異国の食べ物

高岩 沙由

第1話 異国の食べ物

 世界の片隅にあるルアール国にも12月がやってきた。

 雪はまだ降らないけど、吐く息が白くなり、手を出しているとかじかんでしまう。

 

 ルアール国の石造りの王城の一室では、幼い女の子と年上の女性がいた。二人ともプラチナブロンドの長い髪で年上の女性はそのまま腰まで下ろしており、幼い女の子は胸まである髪を三つ編みにしている。そして、瞳の色も同じ、深く透明感のある藍色だ。

「トゥイーリ、今日のお勉強は遠い国の習慣についてですよ」

 年上の女性が幼い女の子をトゥイーリと呼び、なにやら勉強を始めるようです。

「はい、おかあさま」

 と返事して、トゥイーリは何か引っかかりを感じたが、おかあさまと呼ばれた年上の女性は笑顔で頷いた。

「この国からいくつもの海を越えた先に、日いづる国と呼ばれる国があります」

「ひいづるくに…」

 トゥイーリはちょっと言いにくそうだ。

「その国の12月の年越しについて、今日はお勉強します」

「はい」

 幼い声が響く部屋で、トゥイーリは羊皮紙を手元に準備し羽ペンを持った。

 年上の女性は一冊の本を開き、地図のページを見せて、

「ここが、日いづる国と呼ばれる場所です」

 トゥイーリは興味深く地図を見ている。

「とてもちいさなくにですね」

「そうですね、隣の大陸が大きいから小さく見えてしまいますね。さて、この日いづる国の12月の最終日には、家族が集まってお蕎麦を食べる習慣があるそうです」

「おそばってなんですか?」

「お蕎麦というのは、細長い糸状のような形をしており、食べやすいように短く切ってある食べ物です」

「へぇー」

「12月の最終日に食べるお蕎麦のことを年越しそばといいます」

「としこしそば…」

 トゥイーリは手元の羊皮紙に、ほそながい、いとじょう、としこしそば、と書いている。

「年越しそばを食べるのは細長い形状から、長く生きられますようにと願うためです」

「ながくいきられる…」

 その時、ドアをノックする音が聞こえてきた。

「アリスィ、今大丈夫か?」

「マテウスさま、はい、大丈夫です」

 その言葉を聞いて部屋に入ってきたのは、きりりとした雰囲気のある男性だった。

「トゥイーリ、お父様にご挨拶を」

「おとうさま、こんにちは」

 トゥイーリはまた何か引っかかりを感じた。

「トゥイーリ、こんにちは。今日は何を勉強しているのかな?」

 マテウスと呼ばれた男性は部屋にはいると二人のもとに近づき、トゥイーリを抱っこして、額にキスをした。

「はい、きょうは、ひいづるくに、とよばれるくにの、12がつのしゅうかんをべんきょうしていました」

 幼い声ではきはきと答える。

「そして、おそばというものをたべたいとおもいました!」

 その言葉にマテウスは驚きの表情を浮かべ、

「タイミングがよかったな。今日、その日いづる国からこの国の占い師を紹介してほしいと大使がきていてな。不思議なものをくれたのだ」

 またドアをノックする音が聞こえた。

 侍女がワゴンの上に砂時計とポットと2つの容器をのせて部屋に入ってきた。

「日いづる国では、お湯をいれると、食事ができあがるという物があるそうで、献上してくれた。その中に、蕎麦、という物とうどん、という物があった」

 マテウスはトゥイーリを下ろすと、ワゴンの上の赤と緑の容器をテーブルの上に置いた。

「この緑色のほうが、たぬきそばで、赤いのがきつねうどん、と言っていたな」

 そう説明すると、

「たぬきさん、きつねさんをたべちゃうの?」

 トゥイーリは泣きそうな声でマテウスの服をつかんだ。マテウスはトゥイーリと視線を合わせるため、腰をおとすと、

「トゥイーリ、違うんだよ。たぬき、というのはたとえで、日いづる国の食べ物の天ぷらというものが入っているそうだ。きつね、というのはこれも日いづる国で油揚げと呼ばれる食べ物で、両方とも本物の動物が使われているわけじゃないんだ」

