クソ熱盛〜クソ熱い敦盛対クソ熱い町から来た直実

歩弥丸

一の谷の合戦

 --で、一の谷の合戦に平家の御一門、侍大将、ざっくり十六部隊を率いていたわけだが、その中で『熱盛ィ!!』と言えば平相国清盛の御舎弟経盛の御子息、無官の大夫敦盛あつもりこそ激アツであった。

 その日の敦盛の装束ときたら、日頃より更にイカシていて、深紅から薄紅まで重ね着にした上から真紅を羽織って、そこに更に練貫の布地にカラフルな糸で秋の野の草を縫い表した直垂を着る。左手の小手、両足の臑当てなども錦で両面飾り、鎧も白と紫でド派手にキメた縅、黄金作りの御佩刀、鷲の尾羽を染めた矢、漆もギラギラの重藤の弓、葦毛の名馬に蒔絵の煌めく鞍を置いて、そりゃもうマジパネェ代物であった。

 で、平家の他の御一門とともに帝(安徳天皇)の御供をして浜に来たわけだが、ここで敦盛、気付いてしまった。

『やっべえ……これだけコーディネートしたのに……舶来の横笛忘れてきたわ……』

 捨ててきてもいいんじゃねえのと思うところではあるが、それはそれ。

『忘れてきたらそれはそれで俺の名折れだろ? な?』

と、馬を飛ばして取りに戻る。で、浜に戻ると時既に遅く、御一門の御座舟は早くも遙か沖に流れて行ってしまっていた。

 仕方ないので敦盛は、塩屋の浜の海辺を、馬に任せて全力で駆け抜けた。


 さて、一方、武蔵の国の住人・私市党のヘッドである熊谷次郎直実なおざねは、そもそも熊谷と言う場所は今でも気温的な意味で激アツなのであるが、しかし一の谷の合戦で……何も活躍できていなかった。

『あーあ、つまんねえなー。この辺を何か激アツな敵でも通らねえかなあ。押し倒して素っ首もぎ取ってやるのによぉ~』

などと思いながら渚でぼんやりとぼとぼ馬を歩ませていると、ギラギラ目立つ鎧装束の者が騎馬でブッ込んでくるではないか。そのまま直実の横をすり抜けてトバして行くではないか。そりゃもう眠気も一瞬で吹き飛びアゲアゲで、馬の手綱を握りなおして、精一杯気合い入れて啖呵を切った。

「おう、逃げてんじゃねーよコラ! 平家方のヘッドだろおめー! あ、俺か? 俺はな、武蔵の私市党のヘッド、熊谷次郎直実ってんだ。おめーが勝ってもアツい首にはなるだろよ。まさかそのまま鎧の背中見せて逃げるってんじゃねーだろうなァ! 戻って来いやオラァ!!」

 で、直実はその凡馬なりの全力で敦盛の後を追いかけるのだが。

『熊谷……? 誰だそれ。何か単騎だし、船に追いつくのが先決だろ』

 敦盛にしてみれば気にかけるほどの大将でも無かったので、名馬の速さに任せて駆け続けたのであった。そうやって走っていると、沖に船が見えたので、あれに乗ろうと決めて、腰からこれまた金地に日の丸染めたド派手な扇を取り出して、ひらひらと手招きして見せた。

 それを見た御座船の人々、さてはあれこそ敦盛と、船を渚に寄せようとする。しかし六甲颪の北風はいよいよ強く、白波の逆巻き立つこと大蛇のようで、船を磯に寄せることすらできない。 

 敦盛はその様子を見て、

『オイオイ。そっちが来れないのなら、こっちから馬を泳がせるぜ』

と思い、馬の手綱を繰って海に突入し、浮き沈みしながら泳がせようとした。しかし名馬が如何に今言うスーパーカーであろうとも、スーパーカーなら海を渡れるというものではない。こういう時は軽トラくらいの、つまりは場慣れた凡馬の方が上手くいくものだ。それに、敦盛が如何に熱盛であろうとも、海で馬を泳がせたことがあるわけでもない。浮き沈みするばかりで、なかなか沖まで進めない。


