好きは好きでもそっちじゃない
伊吹梓
好きは好きでもそっちじゃない
「
秋晴れの昼休み。
教室の窓から柔らかな、でも少し肌を刺す冷気を含んだ十月の風が、すっと吹き込む。
お弁当を平らげ、少し眠気が襲ったところに、この風は辛い。
― 昼休み終了まであと15分かぁ。机に突っ伏して、少し寝よう。いま寝ないと午後の地理は爆睡コースだ ―
と、机に覆い被さったところで。
イラッとする声が頭の上から降りてきた。
隣のクラスの幸次だ。
こいつ、また最悪のタイミングで絡んできた。
しかもまたこの話か。
まったく面倒くさい奴。
「うるさいな。私が好きで書いてるだけなんだから」
「誰も読まねぇぞ?」
「読まなくてもいいよ。私は、私の書きたいものをかいてるんだから。評価されたい訳じゃない」
幸次は、私がウェブで自作小説を公開していることを知っている。
積極的にバラしたわけじゃない。
流れでバレてしまったのだ。
私も幸次も、軽音楽部に所属している。
私はベース。幸次はドラム。俗に言う「リズム隊」だ。
性格は、全く合わない。真逆と言っていい。
幸次はお調子者で、人を乗せるのが上手い。
その癖、実はかなり頭の回転がいい。
頭の回転に口が連動してなくて、しょっちゅう話が飛ぶ。
後で順を追って話せば納得な事ばかりだから、とりあえず聞くようにはしている。だけど、一回目はいつも飛ぶ。
その辺りも、話は順序大事に!を信条とする私にはイライラする。
その場のノリと勢いで動くこともムカッ腹が立つ。大脳通せよこのスカタン!
そんな私と幸次だけれど、音を合わせると、不思議なことに心地よいグルーヴになるのだ。
7割は幸次が合わせてくれている。悔しけれど彼のドラミングは、私が「このリフここで来い!」と思うとそのとおり来る。または上回ってくる。これはヤバい。乗せるのが超絶上手い。
更に幸次は、ドラムと言うより、パーカスに近いエッセンスをよく混ぜてくる。
ツリーチャイム、ティンシャ、トライアングル…。
そんな鐘物の使い方がうまく、世界観を作り出すことに長けている。
二人の音の相性の良さから、よく二人セットで即席バンドに誘われ演奏していた。
大体、顔合わせも兼ねた初回音合わせ練の時、音の相性の割にずっと不毛な口論ばかりでドン引かれるんだけど。
でもいつも、本番が終わり散会、となる頃には、皆の私と幸次の口喧嘩に向ける視線が、生ぬるくなっている。
こっちはムカッ腹立ってんだ。援護もないのは納得行かない。
そんなある日。
そう、それは、私が初めて自作小説を公開した時。
公開から二週間。
やっとのことで、一人のフォロワーを獲得した。
たった一人。でも、初めて得た共感者。
嬉しくて嬉しくて、浮かれていた。
フォロワーを獲得した日は、夕方合わせ練習が入っていた。
浮かれに浮かれ、30分も早く着いたスタジオには、幸次だけがいた。他の皆はまだだった。
あまりの浮かれぶりに、幸次にネチッこく問い詰められ、たまらず小説を公開したことを吐いてしまった。
そのことを、すぐに後悔した。
驚いた。
幸次もウェブ小説を書いていた。わたしと同じ異世界ファンタジーだった。
しかも、だ。
各作品のフォロワー数は、ほぼ全て五桁の数字を叩き出している。星の数だって、全て五桁だ。全然敵わない。
悔しいけれど…
その中には、私がフォローしている作品あって、一番更新を楽しみにしている作品もあったのだ。
こいつが…。
こんな奴が…。
音楽では、薄々分かっていた。幸次は私よりずっと高い次元にいて、わざわざ私の位置まで降りてきてくれているだけだ。
ただただ同じ部に所属し、グルーヴの好みが似ている。描く世界観が似ている。それだけの理由で、合わせてくれている。
それ以上でもそれ以下でもない。
学校から離れれば、300人は動員出来る、それなりのバンドで演奏している。私たちとの演奏は片手間だ。
音楽では全然敵わない。
なら、執筆は?
あのぶっ飛んだ思考だもん。こっちに入ってくることはないだろう。
ああ、なんて平和な世界…。
それが、一瞬で打ち崩された。
なんなんだこいつ。影か。私の嫌なところイヤなところを、いちいち突いてくる影か。
しかも、その小説でもこんなに水を開けられていたなんて…。
それからと言うもの。
私は奴と距離を置くことにした。
精神衛生上、害悪でしかない。
なのに、だ!
私のそんな思いをまるで無視しているかのように、幸次は小説のことで頻繁に話しかけてくるようになったのだ。
正直に言って、ウザい。消えろ、と思う。
なぜなら、幸次はいつも、求めてもいないのにダメ出しをしてくるのだ。本当にえげつないくらい畳み掛けてくる。どんどん心を抉るのだ。
例えば今日みたいに。
「読まれなくてもいいなら、なんで公開する?自分のためだけだったら、公開する必要はないだろ?」
なーんて。腹立たしいことこの上ない。
でもね。
確かにそのとおりなんだ。
自分のためだけだったら、人に見せる行動は矛盾している。
「応援のハート付いたら喜んでるじゃん?星付いたら喜んでんじゃん?てことは、読んで欲しいんだろ?」
図星だ。まったく否定できない。
あれから、少しずつ反応が増えてきた。
応援数が増えてたり、星が増えたのをみると、小躍りするくらいうれしい。
感想なんか来たら、一日中気持ちが舞い上がりっぱなしだ。
たとえPVが増えている…つまり一瞬でも目を通してもらった。それだけでも嬉しい。
これは事実だ。
「それは…否定できないよ。数が増えれば共感してくれる人の目に付きやすくなるもんね」
「なんだ。分かってんじゃん」
そう。分かってはいるんだ。
読者の評価は共感の証だ。もちろんその逆もあるけれど、アンチが張り付くほどのフォロワーはいない。
フォロワー1ケタじゃ、アンチだって攻め甲斐が無いだろうし。
とにかく、共感を得たければ、まずは読んもらわなければ話にならない。
ならば。
より人目に触れるためには、ランクをあげるのが一番の近道だ。
ランクを上げるには?
似た設定の上位作品を真似するのが多分一番早い。
タイトル、キャッチ、粗筋。全てを定型に沿った基本形で貫けば良い。
特に、導線となるキャッチやあらすじを、興味引かれる形に。映画のキャッチやあらすじも参考になるだろう。
そしてはじめにアクセスする第1話~2話を、最大の山場にする。
ウェブは、最初あまり動きが無いけど、数ページ見てくれる、または盛り上がり部を見てくれる、なんて現象はほぼ無いと言っていい。
導入が勝負なのだ。
あれだ。ネット配信音源で、サビから始まったり前奏をカットするのと同じだ。
聴かせどころを先頭に持ってくるんだ。
音楽だったら、私だって配信音源では散々やってることじゃないか。
そして全体の基本骨格を、様々なサイトのランク上位作品を見て、分析して、いまの流れに合わせるのが、一番手っ取り早いだろう。
そこに、自分のエッセンスを少し、混ぜればいい。
もちろんそれでも、ランクを上げることを目標にしている人はゴマンといるから、
幸次の言うことは、正しい。圧倒的に正しい。
でも。
どこか納得がいかない。
そう、それは…
「私は、祈りとして書いてるんだよ。評価はおまけなんだよ。言ってることは分かるけど、余計なお世話なんだよ」
そうなんだ。
そこまでして、前提を流行りに合わせる。
そうすると当然、内容も変わってくる。
私が書きたいものからは外れていく。
評価が集まり易い作品を幾つか書いて、ある程度フォロワーを獲得したら、好きな物語を書けばいい。
それも一理ある。
でも、全く毛色の違う作品で集めたフォロワーだ。
同じ作者だからって、テイストが全く違う作品なんて、ほぼ読まれないんじゃないか?
