結局あいつが正解
門参。
結局あいつが正解
うまくいかない就活に焦る時期、夕焼けが沈み切った夜道、スーツ姿で僕は歩く。
景色が暗くなった事など気づかぬほど、この先にやるべき事で頭がいっぱいになっている。
周りの内定が決まり、置いてけぼりになるのが怖い。
差をつける為に一年前から就活を始めたのに、全く結果が出ない事が怖い。
疲れてもいないのに足が止まった。
地面ばかり見ていた重い頭をあげると、目の前には街頭の無い夜道が広がっている。
それは己の未来を表すかのようで、無意識に拒んでしまっていたのだ。
少し考え、僕は廻り道する事にした。
ここを右に曲がれば街灯が続き、先にはコンビニがある。
まるで何も考えず漂う蛾のように、少しでも明るい場所を求めていた。
スマホを開き、昔からの友人に報告。
『今日も手応えなしだったわ』
数秒後に返事が帰ってきた。
暇人かと言いたくなるが、あいつは就活を終えた。
やるべき事を終えた人間なのだ。
『ちょっと焦りすぎじゃないか?もっと力を抜けよ』
普通に聞けば励ましの言葉も、大手の内定を取っている人間から発された物だと思うと、皮肉にしか感じない。
『力なんて抜いてる暇がないんだよ』
『まぁ、お前がそう言うならそうなんだろうな。一応朗報待ってるぜ』
「はぁ」
魂が抜けるような大きなため息が出た。
何をやってるんだろう。
ダメだった結果を報告している時点で、励ましを求めていたはずなのに、反発する気持ちになってしまっていた。
「こんな時に力を抜くなんて無理だ。俺は間違ってないだろ」
友人の助言に納得のいかない気持ちで、コンビニに入店する。
こんな事は日常茶飯事で、あいつとは昔からよく反発し合っては、戻る仲だった。
目の前には、カップ麺が並ぶ。
真っ先に目に入ったのは、赤いきつねと緑のたぬき。
ふと見てしまうと、無性に食べたくなる。
「久しぶりに、買うか」
そういえば、この二つについてでも反発した事あったっけ。
中学生、部活帰りのコンビニ。
「やっぱり赤いきつねだよな。僕はうどん派だし揚げが美味いんだよ」
部活帰りの小腹を満たすために、僕は真っ先に赤いきつねを取った。
隣を向くと、あいつが少し不満そうな表情をしている。
「馬鹿言え。美味いのは緑のたぬきだよ。天ぷらがサクサクしてるからな」
全く意味のない反論に僕は少しムっとしてしまった。
「汁を吸った揚げがいいんだよ」
「汁なら天ぷらも吸うぜ。吸った後は柔らかくなって、二つ目の食感が楽しめるから特だ」
「言ってな。僕は一生譲らないよ」
ふくよかな体型で、食べ物の事には自信があるのだろうが関係ない。
それでも僕は、絶対に赤いきつねだ。
思い出に浸りながら、家のドアを開ける。
他愛もなかった小さい頃の記憶は、疲れ果てた今では宝物に感じる。
そういえば、あいつが言うことは正しい事が多い。
僕が何か上手くいかなかった際に、あいつがひょいと反対の意見を出し、簡単に解決する。
そんな感じで何度か助けられた。
「力、抜いてみようかな」
ネクタイを外し、上着をハンガーにかける。
そのまま台所に向かって、先程買ったものを食べる為に電気ポットに水を入れる。
椅子に座って、目をつぶって大きく息を吐いた。
頭の中で、確実にやらなければならない事をだけを揃え、別にやってもやらなくても良いものは、全てやらない箱に入れる。
破裂するほどパンパンに詰まっていた、頭の予定表と心の許容量に余裕ができた。
「結局あいつが正解かぁ…」
先程まで夜の暗闇で光を求めて漂う蛾だったはずの僕。
ほんの少しだけ、太陽の下で花を求めて飛翔する蝶になった気がした。
僕は電気ポットに入ったお湯を「緑のたぬき」に注ぐ。
結局あいつが正解 門参。 @MonsanZ
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます