仕事と恋の狭間で ⑤
「そんなことないと思うけどなぁ。――あ、そういえばもうすぐバレンタインでしょ? 絢乃会長、何か言ってなかった?」
勝手に謙遜し、意気消沈していた僕を元気づけるように、先輩がそんなことを訊いてきた。
「……へっ!? あの……えっと、『手作りチョコ、期待しててね』と。というか、僕からその話題振ったようなもんですけど……」
あれは、絢乃さんが僕に対してお誕生日プレゼントを期待しているような素振りを見せられたからで、僕からチョコを催促したわけではないはずだ。……多分。
「へぇ~~、自分から言ったの? 桐島くん、勇気あるね―」
「……いや、別にそういうわけじゃないんですけど」
ところが先輩は、明らかに面白がっているような、ベタな関心の仕方をした。というか、勇気云々とかの問題ではないと思うのだが。
「まぁ、桐島くんはモテるから。毎年バレンタインにはドッサリ何かもらってるもんね。今年もきっとそうなるよ♪」
「…………はぁ」
毎年、チョコをあまりもらえない同期の男子からは羨ましがられるが、僕はそんなにありがたくなかった。この年は、絢乃さんという本命がいたから余計にだ。
「あ、ちなみに私からはないからね?」
「言われなくても分かってます」
釘を刺した先輩に、僕はブスッと答えた。
そもそも、先輩から義理でもバレンタインチョコをもらったことなんて学生時代から皆無だったし、僕はただの後輩としか思われていなかったことも知っていたから、特にガッカリはしない。
「でも、絢乃さんからは確実にもらえるんだね。よかったじゃん、桐島くん♪」
「はい。……っていうか、『じゃん』はやめましょうよ。先輩、ご自分の歳考えて下さいよ」
「えー? なんでよ? 私まだ若いんだしいいじゃない。――あ、ねえねえ桐島くん。お腹空いてない? これから一緒にゴハン行こうよ。私がおごったげるから」
僕の抗議を軽くいなし、彼女は気軽に僕を夕食に誘った。
「え……、腹は減ってます……けど」
傍から見れば、これはデートの誘いに見えなくもない状況だった。絢乃さんという
……が。
「何をうろたえてんのよ? 何もオシャレなディナーしに行こうって言ってるんじゃないから。行くのはこの近くの牛丼屋さん」
「…………へっ!?」
「私があなたの行きつけのお店、知らないと思った? よく仕事の帰りに、あそこの特盛牛丼テイクアウトしてるの、私も知ってるのよ」
「……ああ。そういうことですか」
何とも色気のない展開に、僕はホッとしていた。これで、絢乃さんに対して負い目を感じる必要もないのだと。
「せっかくだから、ゴハン食べながら可愛い後輩クンの相談に乗ってあげる☆
お姉さんに何でも話してごらん? ん?」
「……はあ」
旧知の仲の先輩に、相談に乗ってもらえるのはありがたい。……が、何だろうか? 兄と接する時のようなデジャビュ感は。
小川先輩、案外兄といいコンビになるかもしれない。――先輩には失礼かもしれないが、僕はこっそりそう思っていた。
****
「――桐島くん、最近どう? 秘書の仕事には慣れた?」
牛丼屋のテーブル席で、僕と向かい合わせに座っていた先輩は、豚丼並盛(+温玉サラダセット)をスプーンでかっこみながら僕に訊ねた。
食べているメニューといい、食べ方といい、まったくもって色気がないのだが、それを美人の先輩がやってのけているからあまり下品に見えなかったのが不思議である。
「ええ、まあ。ボチボチですかね」
僕は特盛牛丼に紅ショウガをたっぷり乗せて箸で食べながら、正直に答えた。
「秘書って覚えること多くて大変でしょ? 私も最初の頃はそうだったなー。逃げ出したくなったことないの?」
「ないです。一度も」
「一度も? そっか、そうだよねー。愛しい絢乃さんのためなら、何だってできちゃうよね」
「…………」
ドヤ顔で放たれた先輩の言葉に、反論の余地はなかった。思いっきり図星だったからである。
「確かに、総務にいた頃より今の方が大変は大変なんですよ。ハードワークだし、絢乃さんの送迎だって秘書の仕事っていうより運転手じゃないですか。でも……、先輩の言うとおりなんです。彼女のためだと思えば、全然苦にならないんです」
「なるほどね、恋のチカラは偉大ってわけだ。……で? あなたは彼女とどうなりたいと思ってるの?」
「どう……って言いますと?」
「そうね……、たとえばバレンタインにチョコをもらったら、お返しはどうするとか。そのチョコ、絶対本命だと思うよ? 間違いない!」
僕は目を見開いた。多分、彼女は直接絢乃さんから僕への気持ちを聞いたことはなかったはずだ。
女性のカンというのは
「……えーっと、ホワイトデーのことは何もおっしゃってませんでしたけど。お誕生日のプレゼントは期待されてるご様子でした」
「あらあら! 好きな人からのプレゼントって、女は期待しちゃうもんよ。桐島くん、責任重大ね」
「先輩……、ヘンなプレッシャーかけないで下さいよ」
僕は先輩を恨みがましく睨んだ。
女性へのプレゼント、にはトラウマがある。学生時代、付き合っていた彼女にプレゼントでドン引きされたことがあったのだ。そのことを、彼女も知っていたはずなのに……。
トップシークレット☆桐島編 ~新米秘書はお嬢さま会長に恋をする~ 日暮ミミ♪ @mimi-3
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