何より、私は少しは目を通すかもしれないけれど、読み続けることはないだろう。
第一だ。
私は、書かずにいられなくて、書いている。
私は私の中にある渦巻いた黒いもの、溢れ出て抑えきれない想いを鎮めたくて、書いている。
そこから外れたら、書く意味なんて…
「あーもう!どストレートに言わなきゃわからないかこのスカタンが!」
頭を掻きむしりながら、痺れを切らしたように幸次が言う。
あまりの声の大きさに、周りにいるクラスの子たちが押し黙り、こちらを振り向く。
「ちょっ!声が大きい!」
思わず幸次の脛を蹴り上げ、腕を引き、廊下に出た。
そして、一直線に隣の棟の最上階、音楽室へと駆け込む。
「あんな、皆がいるところで!なんか言うなら少しは周り考えろよ!言う前に大脳通せよ!」
「ごちゃごちゃうるせぇよ。お前、分かってんのか?」
「分かってるかって、何をよ!」
幸次は教壇の端に腰掛け、隣にと私を促す。
なんだろう。幸次の様子がいつもと違う。
私もその様子に、促されるまま座る。
「お前の世界観、悪くねぇんだ。てか好きなんだ俺は。俺には書けないけど、好きなんだ」
真面目に語りだす幸次。1年の付き合いの中で、初めて見た幸次の姿だった。
しかも。口にしたことは、私にとってはかなり衝撃だった。
だって幸次、書いている作品は殆ど戦闘だったり、ざまぁ系じゃないか。
「俺、ほんとは静かな世界観が好きなんだ。曲で言えば、そうだな。メジャーセブン系のバラードみたいな?ベージュで、包むようで、でもスウッと流れるようなヤツだ」
その空気感は、なんとなく分かる。
幸次の言ったメジャーセブンとは、和音の名前だ。ふわっと浮き上がるような伴奏の和音のような展開。夜空に浮かび上がる半月のような、静かな音楽。
彼のパート、ドラムは入る余地が無く、パーカッションのツリーチャイムやティンシャ、トライアングルのような、静かな鐘の音が入るイメージ。
映画で言えば、昔のフランス映画かな。静かにストーリーが進んで、空気に溶けるように終わる作品。
分かるが、意外だった。
「だから、もっと読まれてほしいんだよ。確かに戦いも少ない。ざまあもない。転生があっても要素としては薄い。でも、小さな出来事や、過去の歴史を紐解く中で、人の本質みたいな?そんなものを問う作品。確かに読者層に限界はある。でもさ。そういうの好きな人はいる。そういうのが好きな人にもっと的確に届いて、読まれて欲しいんだよ」
「ちょっと待って!」
ふと、疑問が沸き上がる。
私は4作公開している。
その4作の特徴。幸次の言ったとおりの展開が、それぞれに含まれている。
どうして?どうして幸次は、こんなに私の作品を知っているんだろう。
「もしかして、私がUPしたヤツ…」
「もちろん全部読んだ」
顔から火、とはこういうことを言うんだろうな。
一気に耳のあたりが熱くなって、汗が噴き出してきた。臭わないかな…。
「なんで…」
「何度も言わせるな。文の書く世界観は好きなんだ。文のベースと小説、基本的に同じ世界観なんだ。だからどっちも好きなんだ。これをもっと広く知ってほしい。そう思うんだよ」
私のベースにも、そんな思いを持っていたんだ。
意外だ。彼の周りには、プロのミュージシャンもいるのに。
「ベ、ベース、も…?」
「そうだよ。あんな鐘系の打ち物を10種も用意すんの、文と合わせる時だけだぜ?分かってると思うけどさ、鐘系の鳴りものは宗教ベースのやつが多くてさ。「祈り」とか「魂」を意味するものが多い。それをそんな数用意すんのは、文くらいなんだよ。てか、それくらい用意したい。そう思える演奏だし、俺の中の根本に触れてくるような演奏なんだよ。普段はそんな持ってかねぇし、第一要らねんだ。でも文ってさ、主旋律と掛け合いでそんな和声使うじゃないか。ポップスと言うより、クラシックみたいな。讃美歌みたいな。お前のセンスって結構独特なんだぜ?」
「ちょ、ちょ、ちょっと!もうやめて。そういうの、いいから!」
こいつ、こんな奴だったっけ…?
