第3話
「タケオ君、大丈夫?」
目を覚ました時、視界に映ったのは白い天井と、俺の顔を心配そうに覗き込む桃瀬さんの顔であった。
寝かされていたベッドから体を起こして辺りを見渡すと、そこは保健室……ではなく、病院の病室のようだ。
カーテンの隙間から見える外の様子は真っ暗闇で、どうやら気を失っている間にすっかり夜になってしまったらしい。
それにしても、なんだか久しぶりにぐっすり寝たような気がする。これまで毎日休み無しで動いていたからなぁ。
「俺、どうなったの?」
「タケオ君は突然教室で倒れて、この病院に運ばれたんだよ。先生が言うには疲労の蓄積だって。無理したらだめだよ、みんな心配してた……」
やっぱりそうか。
ゲームでも主人公に無理をさせ過ぎると、疲労値が溜まってぶっ倒れるってイベントがあったけど、まさか俺がそうなるとは。
「ほら、もう少し横になっていて」
「……うん」
俺は大人しく横になり、しばらくボーっと天井を眺めた。
シャリシャリと、桃瀬さんがリンゴを剥く小気味良い音が病室に響く。
とても穏やかな時間だ。
色々とやらなきゃいけない事があった気がするけど、まぁ、いいか……。
思えば、今まで俺は何をしていたのだろう。
別に無理して全員攻略なんてする必要なんてなかったじゃないか。
「はい、あーんして」
桃瀬さんが剥いてくれたリンゴを食べながら、俺は初めてカラフルメモリーズをプレイした時の事を思い出す。
あの頃は画面の向こうにいるヒロイン達の一挙一動にドキドキし、エンディングが近くなると寂しくて仕方がなかった。
そして『俺もこんな恋愛がしたい』『俺も誰かを幸せにしたい』なんて事を思っていた。
でも、今の俺はどうだろう。
ギャルゲーの世界に来た事で舞い上がって、勝手に主人公を敵対視して、毎日をスケジュールと時間に追われて過ごし、せっかくのヒロイン達との時間を全然楽しめていなかった。
それぞれが魅力的で素敵な女の子達を能力と情報で手玉に取り、調子に乗って何股もかけたりしていた……。
俺は最低な男だ。
よし、決めた。
みんなにこれまでの事を謝ろう。
殴られても軽蔑されてもいいから、全てを話して一から始めよう。
高校生活はまだ二年も残っている。
その間にちゃんと一人の女の子を好きになって、振られてもいいから誠実な恋愛をするんだ。
「あ、忘れてた! タケオ君、ちょっと手ぇ貸して」
「ん? 何?」
カシャン
無機質な音と共に、俺の左手首に固く冷たい感触が触れる。
見ると左手には手錠がかけられており、手錠の反対側はベッドの手すりと繋がっていた。
「え? ちょっと、何これ!?」
俺は手錠を外そうとするが、ただガチャガチャと音がするだけで外れる気配は無い。
「私ね、ずっと見てたんだ。タケオ君が誰と仲良くして、何をしているのか……。タケオ君の事、大好きだから」
桃瀬さんは動けない俺の頬を愛おしげに撫でる。
なんだこのイベントは!? どうなっているんだ!?
桃瀬さんの告白イベントはこんなんじゃなかったはずだ!
「始めはショックだったけど、タケオ君が頑張ってるのを見ていると何も言えなかった。いつかタケオ君の目が覚めて、私だけを見てくれるんじゃないかって思ってた」
「も、桃瀬さん! それは本当に悪かったと思ってる! だからこの手錠を外してくれ!」
「でもね、それは私だけじゃなかったんだ」
病室のドアが開き、人影が中にゾロゾロと入ってくる。
それは、俺がこれまで攻略を進めていた全ての女の子達だった。
桃瀬さん、赤城、黄島、緑川さん、橙坂、青山さん、紫原先輩、白井先輩、黒部先輩、アイボリー、紺野先生。
総勢十一人のヒロイン達がベッド上の俺を取り囲む。
「みんなタケオ君の事が大好きだって言うから、ちゃんと話し合ったの。だってタケオ君みたいな素敵な人を誰かが独り占めするなんて良くないでしょう? それでね、話し合った結果、みんなでタケオ君を手伝おうって事になったんだ」
「……手伝う?」
桃瀬さんは一体何を言っているのだろうか……。
「タケオ君は毎日私達とお話ししたりデートをするために頑張り過ぎて倒れちゃったでしょう? だから、これからはあちこち行ったり来たりしなくてもいいように、私達が毎日ここに来てタケオ君のお世話をしてあげる事にしたんだ」
なんだって!? 冗談じゃない! 俺はペットじゃないんだぞ!
