解答編

「副部長。今までの出来事を振り返ってみましたが、さっぱり解りません」

 金田の言葉に、他の部員達も一様に頷く。岩戸先輩は一つ短い息を吐く。

「じゃあ……話すか。ちなみにコップが勝手に何処かに行くわけがない。それは解るよな? これには、必ず犯人がいるんだ」

「犯人が……」

 皆が息をのんで見つめる中、岩戸先輩は一気にカフェオレを飲み干し、空のガラスコップを机に置く。


「まず大事な事を言っておく。最初からガラスコップは、八つなかったんだ」

「ええ!? だって、ちゃんと植松のコップはあったじゃないですか」

 金田の言葉に、部員勢も頷く。皆の反応に岩戸先輩は、机の上にぐるりと視線を廻らせる。


「今、この机の上はご覧の通り狭いし物も多い。さっきも井原のコップがお菓子の袋の影に隠れていただろう? 机の上の状況も常に変化するし、ガラスコップの数なんて、その気になれば簡単に誤魔化せる。全員飲み物を飲んでいると言う先入観もあるしな」


「なるほど。机の上で皆の目を欺くことが可能だ、ということは分かりましたけど。だったら、植松がコーラをついだ時はどうだったんですか?」

「そうですよ。俺、ちゃんと自分のコップを受け取って、自分でコーラを入れましたよ!?」

 岡本の問いに、植松も拳を振り上げて賛同した。


「自分のコップとは言ってもな、自分のだと判断できるのは、この名前シールだけだろう? つまり、ここに仕掛けがあったわけだ」

 岩戸先輩は自分のガラスコップを持ち上げて、シールを指差す。

 そこには少し擦れた文字で『副部長岩戸』と書かれている。

「でも、シールを剥がしたりすると跡が残っちゃうし、仕掛けをするのは難しいんじゃないですか?」

 金田が疑問を口にすると、岩戸先輩はふっと軽く笑った。


「何も剥がす必要はないだろう。上から貼りつければ良いんだ。を」

 岩戸先輩は、なあ、と言って、ある人物を睨みつけた。


「部長」


「——おやおや、なんのことかな?」

 部長は惚けた様子で首を傾げ、コーラのガラスコップを机の上に置いた。

「お前だろう? こんないたずら仕掛けたの」


「ええ!? 部長が!?」

 誰よりも大声を上げて、金田は部長と副部長を交互に眺めた。二人とも睨み合ったまま動かない。


「おかしいとは思ったんだよ。お前だけ、コップを持ってくるところも飲むところも見ていないし。その割に気がついた時には、かなり中身が減ったコップを持っていたし」

 その言葉に金田は、あ、と声を上げた。確かに、岩戸先輩の言う通りなのである。

 部長は、気づいた時には何も持たず椅子に座っていた。初めてガラスコップを持っているところを見たのは、ワイングラスみたいにそれをくるりと回していた時だ。


 皆の視線が部長に集まった。部長は腕を組み、眼鏡を指先でちょいと上げる。

「お前はまず、自分がガラスコップを取り出す役目を買って出る。そして全員分のコップを出したフリをして、自分のコップを出さずにおく。後は隙を見て誰かのコップを奪って——他人の名前シールの上から、予め用意しておいた物を貼る」

 植松がターゲットになったのは偶然だろうな、岩戸先輩は同情する様な視線を彼に向け言った。


「成る程、理には適っているが、シールを貼り付けるのも目立つんじゃないかな?」

「そうですよ。机の上はともかく、この座り方だと変な動きをしていれば誰かが気がつきますよ。特に部長の動きは目立ちますし、まして副部長の向かいでしょう」

 井原の言葉に岩戸先輩は首を横に振った。


「いや、そうでもない。椅子に座る前、片手の中に台紙から剥がしたシールを隠し持っておくんだ。コップを別の手で持ち上げ、シールを持った手を元々あったシールの上に重ねるようにして持てば……。凡そ自然な動作で貼り付けられる。ひと回り大きい物を用意すれば、前のシールを隠し易くなるしな」


 岩戸先輩は部長に近づき、彼の目の前にあるガラスコップをひょいと手に取る。

 そして部長のシールの端に爪を引っ掛け、それをべりっと剥がした。

「あ——っ」


 その下から、『植松』と書かれたシールが現れた。


「部長、何か言い訳は?」

 岩戸副部長が部長を見下ろしながら告げる。なんだか本物の、探偵の推理シーンのようだ。


 金田たちは息をのんで二人を見守った。部長が、ふと鼻で笑う。

「はははっ! よく分かったな! さすがウチのエース」

「やっぱりお前か。今年最後の挑戦ってか? 迷惑だ」

 それを見届けて、金田たちは肩の力を抜いて苦笑した。


 ミス研では時々、部長が部員相手にこの様なゲームを持ちかけることがある。どうやら今回もそういうイベントだったらしい。

 簡単に解かれてしまったものの、部長は楽しげに笑っている。笑顔のまま、彼は岩戸先輩に問いかけた。


「ところで、どこで僕が犯人だって分かったのかな? 今の話が本当だったら、僕以外でも犯行は可能だったはずだが」

「それはこの、ガラスコップのシールだよ」

 岩戸先輩は剥がしたばかりのシールを摘まんで、ひらひらと振る。


「見てみろよ。他の奴らのシールは、少し文字が擦れたりシールが汚れたりしてるだろ? それがお前のは、黒々とハッキリした文字で書かれて綺麗なままだ。最近グラスを割って新しくシールを貼った植松みたいにな。それでおかしいと思ったんだよ」

「なるほどなるほど」


「もう一つ。シールが右肩上がりに傾いていた。普段のお前なら、こんな貼り方は絶対にしないだろ? やっぱり貼り方に無理があったからだな」

 部長はむむ、と顎に手を当てて唸った。今後の参考にでもしようとしているのだろうか。だとしたら、少し恐ろしいなと金田は思う。


「なにはともあれ、植松のコップも見つかったことだし。仕切り直しといきませんか?」

「そうだな、我が部のエースの実力を改めて拝見した所で、っと。僕の喉の渇きはそろそろ限界だよ、うん」

 岡本の提案に皆はそれぞれ元の椅子に座った。部長はコップが収めてあった籠に近付いて、上に被せた布をめくる。

 そして、叫んだ。


「——ない。僕のコップがない!?」


「はあ!?」

 部員全員が思わず声を上げた。部長自身、狐につままれたような表情をしている。どうやら冗談ではないらしい。


「ちょっと待ってよ。『ない』って、本当に? 何時からないの?」

「僕が皆のコップを出した時は、僕のがあったかどうかは確認してないんだ。一つコップが残っていると皆にばれたらおしまいだから、布で隠しながら慎重に……」

「とにかく、探してみようぜ!」


 旧部室、段ボール箱の中、そしてもちろん籠の中、それから全員で心当たりを探したが、どこからも部長のガラスコップは見つからなかった。


「おい、お前。まだふざけてるんじゃないだろうな!?」

「そんなわけがないだろう!?」

 部長は本当に焦っている様子だ。金田は思わず呟いた。


「じゃあ一体、部長のコップはどこに?」

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