音楽堂の贈りもの 💒

上月くるを

音楽堂の贈りもの 💒




 夕暮れのまちには、たくさんの色と音と匂いがあふれています。


 高級ブティックには流行の最先端をゆくファッションが並び、軽快な音楽が流れ、居酒屋の看板には、赤やオレンジや青や緑の光がめまぐるしく駆けまわっています。


 店先に豪華なデコレーションケーキを山積みにした老舗の洋菓子店の前で幼い妹が立ち止まりそうになったので、ツヨシはつないだ手にグッと力を入れました。👦👧


 すれちがう大人たちはみな、暖かそうなコートの襟を立てたり、頭からすっぽりとダウンコートのフードをかぶったりして、そそくさと足早に通り過ぎて行きます。 


 鉛色の空から、チラチラと白いものが舞って来ました。

 

      ****

 

 四つ辻のファミリーレストランで、かあさんは忙しそうに立ち働いていました。🍴


 お客さんの注文を訊いてまわったり、ビールのジョッキや枝豆、フライドチキンの大皿を運んだり、野放図に食べ散らかしたテーブルを片付けたり、床に落ちたものを拾ったり、歩いたり走ったり注文をリピートしたり……息をつくひまもありません。


 おやおや、今度はどうしたのでしょう。

 真っ赤な顔のおじさんが怒っています。

 かあさんがしきりにあやまっています。

 奥から店長さんも飛び出して来ました。

 

 ツヨシはくるりときびすを返しました。


 ――にいちゃん、どうしたの?


 訊ねる妹のフウカの手を強く引っ張りながら、ツヨシはずんずん歩いて行きます。

 陽気なクリスマスソングが、ふたつの小さな背中を、しつこく追いかけて来ます。


 表通りをぬけると、静かな住宅街に入りました。

 兄妹の家は、突き当りの団地の3階にあります。


 どの窓にもあたたかそうな灯がともっています。

 兄妹の家にもあんな灯がともっていた頃が……。

 

      ****

 

 団地の階段をのぼりながら、ツヨシはうしろの公園を振り返ってみました。

 粉雪のすだれの向こうに、見慣れた音楽堂が三角の大屋根を広げています。


 クリスマスイブだというのに、今夜はコンサートが開かれないのでしょうか。

 音楽堂は飛べない鳥みたいな黒いかげを暗闇にうずくまらせているばかり……。

 

 ――おいてけぼりか……。

   ぼくたちと一緒だね。

 

 ツヨシは心のなかでつぶやきました。


 ――にいちゃん、おなかすいたよ。


 フウカの声にわれにかえったツヨシは、冷えきった妹の手を引き寄せました。


 ――かあさんが美味しいカレーライスを作ってくれてあるよ。


「かあさんのところへ行くの」と言って、さっきまであれほどむずかっていた妹が、6歳ちがいの兄を信頼しきった目で見上げ、こくんと素直にうなずいて見せます。


 鼻の奥がつ~んと熱くなって来たので、ツヨシはあわてて上を向きました。


      ****


 ――そうだ、今夜はクリスマスイブだから、とくべつにアレも食べようか。


 伸びあがって保存食コーナーから取り出したのは『赤いきつね & 緑のたぬき』。


 ――わ~い! クリスマスカラーだね。🔴🟢

   うちにもサンタさん来てくれるかな?🎅


 フウカは大よろこびで、「にいちゃん、どっちがいい?」幼いながら精いっぱいの真心をこめてたずねるので、ツヨシは「じゃあ、半分こずつにしようか」と言って、テーブルに向き合った兄妹は、仲よくカレーとふたつのカップ麺を分け合いました。

 

 ――わ、あつあつだね。🍛🍛

   ふうふうしようね。🍜🍜

   うん、美味しいね。🎄🎅

 

 さびしかった兄妹のクリスマスイブは、おかげでポッカポカにあたたまりました。

 

      ****

 

 いつものようにツヨシに手伝ってもらって、歯をみがき終えたフウカは、ひとりでパジャマに着替え、「おやすみなさい」と2段ベッドの下の階にもぐりこみました。


 一方、ツヨシは教科書を広げてみましたが、何だか今夜は気乗りがしません。

 とそのとき、大きな三角形のイルミネーションが夜空に浮かび上がりました。

 

 ――🎵 もろびと こぞりて むかえまつれ……

 

 音楽堂の名物のパイプオルガンに合わせて、おごそかな讃美歌も聞こえて来ます。

 夜空から真っ白な雪の妖精が舞い降りて来て、ティンカーベルがひびき渡ります。


 ピンク、ブルー、イエロー、レッド……色とりどりのイルミネーションにチカチカ照らされた雪の妖精たちが「さあ、一緒にいらっしゃい」白い手を差し出しました。


 いつの間に起き出したのか、妹のフウカも、兄のツヨシのとなりに立っています。


 ふんわり真っ白なドレスを広げた雪の妖精たちに案内され、手をつないだ兄妹は、くるくる楽しくまわりながら、音楽堂の上の空の、はるか高みへと上って行きます。

 

      ****

 

 夜半、兄妹の母が団地にもどって来ました。

 玄関で雪をはらい、静かに部屋へ入ります。


 冷えた指先で、眠っているツヨシとフウカの頬にそっとふれました。

 兄妹の枕もとには、サンタクロースからのプレゼントがふたつ……。

 

 ――メリークリスマス!🎄🎅🎂 

   わたしの愛しい子どもたち。

 

 窓の外は真っ暗やみ。

 灯ひとつ見えません。


 いつの間に本降りになったのか、大粒の雪が団地の窓を掠めています。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

音楽堂の贈りもの 💒 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