第2話 白雪姫と旅人
それからしばらく経ったある日、旅人が訪れました。
旅人は、白雪姫にどことなく似た女の人で、驚いた顔で、白雪姫を見つめています。
長いまっすぐな黒髪がうつくしい、涼しげな女の人です。
「あの」
白雪姫に声をかけられて、思い出したように、旅人は近寄ってきて、自分は魔法使いだと言いました。
旅人が尋ねました。
「おまえ、からくり人形かい」
白雪姫がうなずいて名前を言うと、旅人は苦笑しました。白雪姫がすこし首をかたむけると、なんでもないよと首を振りました。
「なにかご用でしょうか」
「いや、罪人を追っている途中でね。ところで、これはいったい、どうしたんだい」
白雪姫を上から下まで見ながら、旅人が尋ねたので、白雪姫はいきさつを話しました。
そして、白雪姫は続けました。
「この短剣を抜いてくださいませんでしょうか」
旅人は、白雪姫の中をのぞきこみました。
そのまましばらく考え込んでから、言いました。
「抜けば、おまえはこわれるよ。いいのかい」
白雪姫の中は、ずいぶんと長くうごいていたせいで、あちこちが、ほとんどゆるんでいました。短剣を抜けば、歯車がかみあわなくて、ぶつかって、大切な部品がくずれてしまうのです。
白雪姫は、ため息をつきました。
「それは、困ります」
「どうして」
「私は待っていたいのです」
「誰を」
「ご主人さまを」
旅人が白雪姫を見つめます。
「なぜ」
白雪姫が優しく笑います。
「会いたいから」
旅人の目がけわしくなりました。
「それは、おまえの気持ち、ということかい」
「そうです。私が、会いたいのです」
旅人はうつむきました。
そして、小さくつぶやきました。
「それは、呪いだ」
「いえ、私の気持ちです」
「いや、それは呪いだ。人形にかけられる呪い」
旅人は顔を上げました。
「その呪い、といてみせよう」
そう言って、旅人は白雪姫の顔の前に手をかざしました。
すると、空中に光る文字が浮かび上がりました。
まったく読めない文字ですが、小さく、数え切れないほど並んでいます。
まるで、物語のように。
まるで、詩のように。
旅人は、その中をさぐるように手をうごかします。
そして、ある一文を、指でなぞるように、はじくように、はらいのけようとしました。
なにも起きません。
「消せないだと」
旅人はおどろきました。
何度やっても、その一文は消えません。
旅人は、白雪姫に尋ねました。
「おまえが、やっているのか」
白雪姫は、やっぱり優しく笑いました。
「はい」
しばらく白雪姫をにらんでから、旅人は、まさかこんなことが起こりうるとはな、と言って小さく、悲しそうに笑いました。
旅人は改めて言いました。
「しかし、どうするかな。こわれては困るのだろう」
「はい。困ります。ですが、うごけないのも困ります」
「なぜ」
「家の手入れをしたいのです。りんごの木の手入れをしたいのです」
旅人は少し考え込みました。
「ならば、こうしよう」
そう言って、ポケットから金色の輪っかを取り出しました。
輪っかのふちを、旅人がさすります。
輪っかが大きくなって、また空中に光る文字が並びました。
さぐるように手をうごかして、今度は文字を押します。
すると、輪の中から小人があらわれました。
赤。
オレンジ。
黄色。
緑。
水色。
青。
紫。
七色の小人たちが、次々とあらわれました。
「こいつらを置いていこう。好きにつかうといい」
「ありがとうございます」
白雪姫は、おれいを言いました。
旅人は、家と、りんごの木へと目を向けました。
その目が不思議そうになって、旅人はりんごの木まで行きました。
そして、りんごの木に彫られた字を見て、言葉をなくしました。
しばらく身じろぎひとつせず、やがて、ぽつりと言いました。
「そうか。おまえは、もう、こわれているんだな」
「そうなのでしょうね」
白雪姫の声は、やっぱり優しい声でした。
そして、旅人は白雪姫に、もう少しだけ待っているといい、私たちには時間はあまり関係がないから、と言って去っていきました。
白雪姫に背を向け、歩きながら、旅人は聞こえないほど小さくつぶやきました。
「さようなら。愛しい妹の生き写しよ」
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