デモニオ&ティエラ

※この二人は「嘘つきな鱗と譲れない翼」の登場人物で、蒼き月夜に来たるシリーズ作品の登場人物ではありません。



 ティエラが目覚めると、なんだかいつもと様子が違った。

 天井? 窓……も、ない?

 寝ぼけ眼で部屋を見渡しても、ベッド以外は何もない。壁にはこれまたいつもの部屋にはなかったドアが一枚ピッタリと閉まっていた。誰かがクレヨンで描いたようにも見える。

 何か文字が書いてあるようでもあるけれど、そのドアの前で座り込んでいる本来の姿のデモニオが気になって、ティエラは彼の傍によって声をかけた。


「デモニオ? ねてる? ここはどこ?」


 肩を揺すると、閉じていた瞳がゆっくりと開いて、爬虫類のような縦長の瞳孔がティエラを捉える。出会ったときは恐ろしかったそれも、今ではすっかりティエラのお気に入りだった。

 ハッとして部屋を見渡し、デモニオは小さくため息をつく。

 角と爪と牙を消して、少しだけ迷ってから、彼はティエラに腕を伸ばした。


「お、おはよう。ティエラ」


 小さな体を抱き寄せて、額に唇を押し当てる。ひやりと柔らかい感触に、ティエラはちょっとだけ身体をすくめた。


「……なに? アンヘルのまね?」


 くすくすと笑うティエラに、ほんのり赤らんだデモニオだったけど、彼女を抱いたまま立ち上がって落書きみたいなドアを押したりしている。


「……ダメか」

「どうしたの? なんて書いてあるの? き……」


 目の高さにきた文字列を読もうとするティエラの邪魔をするように、デモニオが手をついた。


「気にすんな」

「気になるよ!」


 両手でデモニオの手を押しのけていく。


「き……す、を、し……ない、と……?」


 『キスをしないと出られません』

 そう書いてあるようだ。ティエラは首を傾げる。


「アンヘルのいたずら?」

「どうだろうなぁ……」


 なんだか疲れた声に、もう一度首を傾げて、ティエラは小さな掌をデモニオの顔に添えた。

 ちゅっ、とかわいらしい音が響く。

 クレヨンで描いたような扉は、そのとたん音もなく開いて、外から鳥の声が賑やかに聞こえてきた。


「開いたよ。おなかすいたね。……デモニオ?」


 銅像みたいに硬直していたデモニオは、ティエラの声に我に返ると、片手で顔を覆ってしまった。


「……あぁっ。くそっ」

「どうしたの?」

「なんでもねぇ!!」


 部屋を出ると、いつものダイニングキッチンで、朝ごはんが湯気を上げていた。



幼女編 終


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成長編


「でじゃぶっ」


 目を開いて第一印象がそれだった。

 幼い頃に同じ部屋にいたことがあるような。思わず手足を確かめて、ちゃんと成長した自分だと確認する。

 次にドアがあるはずの壁に目を向ける。

 今回はクレヨンで描いたようなドアではなく、写真が張り付いているようだった。

 幼い頃と同じようにデモニオの肩を揺する。同時にドアに書かれた無駄に飾られた文字を読み上げた。


「『キスをしないと出られません』」


 デモニオが飛び起きてティエラを見上げた。

 宝石のような透明感のある黄色に縦長の瞳孔。自分はすっかり大きくなったのに、デモニオは変わらないなとティエラは笑った。


「おはよう。デモニオ」


 少し屈んで牙の見える口にわざと音を立てたキスをする。

 ますます細くなった瞳孔と、色気の悪い肌が首元まで赤く染まったのを見て、ティエラは満足気に微笑んだ。

 音もなく扉は開いて、風が朝ごはんの匂いを運んでくる。


「なにっ……何をすっ……ティエラ!!」

「しないと開かないのよ。前と一緒でしょ?」

「こ……この姿、でっ。あぶ、危な……」

「そんなヘマしません。それに、その姿の方が照れないもの」

「――――!」


 言葉を失ったデモニオを置いて、ティエラはドアを潜る。

 美味しそうな食卓を一瞥してから、窓の外を見上げた。


 ――アンヘルはデモニオと閉じ込められたりしないのかしら


 それから、そんなことになったら一生出てきてくれないかもと思い直して、テーブルについた。



成長編 終

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