスの自販機の前にたむろっている水産校生たちを見かけることがある。

因みに、どうして水産高校に通うことにしたかについては、理由などない。家から近く、近所の他の学校よりも偏差値が低く、受かりやすかったから。ただそれだけだ。

晴屋に着いた僕は、自転車をやや斜めに停め店に入る。あぁ、この匂い。落ち着く。

目的を達成した僕は、書店の匂いを堪能しつつ売り上げ上位の本が陳列された棚に向かった。そこには、自分の妹に溺愛する兄について描かれたラノベや、零戦をテーマにした戦争物、そして「岬」などの名作達が陳列されていた。それらの表紙を一通りさっと見て、適当に一冊手に取った。

「・・・才能?」

手に取った一冊。ではなく、その一冊の下に置いてあった本に僕は目を向けた。表紙には、「あなたの才能はなんですか?」などと書かれている。僕は頭の中で考える。

才能。才能ってなんだ?僕の才能、そんなものあるのか?

自分の事を見つめ直しても、才能と呼べるものなど持ち合わせていなかった。顔もスタイルも性格も信頼も環境も。全てが平均で平凡で無個性で無色な僕には。

「なんだよ、才能って.......」

僕はそう呟いて、その本をレジへ運んだ。


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