第3話 白雪姫と待ち人



 旅人がくれた小人たちは、とても働き者でした。

 赤とオレンジと黄色の小人は、家の手入れをしてくれました。

 緑と水色と青の小人は、りんごの木の手入れをしてくれました。

 紫の小人は白雪姫の相手をしてくれました。

 そうして、何日か、何十日かが過ぎました。



 ことさら雪の深い日でした。

 白雪姫が、紫の小人に、かすかにつもる雪を払ってもらっているところに、旅人が訪れました。

 このあいだとちがって、男の人です。

 白雪姫の顔が、ぱあっと明るくなりました。

 男の人の顔は、白雪姫がずっと待っていた顔だったのです。


「お帰りなさいませ、ご主人さま」


 白雪姫の笑顔に、旅人はぎこちなく笑いかえしました。

 そして、おずおずと言いました。


「待たせてごめんね。えっと、白雪姫」


 白雪姫は首を振りました。


「とんでもありません。さあ、家に入りましょう。この短剣を抜いてください」


 ですが、旅人はためらいました。

 白雪姫は、もう一度、優しく言ました。


「この短剣を抜いてくださいませ」


「でも、いいのかい」


「もう、いいのです」


 重ねて言われて、ようやく、旅人は短剣を引き抜きました。


 ガチン。


 歯車のぶつかる音がしました。


 カチコチ、がチコチ。


 白雪姫の肌が閉じました。


 キリキリ、キリぎリ。


 白雪姫が立ち上がりました。


「さあ、家に入りましょう」


 白雪姫と旅人は家に入って、旅人はいすに座りました。


「すこし、お待ちくださいませ」


 そう言って、白雪姫は外へと出ていきました。

 白雪姫はすぐに戻ってきて、その手には、りんごがひとつ乗っていました。


「すこし、お待ちくださいませ」


 もう一度言って、白雪姫は台所へ向かいます。


 キリぎリ、ぎリぎリ。


 白雪姫の手足が、かすかにふるえています。


 カチごチ、がチごチ。


 白雪姫から聞こえる音が、大きくなっています。


 ぎリぎリ、ぎシぎシ。


 ぎしりっ。


 りんごをむいているとちゅうで、白雪姫の左手が動かなくなりました。

 白雪姫は困った顔になって、そのまま、何とかひとかけらだけ切り取って、お皿にのせました。

 白雪姫はほっとして、フォークを添えて、戻ります。


 ぎしぎし、ぎしぎし。


 足が、うまくうごきません。

 旅人が立ち上がります。


「白雪姫」


 白雪姫は首を振ります。


「そのまま、お待ちください」


 柔らかい笑顔で、でも、はっきり言われて、旅人はいすに座りました。


 ぎしぎし、ぎしっ、ぎししっ。


 いっぽ、いっぽ、白雪姫は歩きます。


 がちごち、がっち、ごちっ。


 白雪姫の音が、いびつになっていきます。


 テーブルまでたどりついた白雪姫が、お皿を旅人の前に置きました。


「どうぞ、お召し上がりください」


 白雪姫に笑顔で言われて、旅人は、そのりんごを食べました。


「うん、おいしい」


 白雪姫は、とても幸せそうにほほえみました。

 そして、お皿を下げようとして。


 がちん、がききっ、ばきん。


 大きな音といっしょに、白雪姫がガタタッとふるえました。

 そして、そのままたおれてしまいました。

 旅人が、あわてて白雪姫を抱き起こしました。

 白雪姫は、自分のからだを見て、はにかんで言いました。


「もう、うごけないようです」


 そう言うあいだにも、白雪姫の体からは大きな音がしています。


 がりがり、ばきっ、がちっ。


 ばきん、がちちっ、ごきん。


 旅人はとても悲しそうに話し始めました。


「白雪姫、ごめんよ。実は、ぼくは、きみの主人では」


 そこまで言ったところで、旅人の口を、白雪姫の指がそっとふさぎました。


「はい。存じています」


 知っていたのかいと尋ねられて、白雪姫は小さくうなずきました。

 そして、幸せそうに、言いました。


「もう、いいのです」


 それから、旅人のほほに、手を添えました。

 とても幸せそうに。


「ありがとうござ」


 ばきん。


 それっきり、白雪姫はうごかなくなりました。


 旅人は、うごかなくなった白雪姫を、りんごの木の下に埋めてあげました。

 旅人のお父さんのお墓に。

 ようやく、ご主人さまといっしょになれた白雪姫は、ながい眠りにつきました。

 安らかに、安らかに。



 おやすみなさい。

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機械仕掛けの小夜曲(セレナーデ) 橘 永佳 @yohjp88

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