テリ&東雲
※この二人は「詐欺師にアップルパイを」という短編のキャラクターで、青き月夜に来たるシリーズのキャラクターではありません。
世の中には怖いものがいくつもあるが、その中の一つが『締切り』だ。
と、もう一時間近くもただにらめっこしている画面に煙草の煙を吹きつけて、東雲はガリガリと頭を掻いた。
ちらりと視線を流せば、応接用のソファでノートパソコンを開き、別の仕事をしているくるみが顔を上げてにっこりと笑う。
「できた?」
愚問だ。彼女は解っていて圧を与えている。
黙って視線を逸らせば、小さな溜息と苦笑が漏れ聞こえてきた。
「応援を呼んだから、頼みますよ、センセ」
嫌味な呼びかけに東雲は眉を顰めたけれど、応援とは何かと聞くために煙草をもみ消した。
タイミングよく、ノックの音がする。くるみが素早く立ち上がって対応に出て行った。缶詰めのための事務所には、基本来客など来ない。訝しむ東雲の耳に「じゃあ、よろしく~」と軽やかなくるみの声が聴こえて、またドアは閉まった。ピコン、と目の前の画面に小さな窓が出る。
『原稿が仕上がって、キスをするまで出られません』
は?と思わず二度見して、声を上げる。
「くるみ、何の冗談だ」
「くるみさんなら、ちょっと別の用事があるって出て行きましたよ?」
本棚の陰から顔を出したのは、女子大生のテリだった。
反射的にノートパソコンの蓋を閉じる東雲を見て、テリはちょっと不服そうに目を細めた。
「見ませんよ。楽しみにしてるんですから、早く仕上げてください!ほら、市販品ですけどおやつ買ってきましたから」
有名なドーナツ店の箱をテーブルに置いて、テリはインスタントコーヒーのスティックを取り出す。
「手作り……じゃ、ないのか……」
うっかり本音が漏れた東雲をちょっと睨んで、テリは腰に手を当てた。
「ご褒美を作りたくなるような傑作が出来上がれば、いいんじゃないですかっ!」
ごもっともな正論に、東雲はちょっと肩をすくめたのだった。
糖分とカフェインを摂取して真面目にパソコンに向き合っていたので、思ったよりも早く原稿は仕上がった。どうだと言わんばかりの東雲のどや顔に、テリはちょっと呆れている。
「やればできるのに……」
くるみに連絡を取ろうと、彼女がスマホを取り出したその時、ピロン、ピコン、と通知音が鳴った。東雲のパソコンとテリのスマホに同じ一文がポップアップする。
『キスをするまで出られません』
思わず顔を見合わせた二人は、同じ一文を読んだと理解する。ほんのりとテリの頬が色付いた。
「じょ……冗談、かな。くるみさん迎えに行ってくる」
そそくさと出口に向かったテリだったけれど、ドアは開かなかった。ガチャガチャいうノブが焦りの音に聞こえてくる。東雲はゆっくりと彼女に近づいて、彼女の手の上に自分の手を重ねてノブを捻った。確かにそれ以上ドアが動く気配はない。
「……テリちゃん、ご褒美……くれる?」
「えっ」
思わずという風に彼を見たその顔を逃げられないように支えて、東雲はそっと口づけた。
バン、とドアが開く。
「はーい!淫
刑事である従兄弟の
# # #
「……なんか、うなされてますけど、起こさなくていいんですか?」
「締め切り直前に余裕ぶっこいて寝てる人間、もう少しうなされればいいと思うわ」
笑顔だけれど、くるみの額には血管が浮いている幻が見える。
差し入れ、とテリが持ってきた手作りのおからドーナツを前に、くるみはコーヒーを淹れていた。逃げ出してないか様子見、とビルの前でテリと鉢合わせた龍琉も、苦笑しながらドーナツをつまんでる。
「起きたら悔しがるだろうなぁ」
解ってて先に手を出すのだから、意地が悪い。
「まあ、でも死ぬ気で仕上げるだろ。テリちゃん、よかったら打ち上げ代わりに一緒に焼肉食べに行く?コージのおごり」
「あー、いいわね!予約入れておこうっと」
「え。大丈夫ですか?」
うなされる東雲を振り返るテリに、彼をよく知る従弟妹たちは「大丈夫」と笑うのだった。
終
※テリは18歳越えてるので淫行にはなりません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます