年越しの夜は、赤いきつね。
月猫
私が年越しに『赤いきつね』を食べるわけ。
ビリビリビリ、11月のカレンダーを破く。
「よーし、今年も残り一か月。何事もなく平和で過ごせますように!」
パンパン!
カレンダーに向かい、柏手を打ち頭を下げる。
亡き父の癖を、すっかり引き継いでしまった。
おじさん臭いかな?と思うが、大好きな父を側に感じるので、この癖を治すつもりはない。
12月のカレンダーになると、毎年思い出すことがある。
あれは、私が小学五年。妹が、保育園の年長さんの大みそかの夜のことだった。
看護師の母はこの日夜勤だったので、父と妹と三人での年越し。
9時半には布団に入ってしまう妹の為に、父が叫んだ。
「よし、今から年越しそばを食うぞ! 緑のたぬき様だぁ!!」
「わぁーい」
大喜びの妹。ところが、テーブルに出てきたのは、赤いカップ。
「えっ? 父ちゃん、これ赤いきつねだよ」
おっちょこちょいの父に注意をする私。
「いやぁ、俺、間違って買って来ちゃったよ」
「えええええええー!! パパ、緑のたぬきないの?」
私は父のことを父ちゃんと呼んでいたが、妹はパパと呼んでいた。
「うん、ない! だから、年越しうどん。赤いきつねにしよう」
「やだ! やだやだ!! 緑のたぬきがいい! 緑のたぬきぃ!」
妹が泣き出した。
都会なら、近くのコンビニに買いに行けばすむ話だが、ここは田舎。コンビニに行くにも車が必要だ。父は、すでにお酒を飲んだ後だった。
「緑のたぬきじゃなきゃ嫌だ! 赤いきつね、いらないの!!」
ヘソを曲げ泣きじゃくる妹に困った父が、突然、こんなことを言いだした。
「
「……しらない!!」
「そうか、じゃ父ちゃんが教えてやろう。これは、父ちゃんが父ちゃんになる前のずっとずっと昔の話なんだがな」
父ちゃんが父ちゃんになる前のって、なんのことだよ!って、心の中で突っ込みながら、私は父の話を黙って聞くことにした。
「父ちゃんの高校は、変な高校でな、卒業式には『赤いきつね』か『緑のたぬき』か、どっちかに選ばれる決まりがあったんだ。『赤いきつね』と『緑のたぬき』といっても、カップラーメンじゃないぞ。卒業コースの名前だ。みんな、『緑のたぬき』がいいなって言うんだ。『赤いきつね』は、人気がない。でもな、その理由がわからないんだ」
「どういうこと?」
ちんぷんかんぷんの話に、私は思わず口を挟んでしまった。
「大体みんな、『緑のたぬき』コースになるんだが、たまに『赤いきつね』コースに行けと言われる奴がいる。その選ばれる基準が、全く謎なんだ。イケメンが選ばれた時もある、秀才が選ばた時もある、スポーツマンが選ばれた時もある。でもな、勉強もスポーツも真ん中位の人間が選ばれる時もあった。不思議なのは、『赤いきつね』コースに選ばれた生徒が、卒業後にどんな仕事をして、どこに住んでいるのか全くわからないということだ。だから、『赤いきつね』コースに選ばれると、死んじゃうじゃないかって噂されていたんだよ」
「じゃあパパは、『緑のたぬき』に選ばれたんだね」
妹は、父の罠に落ちてしまったようだ。
『緑のたぬき』が食べられないという現実を忘れて、物語の世界に入り込んでしまった……
「いいや、父ちゃんはな『赤いきつね』に選ばれた! 驚いたよ。まさか、自分が『赤いきつね』に選ばれるなんて思ってもいなかったからね。でも、お陰で『赤いきつね』の秘密を知ることができたんだ。『緑のたぬき』コースっていうのは、その高校を卒業したら人間に生まれ変われるんだけど、『赤いきつね』コースだとお稲荷さんになって修行することになるんだな」
「父ちゃん、話がめちゃくちゃ。なんで、高校卒業したら生まれ変わるんだよ。それに父ちゃんは、きつねじゃなくて人間!」
「まぁ、話をゆっくり聞きなさい。まず、高校だと思っていた学校は、雲の上の学校でな、人間に生まれ変わる前に色々と勉強する所だったんだ。で、父ちゃんは、何故か『赤いきつね』コースに選ばれてしまって、稲荷神社のウカノミタマノカミさまの元で、きつねとして修行することになったんだ。赤い前掛けをしてね。修行というのは、神社に来た人たちのお願いを叶えてあげること。商売繁盛と言われたら、道を歩いている人の側に行って、『あそこのお店いいですよ』って話しかけるんだ。もちろん、人間に父ちゃんのきつね姿は見えていないんだけれど、声をかけられた人は、なんとなくそのお店に行きたくなるんだよね。そんな修行をして、10年。成績が良かった父ちゃんは、ウカノミタマノカミさまに願いを叶えてもらうことになったんだよ」
「パパ、なんてお願いしたの?」
「人間になって、結婚して、可愛い子どもと暮らしたいですって」
「じゃあ、パパのお願い叶ったのね! やったー!!」
「ほんと有難いよね。可愛い子ども二人に恵まれてさ、ウタノミタマノカミさまありがとうございます。だから、今日は『赤いきつね』をありがたく頂きましょう」
「はーい! 『赤いきつね』食べるぅ!!」
父の作り話で、すっかりご機嫌になってしまった妹。
父は、口先だけで自分の失敗をなかったことにしたのだ。それどころか、美談にすり替えた。
今や、テーブルの上の『赤いきつね』が、煌煌と輝きを放つ。
あの年から、年越しといえば『赤いきつね』と『緑のたぬき』が食卓に並ぶようになった。父の作り話を知らない母は、当然だが『緑のたぬき』を食べる。妹と父は『赤いきつね』だ。私は、気分によってどちらかを選んでいた。
でも、父が亡くなってから、年越しといえば毎年『赤いきつね』を食べている。
友だちには、「おかしい!」と言われるけれど、大好きな父との思い出が蘇る大切な味なんだよね。
完
年越しの夜は、赤いきつね。 月猫 @tukitohositoneko
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