「どう? 一石二鳥ですっごくいいアイディアでしょう? ここはね、青山さんのお父さんが経営していた廃病院だから、私達の仲を邪魔する人も来ないんだよ」
「ま、待ってくれ! 今までの事は謝る! 謝るから!」
なぜだ……どうしてこうなった!?
俺が全て悪いのか!?
こんな事なら初めからヒロイン全員攻略なんて目指さなかったのに!
頼む、もう一度やり直させてくれ!
せめて元の世界に帰してくれ!
「……タケオ君、愛してるよ」
「んんっ!?」
涙目になっている俺に桃瀬さんがキスをする。
柔らかく、温かなキスを。
そして、それに続いて他のヒロイン達も次々と———
「愛してるぞ」
「愛してるよぉー」
「愛しています」
「愛してるからね」
「愛してるでなぁ」
「愛していますよ」
「……愛してる」
「愛してるからな」
「愛してマース」
「愛してるわよ」
頭に浮かぶ好感度情報は皆MAXを通り過ぎ、振り切れている。
待て! 嫌だ! こんなエンディングは嫌だ!
誰か、誰か助けてくれ!
なす術のない俺の脳内に、カラフルメモリーズのエンディングテーマが流れ始めた。
〜♪
『色とりどりの想いがあなたの日々を染めてゆく
私の心はあなた色に染まってゆく
明日の私はどんな色に染まるのだろう
期待と不安のパレットに並ぶのはどんな色?
真っ白なキャンパスに描かれる青春を駆けてゆく
今日も、明日も、明後日も、いつまでも
別れの日はまだ来ない
さぁ、絵筆を取って、あなただけの恋を描こう』
☆
あれから長い月日が流れた。
俺が目を覚ますと、すぐ隣ではあの頃と変わらない姿の桃瀬———いや、春香が花瓶の花を替えていた。
「春香……」
呼びかけると、春香はこちらを見て微笑む。
「また間違えた。ひいお爺ちゃん、私は春香ひいお婆ちゃんじゃなくて陽香だよ」
あぁ、そうだった。春香は去年の暮れに……。
窓の外に目をやると、数十年前までは駐車場だった広い公園では、様々な年齢の子供達が遊んでいる。
その全てが、俺と血の繋がった子供達だ。
あれから色々あったが、俺は幸せな人生を送ってきたのだろう。今こうして沢山の孫やひ孫達に囲まれて暮らしているのだから。
俺の左手にはめられた手錠の反対側は、もう何にも繋がれてはいない。それでも俺が手錠をはめ続けているのは、それが彼女達との絆だからだ。
「ねぇ、私ね、パレット学園の高等部に合格したんだよ。来年からひいお爺ちゃんの後輩だね」
「そうか、良かったなぁ」
「私もね、ひいお婆ちゃんみたいに高校で素敵な人を見つけるんだ。ひいお爺ちゃんみたいな素敵な人を」
「そうか———」
頑張れよ、と言おうとしたが、俺の口は動かなかった。
なんだか、酷く眠い———
そうか、長かったエピローグがようやく終わるのか。
「……ひいお爺ちゃん? ねぇ、ひいお爺ちゃん!」
薄暗くなってゆく俺の視界に『Happy end』の文字が浮かび上った。
ギャルゲーの友人ポジションに転生したので、全ヒロインを最速攻略する! てるま@五分で読書発売中 @teruma
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