「おいおい平家~」

 その様を見て直実は煽りにかかった。

「沖の船はずーっとずーっと向こうだぞ。波風も酷いのに幾ら名馬でも飛んでいけるわけねーだろ! 浜に戻ってきて勝負しろやオラ! それとも矢を射掛けられる方が好みかぁ?」

 敦盛はその様子を見て

『確かに、田舎者のショボい矢を当てられるのも恥だな!』

と手綱を引いてUターンし、馬の足の着く遠浅の瀬まで来ると、水玉を蹴り上げながら、鏑矢をつがえてライムを繰り出した。

「矢を射るとき! 弓を返す! 俺はお前のその台詞返す!」

 ひょうと音を立てて鏑矢が飛ぶ。直実もMCバトルを解する男だったので、『ゲッ』と思ったものの、すぐライムを返した。

「お前の鏑矢! 刺さらねえ! 『ヤッ』と言われちゃ逃げられねえ!」

 元々鏑矢は刺さるものではないのだが、それはさておき。このMCの応酬の間に敦盛は浜に上がり、弓を捨て、御佩刀を彼のバチクソ派手な鞘から抜き放った。

「逃げられねえと言うなら、受けてみろ!」

 抜き打ちの一撃を直実はサラッと避けて見せた。

「テメーこそ!」

 体勢を直して直実も刀を抜く。しかしその一撃も敦盛の鎧を通すには浅すぎる。

 騎馬の首を返し、互いに向き合う。右手で太刀を構え、左手で手綱を引き直す。フルスロットルだ。敦盛の駿馬と直実の馬が、その全力で浜辺を加速する。

「喰らえ!」

「お前がな!」

 太刀と太刀がぶつかり合い、ガチンと音がする。そのまますれ違う。

 互いに再び馬の首を返し、突撃する。今度は太刀が空振りし、やはり傷を与える事はない。

 そのようにして三度四度打ち合うが、いっこうに決着がつかない。

「キリが無えな」

「全くだ」

「近くに寄れや。組み討ちでケリ付けようぜ」

「なるほど」

 と、互いに太刀を放り投げ、騎馬のまま鎧の袖を引き合い、むんずと組み合った。敦盛も若くスタミナに満ちているが、直実も強力の者であれば、見る間に二の腕はバンプアップし、歯を食いしばること無限の時のように思えた。

「ふん!」

 先に均衡を崩したのは敦盛の方だった。直実の腕を引き、力任せに直実を馬から投げ落とそうとしたのだ。

「何の!」

 直実も巧者であるから、その勢いを逆に使った。敦盛の肩から手を離さず、共に馬から落ちたのである。

 浜の砂を転がるように落ち、直実は敦盛の身体を両の脚で押さえ込み、馬乗りになった。マウントポジションってやつである。敦盛は身動きが取れないはずである。そのまま直実は敦盛の顔を目掛けて拳を振り下ろす。二発、三発。敦盛が顔をよじった際に兜を殴ったりもするが、お構い無しに猛攻を続ける。

 敦盛に逃れる手だてはないように見える。だが、これは徒手空拳の総合格闘技ではない。戦だ。敦盛は、右手に「何か」を握り込むと、それを直実の太股に、甲の隙間めがけて突き立てた。

「痛ってえ!」

 溜まらず直実が身を仰け反らせた隙に、敦盛は身を起こし、直実を突き飛ばした。

『やるじゃねえか平家の……一体何を使いやがった……』

 刺さったものを股から外してみると、何とも見事な笛であった。思い返せば、ここの所平家の陣から夜も見事なミュージックが聞こえていたのだ。これほどの笛をあれだけ吹きこなす男が、今それを捨ててまで闘うというのか。