 トゥイーリはその説明を聞いて、ほっとした。その顔を見たマテウスは頭をなでて立ち上がると、

「せっかくだから、ここで食べようと思って持ってきたんだ」

 マテウスは容器の外側にある、透明なものを破り、容器の上の紙を半分剥がした。その中に小さな銀色の袋が入っていて、袋を破り、それぞれの容器にいれて、お湯を注ぐ。

 だだ、緑の容器の蕎麦には透明なものに包まれた黄金色に輝く丸いものがあり、それは食べる時に蕎麦の上に乗せると聞いている。

 砂時計をセットし、砂が落ち切ったあと、最初に緑のそばの容器の上にある紙をすべて取った。


 そして、取り皿を3枚用意し、マテウスが棒のようなものを2本使い、容器の中を軽くかきまぜた後、薄い紫色をした細い蕎麦を器用に分け、黄金色に輝く丸い物はサクサクと音を出しながら切り分けた。

 マテウスとアリスィは並んで座り、トゥイーリは最初にアリスィの膝の上に座った。

「いただきます」

 と3人一緒に声を出し、蕎麦、というものを食べる。

 マテウスは棒のようなもので器用に蕎麦を食べる。次に、トゥイーリの取り皿を持つと少し冷ましてから、トゥイーリの口に運ぶ。アリスィはフォークで蕎麦を絡めて口に入れた。

「トゥイーリ、おいしい?」

 マテウスの言葉に

「うん、おいしい!」

「そして、これが、天ぷらというものだよ」

 取り皿にのせた、一口サイズの黄金に輝く中に赤や緑の物が入った食べ物をトゥイーリの口に運ぶ。

「どうだ?」

「さくさくしていて、えびのにおいがして、おいしい!」

「そうか、よかった」

 マテウスは満面の笑みを浮かべた。蕎麦という物を食べ終わると、次はうどんという物を食べる。

 トゥイーリは今度はマテウスの膝の上に乗り、マテウスが取り皿に分ける、うどん、と呼ばれた食べ物を見る。

 うどんは、白くて、先ほどの蕎麦に比べると太かった。

 アリスィは最初に一口うどんを食べたあと、トゥイーリの取り皿から少しだけフォークに絡めて、トゥイーリの口に運ぶ。

「こっちはどう?」

「こっちもおいしいです!さっきのおそばにくらべて、うどんにスープがついています!」

 アリスィが取り皿の上にのっている茶色の油揚げという物をナイフとフォークで切り分けようとすると、スープがしみ出してきた。

 この国では、スープをしみ込ませた料理がなく、初めてみる料理に目を見張った。

 アリスィは取り皿を口元近くまで持ってきて一口食べると、

「噛むごとに甘いスープが出てきて、おいしいわ」

 と顔をほころばせた。トゥイーリに食べさせようと切り分けた一口を皿ごと口元に持っていき、口に入れる。

「どう?」

 トゥイーリはゆっくりと噛みしめながら、飲み込んだ。

「うん、かむとあまいスープがでてきて、のみこむのがもったいなかった!」

 マテウスも同じ感想のようで、トゥイーリの横で何度も頷いていた。


 初めて食べる、遠い国の赤いきつねうどんと緑のたぬきそばを3人があっという間に完食したころ、トゥイーリは満腹になったのか、すこしうつらうつらとしていた。

 マテウスはトゥイーリを抱っこすると、ベッドに向かって移動した。その後ろをアリスィが追い、ベッドの上の毛布をまくり上げる。

 そこにマテウスはトゥイーリをおろし、毛布を掛けると額に軽くキスをした。

「おやすみ、トゥイーリ」

 アリスィが紅茶を持ってきたので、ベッド近くのソファに腰をおろし、愛娘の寝顔を見ながらしばし穏やかな時間を過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異国の食べ物 高岩 沙由 @umitonya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説