離草①

近森 烏合

第1話

私が20年前に貴方にあげた花、覚えてらっしゃいますか?あれ、実は"大麻草"でしたの。



夏の終わりを具現化したような少し涼しい風が吹く昭和の街並み。日光に晒されつづけ、黄ばんだマスコットキャラクターが満期退職を迎えてもなお薬局の前で立ち続けている。そんな過労死寸前のカエルのプラスチックの像の横を通り過ぎ、帰路についていた。私の家の前に美人がたっていた。どうやら美人局だろう。大学では孤高を極めた私は女の影などありはしない。その長い黒髪のシワひとつない少し幼く、クリッとした目、そしてその下にある特徴的な涙ぼくろ。薄く塗られた口紅が動く。

「こんにちは!」快活に。

「あ、あぁ、こん、にちは。」最後に話した女という性別を冠する者と喋ったのは向かいのタバコ屋、つまり2日前の私にとって、こんな娘は荷が重すぎる。

そしてまた彼女が喋る。「ねぇ貴方」

今、なんと?随分と馴れ馴れしく呼ぶじゃないか。流石の私も驚いた。カラーテレビと言うものを知った時以来の衝撃だ。それとも、一般的な女性は内縁の者以外にも貴方なんて言うのだろうか?「なん、ど、どうしたの、どうしたんですか?」笑い声。「貴方、ほら、目を覚まして。」なんだ?それはこちらが言いたい。目を覚ませ?私達は起きているだろう?「君は何を言っているんだ?」少し彼女の眉が寄る。「あら、また"アレ"かしら。」アレ?なんの事だ?「まぁいいですよね。私の名前は小野 ふじこ。フジって呼んでください。いいでしょう?富士山みたいで。」「あ、あぁ、わかった。君は僕を知ってるのか?」「いやねぇ、もちろん知ってるわよ」「じゃあ僕の事を言ってみてよ。」「よござんす。帝国大学に通う、女性に対して奥手な大学生。そして私の旦那さん。」支離滅裂だ。何だこの女は。この気持ちの1割が、一言漏れ出てしまった。「君は変な人だね。」「わしゃかなわんよ、でしょ?そこは。」今の流行り言葉だ。「ははは、本当にねぇ。」何か言いたげな顔をしてる。少し緊張がほぐれた。私は元来初見の人間には上がってしまうが、顔見知りになれば気さくには話しかけられるのだ。「どうしたんだ?何か言いたそうだが。えっと、フ、フジ?」


「落ち着いて聞いてね。私はね、あなたを救いに来たの。」


「……君はどこまで知ってるんだ?」首の後ろがジンワリと痛んだ。

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離草① 近森 烏合 @hatahai

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