緑のきつね。

月猫

 『緑のきつね』を買って来て。

 ポケットから、買い物メモを取り出す。

 (ジャガイモ、人参・玉ねぎ・福神漬け……)

 ってことは、今晩はカレーだな。それから

 (私のお昼用に『緑のきつね』をお願いね!)


 って、何だよこれ。

 緑と言えばたぬき、きつねと言えば赤だろ!

 おふくろは、どっちを食うつもりなんだ? 

 よく、『赤いきつね』を食ってたけどなぁ。

 まっ、両方買って行けばいいだろう。


 と、カゴの中にカップ麺を二つ入れてから、おふくろのセリフを思い出す。


「封筒の中には、買い物代金キッチリ・ピッタリ入れて置いたから、余計なものは買ってこないでね」


 くぅー。

 ということはだ、カップ麺二つ買うためには、俺の財布からお金を支払うことになるわけだ。スマホを忘れて来たから、おふくろに確認もできないし、しょうがない。お小遣いから出すかぁ。残った方は、俺が食う。


 こうして頼まれた買い物を済ませ、家に帰った。

「ただいまー」

「おかえりー」

 スマホは、玄関の靴棚の上にあった。

 車のカギを取ったとき、無意識にここに置いたのか。

 そう納得して、早速スマホで調べもの。


「母さん、メモにさ『緑のきつね』って書いてあったけど、『赤いきつね』の間違いだよね?」

「えっ? 『緑のきつね』って売ってるでしょう」

「緑はたぬきだよ」

「あら、いつ変わったのかしら?」

「変わってません! 1978年に発売された時からずっと『赤いきつね』です。まぁ、最初は『熱いきつねうどん』で発売する予定だったみたいだけど。ちなみに、『緑のたぬき』は、1980年に発売されてます」

「へぇー、あんたよく知ってるわね」

「母さんのことだから、きっと『緑のきつね』っていう商品があったと言い出すと思って、今、調べました。それから、『赤いきつね』と『緑のたぬき』両方買ってきたから」

「えっ? お金足りなかったでしょ、立て替えてくれたの?」

「うん」

「意外と気が利くじゃない。でも、お金がなかったらどっちを買ってくるつもりだった?」

「あぁ、『赤いきつね』の方。母さん、よく『赤いきつね』食ってるから……」

「ふぅーん」

 そう言って、おふくろはニヤニヤしている。なんだか、ご機嫌だ。

 俺が、おふくろの好物を知っていたことがそんなに嬉しいんだろうか?

 しかし、俺とおふくろのやりとりを黙って聞いていた親父もニヤニヤしている。

「二人とも、なんでニヤニヤしてんだよ」

「なんでもない。お湯沸かしてくる。お父さんは、買い置きの『白い力もち』がいいわよね? お餅好きだから」

 そう言っておふくろは、台所へ向かった。


「たかし、おめでとう!」

 おやじが、俺の肩をポンポンと叩く。

「なんだよ、突然」

「お前、お母さんの買い物テストに合格したみたいだぞ」

「買い物テスト?」

「あぁ。お母さんさ、介護施設の新人育成を担当してるだろ。新人さんが、仕事に少し慣れた頃に、この『緑のきつね』の買い物テストを必ずするんだよ。『赤いきつね』を買ってきたら、どうして『赤いきつね』を買ったのか理由を聞く。『直感でーす』なんていう子もいるが、『主任が良く赤いきつねを食べていたので』って答えた子は、観察眼があるとわかる。そういう子は、仕事を覚えるのも早いそうだ」

「あぁ、なるほど」

「で、お前のように自分のお金を足して、二個買いする子もいる。そういう子は、急な残業が入っても、快く引き受けてくれる子が多いそうだ」

「ふぅーん」

「でな、『主任、緑のきつねって何ですか! そんなのありませんよ!』って、怒るタイプの子もいるらしいんだがな、こういう子は仕事が長続きしないって言ってた」

「へー、そうなんだぁ。……でもさ、今どき購入前にスマホで確認できちゃうでしょ?」

「お母さんの職場は、出勤したらスマホはロッカールームの中だ。昼休み中も、スマホは禁止にしているらしいぞ。新人研修中はな」

「それってもしかして……?」

「うん、買い物テストの為だろうなぁ」

「えー。そこまでするのかぁ。あれ? じゃあ、俺が買い物にスマホ忘れて行ったのは……」

「あぁ、お母さんが上手く隠したんじゃないか? お前も四月から社会人だからな。自分の息子は、どういうタイプか知っておきたかったんだろう。まず、合格点が取れて良かったな」

「えっ? いや、嬉しいと言うより、複雑なんだけど」


 とはいえ、おふくろの「買い物テスト」なるもののお陰で、仕事に必要なことが少しだけわかった気がする。

 まずは、観察力。仕事を早く覚えるために、周りのこともよく見てないと駄目なんだろうな。それから、機転と応用か。自信ないなぁ、俺。で、他人のミスを責めないこと。

 とりあえず、こんなところだろうか?

 

 それにしてもだ!

 『赤いきつね』と『緑のたぬき』を販売している東洋水産のみなさんは、自社の商品がこんな風に「買い物テスト」に使われているなんて思いもしないんじゃないか。

 だって、『赤いきつね』と『緑のたぬき』は食物たべものだ。食品だ!!

東洋水産では、美味しさを追求し北海道・関西・東・西とだしを変えて作っているって、さっき調べてわかった。そこまでこだわって美味しいものを作っているのに、うちのおふくろときたら美味しく味わうだけでなく、「買い物テスト」というものにも利用するなんて……


「たかし、お湯沸いたわよ」

「はーい」

 まぁ今は、いろんな事を考えるのは止めて『緑のたぬき』を美味しく頂くとしよう。


 それにしても俺のおふくろは、見た目はたぬきで中身はきつねだな。


                            完

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緑のきつね。 月猫 @tukitohositoneko

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