???

 部室が再び、静寂に包まれた。その静寂を突き破ったのは、場違いなのかそうではないのか分からない、有名な探偵アニメのテーマソングだった。


「え、ああ!? すみません、俺です!」

 これは、金田のスマートフォンの着信音である。若干痛い視線を感じながらも、慌てて上着のポケットからスマートフォンを取り出した。


「もしもし?」

『おう、一太郎。今度の日曜日の大掃除のことなんだけど』

「さ、哲っ!?」

 聞こえてきた声に、思わず金田は大声を上げた。


 哲という名前に心当たりのない部員たちが首を傾げている。

 岡本だけは少し話を聞いていたので、説明した。

「哲さん、銀之園哲ぎんのそのさとるさんじゃないかと。金田の従兄弟ですよ。そう言えば、何度かトラブルが起きた時に助けてもらったことがあります」


『な、なんだよ急に大声出して』

「そんなことより、哲! 大変なんだよ」

 大変という言葉に反応し、銀之園は何かあったのか、と尋ねてくる。

 金田は銀之園に事のいきさつを話した。


「と、いうわけで、部長のガラスコップがなくなっちゃったんだ」

 銀之園は何も言わなかった。無言で、ただ深い溜息をつく。


『一太郎。それの原因、お前じゃねぇ?』






「え、何で?」

 いきなりそんなことを言われても、訳が分からない。銀之園は再び溜息をついた。

『いいから、お前が大掃除でやったこと、もう一度振り返ってみな』

 銀之園の態度に若干ひっかかりを覚えるが、何はともあれ言われた通り、大掃除で自分がやった仕事を振り返る。


「ええっと、まず皆と一緒に旧部室と新部室の掃き掃除や拭き掃除をして、その後部室の荷物を段ボールに詰めたり、元々あった段ボールを新部室に運んだり。その後山崎先輩に頼まれて、花を——」


 そこまで言って彼は、ピタッと口の動きを止めた。サーッと血の気が引いて行く音が、聞こえた気がした。


「花……? ま、まさか」

 岡本の言葉で、部員皆もそれに気づいたようだ。全員がほぼ同時に、金田が飾ったマリーゴールドに視線を向ける。


 マリーゴールドは折り紙やリボンなどで綺麗に飾り付けられた何かに活けられている。


 そう問題は、そのだ。


 部長がマリーゴールドに近づき、花瓶となっている物から折り紙とリボンを丁寧にとる。

「あ、僕のガラスコップ」


 中から出てきた透明なガラスコップには、『部長』と書かれたシールが貼りつけられていた。


「えええ!? あれ、部長のだったんですか!?」

『やっぱり。大掃除のことはまた後で連絡するから、早く皆に謝って許してもらえ』

 頑張れよ、と言う銀之園の疲れたような声が、耳に虚しく響き電話が切れる。

 ブチッという音がやけに大きく聞こえた。


「なるほど。またお前か」

「え、いや、あの、部長が『花瓶がなかったら適当な物を使って良い』と、言っていましたし。それに、本当に俺、あのコップが部長のだなんて気づかなくって……」

 副部長の視線が痛い。

「ご、ごめんなさい」

「——別に良い。気がつかなかった俺も迂闊だった」

 岩戸先輩は片手で髪の毛をかき回しながらそう言った。


「大丈夫よ、金田くん。見つかって良かったわ。でも、皆ぜんぜん気づかなかったわね。すぐ分かりそうなものなのに」

「きっと折り紙やリボンのせいよね。あれが巻かれているだけでだいぶ印象が変わるし」

「なるほど、盲点だったわね」

 野月先輩と山崎先輩は二人でしきりに感心している。

「まあ、金田だもんなー」

「だよな、いつものことだし」

「気にすんな」

 岡本と植松、井原の三人はやれやれ仕方がないなと顔を見合わせ、再びお菓子に夢中になっている。


 そんな中、部長が大きな声で笑い出した。

「はははは、さすが金田君。僕がスカウトした実力は本物だな!」

 可笑しくて仕方がない。そんな笑い声だったが、金田は拳を振り上げ叫んだ。

 羞恥で顔を真っ赤に染めながら。

「『実力』って何ですか!? こんな実力要りません!」



 ミステリー研究会所属。一年四組、金田一太郎。


 通称、『三秒で解ける謎を、三時間かかっても解けない謎に変える男』。


 要するに彼は、事をややこしくする天才である。

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コップは何処に消えた? 寺音 @j-s-0730

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