没落した祖先


 亡くなった父方の祖父は、某県の裕福な商家の生まれだという。

 祖父は自由気ままな次男坊だった。楽しいことや珍しい遊びが大好きで、馬に乗ったり大型犬を育てたり、身体全身に錦鯉の絵や格言などをびっしりと彫っていた。


 それほど裕福だったのにすっかり没落してしまい、本家はいまや廃墟と化している。

 一族が散り散りになったのは昭和60年頃と思われるが、生前の祖父はあまり田舎の話をしなかったようで、正確にはよくわからない。


 ある日祖父が、同居していた私の母に「甥の葬式に行ってくる」と告げて一人で出かけたそうである。

親戚付き合いがあまりなかったこともあり、話す人によって誰の葬式だったかなど若干話が食い違うのだが、ここでは甥(祖父の兄の子)ということにする。


 当時の本家当主・祖父の甥もまた多趣味な人だった。特に骨董品や美術品集めに熱心だったらしい。

 そして徐々にその興味は刀剣に向いた。家族や親戚からは嫌な顔をされていたそうなので、美術的価値の高い日本刀だけでなく、旧日本兵が使用していた銃刀なども収集していたのかもしれない。

 ともかく近しい人から常々「絵や陶器ならまだしも、刀は人を殺す道具だから良くない。そういうものが沢山集まると家の中に悪いものを呼び寄せる」と文句を言われていたそうである。


 あるとき親戚が亡くなり、通夜や葬式のため本家に大勢の人が集まった。すると、少し目を離した隙に当主の末の息子が消えた。まだ幼い子だったので慌てて皆で探したが、子どもはすぐに見つかった。

 末子は庭先でうつ伏せに倒れていたそうだ。前の日に降った雨でできた、浅く小さな水溜りに顔を突っ込んだ形で息絶えていたらしい。


 司法解剖の結果、子どもの死因は溺死と判明した。まともに因果を整理するなら、たまたま転んで水溜りに顔を突っ込みそのまま溺死した、ということになる。


 奇妙な話ではあったが死因が覆るわけでもなし、そのまま月日は過ぎて子どもの一周忌を迎える頃のこと。

 今度は当主の後妻が急死した。その後も前妻の子どもなどが一年毎に亡くなり、遂には当主自身も亡くなってしまった。


 当主が道楽で集めた美術品や日本刀は、誰かが売り払ったのだか持っていかれたのだか、いつの間にかすべてなくなっていた。祖父の長男である伯父でさえ「一振も見たことがない」と言う。


 思えば私も妹達も、幼い時分から「刀は人殺しの道具で良くないもの」と聞かされて育った。家内に刀剣を置くことがタブーとされたのにはそんな背景があるらしい。




 私は過去に一度だけ廃墟状態の本家とやらを見たことがある。


 件の祖父が交通事故で危篤状態になった際に「一度くらいは先祖の墓参りをしたほうがいいか」という話になり、両親と私の三人で墓参りがてら祖父の生家へも立ち寄ったのだ。

 墓参りに際して見知らぬ親戚などに出会うことはなかったので、当代を失ってからは文字通り一族離散したのだろう。


 ちなみに私の父母はどちらも末っ子で、祖先の話や風習、親族の関係などにはやや疎い。今思えば某県にある先祖代々の墓の場所なんかを、東京で生まれ育った父がよく知っていたものだと感心してしまう。


 墓参りをしているとき、父が屁をこいた。物凄く臭かったのでよく覚えている。

 以来、父は凄く臭い屁しかしなくなった。墓参りから僅か数日後、父は大腸がんだと知らされたのだった。闘病期間は約四年、現在は故人である。


 そして、平成最後の一月に潰瘍性大腸炎を患ってからというもの、私の屁もあの時の父の屁とまったく同じ臭いがすることがある。

 潰瘍性大腸炎の人は大腸がんのリスクが高くなるらしい。どんな曰くか知らないが、私もまた父のような死に方をするのだろうか?



 ところで私は、ゲームの世界では既に百振くらいの刀剣を所持している。初夏に(奇しくも父の誕生日だったが)代々木競技場で催されたお祭りでは重文の南泉一文字がファンサしてくれたし、日替わり挨拶では国宝の大典田光世が「また会おう」って言ってくれたから、少なくともその辺の刀からは憎まれていないはずだ。


 ノー刀剣、ノーライフ。

「屁は臭くなったけど、とりあえず一人暮らしの末代で良かったわ」と日々思う。


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【短篇集】六花奇譚 平蕾知初雪 @tsulalakilikili

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