おい、今日はどした?人入れ変わった?実は中身は転生してて今日目覚めたんか?
そんな私の思いをよそに、幸次が続ける。
「文の作品を埋もれさせるのはもったいないぜ?もう少しあらすじ力入れて、構成見直せば、絶体良くなる。思いっきりバズることは無くても、そこそこ読者は付く。あの世界観を変えずに、良くすることは出来る。もちろん、文の書きたい物語、表現を尊重しつつ、だ。ダメなところを直すというより、良いところを伸ばせば、ダメなところは消えたり薄まったりするもんだ。そうすれば、そういうものが好きな人、求めている人に届くはずだ。文さぁ。届けたいとは思わないか?」
「…それは、思う。私みたいに、物語に救いを求めてる人は、いると思う。そういう人に届いたら…」
私にとって、物語は祈りであり、救いだ。これがあるから、いま頑張れる。
でも確かに、私と同じように、私の作品で救われる人もいるかもしれない。そんな人に届いてほしい。そう思って書いている気持ちも、どこかにある。
過疎ってるから、自分のためだけ、と言い聞かせているけれど。
自分のためだけと言い切るのは、やっぱり嘘になる。
万人に受けなくてもいい。でも、渇望している人には届いてほしい。
むしろ、届けたい。
その思いは間違いなく、ある。
「やっと、本音言ったな」
「なんか、全部見透かされてるもん。何言っても無駄だよ、もう。嘘ついたって意味ない」
「…なら、一緒にやってみないか?」
「え?」
「一緒に見直して、より人目に届くようにしてみないか? 形になったら俺、紹介文書くよ」
それって。
援護してくれるってことだよね。
「俺のはさ、戦闘型だったりざまぁ系のファンタジーだ。でもさ、本当に好きなものはこれだよって、言いたい気持ちもあるんだ。だから紹介で、読むのはこういうのが好き、てことは言いたい。これ、win-winじゃね?」
利害の一致。これは間違いなく、そうなる。
うれしい。嬉しいんだけど…
なんだろう。やっぱりムカつく。
いや、嬉しい。すっごく嬉しい。だって、作品の構想部分を好きだって言ってくれて、もっと広めるようにしようって。嬉しくない訳がない。
でもムカつくんだよなぁ。原因は「コイツに言われるから」なんだ。
でもそんなこと言ってもしょうがない。いまの様子だと、私自身からは離れず、より良くする方向で考えてくれそうだし。
仕方ない。乗っかってみよう。でもその前に。腹の虫を居所に収めよう。ちょっと弄ってやる。
「ねぇ、そこまでしてくれて、いいの?一緒に添削とか、二人の時間になっちゃうけど、いいの?」
「んー、まぁ二人だけって、今まであんまりなかったけど…好きな作品が良くなるなら全然構わない。あれが良くなるなら…」
「なーんだ、好きなのは作品かぁ!そういう時間作りたいのかって、ちょっと期待しちゃったよ!」
私は、心にもない…本っ当に!心にもない!思わせぶりの言葉を吐く。元気いっぱい吐き捨てる。
意地が悪い? 何を。今までどれだけ幸次にイライラさせられてきたと思ってる。
今日くらいは弄ったっていいじゃないか。
「え、あ、いや、それはだな…んー別にそういうわけじゃ…てかな、あの、口実ってやつがだな、その…」
幸次が、なんかモゴモゴ言ってる。ちょっとだけ顔赤くして。
え、ウソ。もしかして、図星だった…?
いやいやいやいやいやいやそれはそれで困るんだけど!
私その気ないし!こいつとは絶対合わないし!合うって言われても断固拒否するし!ていうかキモい!
…でもまぁいいや。それはそれで、図星だったら回し蹴りで吹っ飛ばせば。
何にせよ、今日もいろいろ押し込まれたけど、最終的にこいつに勝った。
初めて勝った。
今日はいい気持ちで終わりにしよう。
そして、明日からの添削、一緒に頑張ろう。
より、多くの人に届けるために。多くの人に、安らぎを届けるために、ね。
好きは好きでもそっちじゃない 伊吹梓 @amenotoriitouge
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