名前
先日、凸待ちスペースにうっかり凸してしまったとき披露した話である。
個人的には「ちょっと不思議な話」の部類だと思っていたが「ちゃんと怪談ですね」と言っていただけたので、改めてこちらにも書いてみる。
長子の私は予定日より早く生まれたため、母が当初計画していた里帰り出産は叶わなかった。
そして母の二回目の出産、つまり次女を産むとき、今度は早めに田舎へ帰省した。田舎の家には祖母と伯父夫婦、その子供が三人。
伯父のお嫁さんはもともと母のルームメイトだったそうだ。私にとっても昔から気安い存在で、伯母というより「サブ母」という感覚である。家族揃ってゾロゾロ連泊するのにも、互いに気兼ねがない。
ある日、もうすぐ生まれる次女の名付けの話になった。母がいくつか候補の名前を挙げると、伯母から
「Q子というのはやめたほうがいい」
と言われたそうだ。
伯母はベテラン看護師で、定年退職するまでに一番長くいたのは小児科だという。勤め先は大きな病院なので、産科でとり上げられたが死産であった子や、幼くして病で亡くなってしまった子も多かった。また、保育器からなかなか出られず、障害が残る可能性が高い子などを看る機会も多い。
その当時、そういう短命な子や重い病気に罹る子の中に、不思議とQ子という名が多かったそうだ。
母は伯母のアドバイスに従い、Q子ではない名を次女に付けた。
Q子というのはもちろん仮名だが、実際のその名はそれほど奇抜でもなく、むしろ流行り廃りのない普遍的な印象さえある。数年前に公開されたアニメ映画でも主人公の名前として使われていた。
それほどポピュラーな雰囲気の名前であるのに、不思議と私の周囲には少なく、これまでほとんど出会ったことがない。
幼少期の私は転勤族で、他の人より少しばかり多くのクラス・学校を渡り歩いている。けれど、記憶している限り、同じ学年にQ子という名前の子がいたことはなかった。
もちろんまったく存在しないわけではないだろう。少なくともQ子という名の五輪出場選手がいることは、無知な私でも知っている。
彼女は私より五歳以上年下なので、もしかすると私の目に入りづらい世代には多い名前なのかもしれない。
毎年赤ちゃんの名前ランキングが発表されるが、流行した理由がなんとなく思い浮かぶ名もあれば、理由はわからないが突然人気が出る名もある。そんな印象がある。
後者は例えば「ひまり」とか。
数年前に友人が女の子を出産するとき「あたたかい陽だまりを連想するような名前にしたい」として「ひまり」という名前を候補の一つに挙げていた。
まあ、最終的に彼女の産んだ赤ちゃんにはまったく別の名が付いたのだが「ひまり」という名前は私の世代にはあまりおらず、なんだか聞き慣れない響きだったので印象に残った。
調べてみたところ「ひまり」という名は二〇二〇年の読みかたランキングで十二位、二〇二一年では八位に入っている。私の友人が妊娠中であった二〇一九年にはなんと二位だった。
(いずれも女の子部門/明治安田生命調べ)
友人はランキングを気にして名前を選んだわけではないはずだから、この頃多くの人々がどうしてか「ひまり」という響きを好ましいと感じたのだろう。ひまわりから連想したのか陽だまりから連想したのか、あるいは使いたい漢字にこだわった結果なのか。
由来はそれぞれに異なれど、とにかく時勢やライフスタイル、リテラシーの変化などから、自然と人気の名が偏ることはあるらしい。
その逆もしかりで、悪い意味を含まずともなんとなくその時は選ばれない、そんな名もある気がする。
それは単純にその時々のトレンドやタイミングと合わないせいかもしれないが、もしかすると「縁起」や「運気」のようなものを敏感に感じ取ることのできる人たちが、無意識でもって特定の字や響きを避けているのではないか。
Q子の話を知ると、案外そんな流行もあるかもしれない、と思う。
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