「これは唐物の笛……さてはてめー、平家のボンボンか!」

「ボンボンだったら何だっていうんだよ」

 顔を腫らしたまま、敦盛は答えた。

「知れたこと! てめーの首、何が何でも持ち帰ったらあ!」

 直実は身体を低く落とした。タックルを仕掛けようとして脚に力を込め、一歩、二歩。しかしそこまでだった。崩れ落ちた。股に刺し傷を負ったばかりの直実には、砂の上でタックルを仕掛けるパワーは残っていなかったのだ。

「そこだ!」

 敦盛が煌びやかな大鎧を揺らしながら近付いてくる。直実の剛力で殴られ続けて、無傷であろう筈もないのに、その輝きは衰えていないように見える。

『くそう……平家のボンボンって言っても、うちのガキと変わりゃしねえ歳の筈なのによぉ……』

 敦盛は直実の背中に脚を振り下ろす。過たずそのスタンピートは直実の背鎧を揺らすが、一発KOされるほどヤワな鍛え方はしていない。

『ガキの歳相手に、寝てられるかよ!』

 二発目が来る前に身をよじって、避けた。敦盛の足が砂浜にハマる。その隙に直実は上半身を起こし、ハマった脚を取った。

「オラァ!!」

 膝に頭突きをカマした。たまらず敦盛の体勢が崩れたところで、直実は傷も裂けよとばかりに立ち上がった。

「今度こそ!」

 身体を預けるようにして押し倒した。再びのマウントポジションである。しかも、今度は敦盛の足が砂に取られたままだ。

「根性キマってんな、熊谷の」

「やっと名前覚えたかよ。それがテメーの首を取る男の名だぜ」

「ああそうだな。持っていけよ」

「……は?」

 直実は耳を疑った。さっきまであれだけのパワーファイトをキメてた男が、もう抵抗を止める?

「首持って行け、つってんだよ。砂に脚ハマったうえにさっきの頭突き、で、このポジション。平家のダチはもうこの辺には居ねえ。詰んでるだろ」

「いや、ってお前、名前は」

「んなモンはさっきテメーに刺した笛がありゃ平家メンなら誰でも分かるだろ」

 潔い、のか。

 懐剣を抜こうとした手が止まり、口も止まった。

 ここに来て、直実はこのボンボンのことが急に惜しくなった。息子の年頃でこのライム、このパワー、このバトル。源氏メンに加わるならどれほど力強いことか。

「なあオメー、今からでも降参しねえ? 実際源氏メンにも平家メンから寝返ったヤツ、結構いるぜ? ほら、俺からも言ってみるからよお」

「ッざっけんじゃねーよ!」

 敦盛はキレた。

「このバトルをヌルくすんじゃねえよ。俺はオメーが激アツにバトルする男だから、負けを認めるんだよ。ほら、早く首取りな。一思いにな」

 結局直実は、敦盛の首を取った。


 ※ ※ ※


 平家はやがて屋島を落ち、壇ノ浦で滅びた。でもって敦盛との激アツバトルとその勝利は一気に直実を源氏メン屈指のヒーローに押し上げもしたのだが、当の直実は賢者タイムの心地であった。

『もうあんな激アツな一騎打ちは無えだろーなあ……』

 人間の寿命はざっくり五十年人間五十年という。天部の命に比べれば下天のうちを比ぶれば夏の夜の暴走のような儚さである夢幻のごとくなり。あれだけの栄華を誇った平家も滅んだ。きっと鎌倉も永遠ではあり得ない。

『だったら……成仏とまでは行かねーまでも、諸天にでも生まれ変わればもっと激アツな戦いがあるんじゃねーの?』

 そんなことを目論んだ熊谷次郎直実はこれから十数年後に突然出家遁世し、やがて浄土宗のヘッド・法念坊源空と出会ってコテンパンにやられるのだが、それはまた別の物語。

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