最終話 かたおもい

 六花の返事を聞いた鈴は、少しだけ微笑んで、それから頷いた。


 悲しくないと言えば嘘になるが、それ以上にやり切ったという気持ちと、自分のせいで六花を泣かせてしまった申し訳なさが上回っていた。


「……うん、わかった。聞いてくれて、ありがとね。それと、ごめんね……断るの、いい気持ちしないよね……」


「……林はすごいよ。わたしには、できなかったことをしたんだから」


「できなかったこと?」


「相手に好きだって気持ちを……伝えること……っ」


 そこまで言って、せき止めていた六花の感情が爆発した。涙がますます止まらなくなる。


 理沙が好きだった。

 大好きだった。


 だと言うのに、何も伝えることもできないまま、六花の恋は終わってしまった。


(違う……わたしが……臆病なだけなんだ……あの恋は、わたしが自分で終わらせてしまったんだ……)


 理沙に好きな相手がいるとしても、鈴のように想いを伝えるという道もあったはずだ。しかし六花は、それをしなかった。


 六花は想いを伝えることで自分が傷つき、理沙を傷つけることになるのが怖かった。


 いっそそれなら、この気持ちは伝えないままの方が――――。


 ――――そう思っていたのに、六花は未だに理沙への想いを捨て切れずにいて、それが原因で鈴の想いにも『今はまだ』なんて言葉を使って、はっきりと応えられずにいる。


(わたしはなんて、卑怯者……)


 情けなくて、申し訳なくて、悲しくて、悔しくて。

 六花はただ歯を食いしばって泣き続けた。


「……六花――ううん、佐々木。佐々木には、好きな人がいたんだね」


「……うん」


「ねぇ、佐々木。自分の好きな人が、自分のことを好きになってくれるのって、どれくらいの確率なんだろうね?」


「……そんなの、わたしだってわからないよ」


「自分にとっての運命の人がいたとして、その人の運命の人が自分だとは、限らないんだよね」


 いつになく大人びたことを言う鈴に、六花は少しだけ驚いた。


「……なんかの受け売りでしょ、それ。林らしくない」


「あはは、バレた? 姉ちゃんが失恋したときに言ってたことを真似しただけ。やっぱ佐々木にはわかっちゃうか」


「林がわかりやすいだけだよ……バカ」


「でも、あたしは今の言葉、完全には信じてないんだ。もしも運命の人っていうのがいるんだとしたら、あたしは自分の力で好きな人を運命の人にしてみせるもん」


 鈴は六花のことを真っ直ぐに見つめて、そう言いのけた。

 不覚にも、六花はそんな鈴のことを、ちょっとだけ格好いいと思ってしまった。


「……それも、誰かの受け売り?」


「これは、あたしの言葉。ふふん、惚れたろ?」


 いつの間にか、鈴はすっかりいつもの調子だった。

 そんな鈴と話しているといつまでも泣いているのがバカらしくなり、六花は思わず吹き出してしまった。


「おまえって……ほんとバカだ……」


「だから、さっきはフラれちゃったけどさ……あたしはまだ、佐々木のこと、諦めてないんだからな。佐々木だって、今はまだって言ってたし」


「……諦めないのは、別にいいけど。でも、わたしはまだ好きな人のことを忘れられそうにないから。……忘れられるかも、わかんないし……ごめん……」


「謝らないでよ。それでもいいんだよ。あたしがそうしたいから、してるだけなんだから。……でも、一個だけお願いがあるんだけど、いい?」


「……なに?」


「これからも、あたしと友達としてでもいいから、一緒にいてほしい」


「……うん。こちらこそ、お願いするよ」


 そう言って、二人は微笑み合った。


「あっ! そうだ、あともう一個お願い!」


 鈴が思い出したように言う。


「ダメ。一個だけって言ったろ」


「いけずー! そんなこと言わずにー!」


「……聞くだけ聞いてやる」


 駄々をこねる鈴を見て、六花は呆れてため息を吐きながらも、ああ、いつもの日常に戻ってきたんだと安心した。


 聞くと言ったのに、鈴は何故か赤面しながらもじもじとしていて、一向に話そうとしなかった。


「なんだよ! 早く言えよ! あんな告白までして今さら何を恥ずかしがってるんだよ!?」


「あーっ!? それ言う!? 思い出したら恥ずかしくなってきたぁぁぁっ!」


 鈴がその場にうずくまって、頭を抱えた。


「わ、悪かったよ……ちゃんと聞いてやるから」


 鈴は上目遣いで六花を見つめて、ごにょごにょと口を動かした。


「ええとぉ、そのぉ……これからはお互いに名前で呼び合いたいんだけど……ダメ……かな……?」


 それを聞いて六花は、なんだそんなことかと思ったが、いざ口にしようとすると思いのほか恥ずかしいことに気がつく。


「ダ、ダメ、じゃないよ…………り、鈴……」


 なんだかこそばゆくて、六花は頰を少しだけ染めながら鈴の名前を呼んだ。


「うんっ! 六花っ!」


 初めて六花に名前を呼んでもらえたことが嬉しくって、鈴は六花に飛びつき抱きついた。


「バ、バカッ、くっつくなっての! 暑い!」


 それから二人は、日が暮れるまでの時間、昔のように公園で鬼ごっこをしたり、遊具で遊んだりして過ごした。




 四人の片思いは、片思いのまま変わらず。

 けれど、形は変わらずとも、少しだけ前に進むことができた。



 ――――彼女たちの片思いの日々は、これからも続いていく。

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ろりりり。〜かたおもい×4〜 なかうちゃん @nakauchan

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