第2話
あっという間に季節は移り変わり、九月になった。
順調に女の子達の攻略を進めている俺はこの夏、現時点で攻略可能なヒロイン十一人の水着姿を見るために、海に五回、プールに六回も足を運んだ。そのせいで全身は日焼けで真っ黒になり、遊ぶ金を稼ぐ為に短期バイトもしたために、学校がある時の倍は疲れていた。
しかしお陰でいいものも見れたし、これはこれで良しとしよう。
とはいえ、流石に十一人一斉攻略はやっぱりスケジュール的にキツいなぁ……。しかも来年は紫原先輩が卒業するとはいえ、更に二人の後輩キャラが入ってくる。再来年になれば更にもう一人入ってくるが、今二年生の先輩キャラ二人が卒業するから少しは楽になるかな?
いや待てよ……。
ゲームでは相手から告白を受けてOKの返事をすれば、その場でキスをしてエンディングを迎えるけど、この世界ではそうもいかない。付き合ったらその先があるのだ。という事は、俺は最大で十四股をしなければいけないのか!? これはヤマタノオロチが猫の手も借りたくなる人数である。
いっその事何人か切り捨てるか?
だとすれば、まず週一で図書室に通うだけで勝手に攻略できる緑髪メガネ三つ編みの不人気ヒロインの緑川さんは確定として……。いや、でも緑川さんは脱いだら意外と凄いんだよなぁ……。
俺が自分の席でうんうん唸っていると、誰かが肩を叩いてきた。
主人公の野郎だ。
因みにこいつはああああ・ああああというふざけた名前らしい。
「横山君大丈夫? なんか悩んでるみたいだけど」
「な、なんでもねぇよ」
こいつののっぺらぼうフェイスは相変わらず慣れない。
「そう? 何か悩み事があるならいつでも相談に乗るから言ってね」
ちっ……いい子ぶりやがって。
てめぇには一人も回さねぇからな!
「ねぇねぇ横山君、昨日のテレビ見た?」
「横山っち〜! 来週映画見に行こうよ!」
「横山さん、先日お貸しした詩集は読んでいただけましたか?」
くそぉー、モテる男は辛いぜ!
☆
「タケオ君、最近私の事誘ってくれないね……」
十二月の半ばに喫茶店で紅茶を飲みながらそう言ったのは、カラフルメモリーズのメインヒロインである桃瀬春香だ。
クリスマスイベントは彼女と過ごそうと思い、その下準備としてデートに誘ったのだが、なにやら機嫌が悪そうである。俺の能力は好感度などのデータはわかるが、心の中までは読めないのだ。
「そ、そうかな? ちょっと最近忙しくてさ」
「なんか色々な女の子と遊びに行ってるみたいだけど、それが忙しいって事?」
「ち、違うよ! やだなぁ、確かに女の子と出かける事はあるけど、それは委員会の打ち合わせだったりとかそういうのだよ!」
「保険の紺野先生と休みの日に二人でいるの見たって友達が言ってたんだけど……」
因みに紺野先生は二十四歳独身で、まるでアダルトな映像作品に出てくるような、いつも胸がはだけている保険の先生である。
「あ、あれはたまたま町で会っただけだよ!」
「ふぅん」
攻略の難しい桃瀬さんと異例の早さでデートできるようになったはいいが、全員攻略を目指す俺のキャパシティは早くも限界を迎えようとしている。彼女達を落とすのは容易いが、単純に時間が足りないのだ。
土日祝日の休みを全てデートに当てても、一人とデートするのは月に一度が限界だし、放課後はイベントをこなすのでいっぱいいっぱいだ。
嫌われないためには勉強も運動もある程度は頑張らないといけないし、金のためにバイトもしなければならないし、更には彼女達の好きな本やCDや映画も内容をチェックしなければならない。
彼女達と過ごす時間は楽しいけれど、これは流石にしんど過ぎる。これではブラック企業ならぬブラック恋愛だ。
「横山君はクリスマスは誰と過ごすの?」
よしよし、ようやく本題に入ってくれた。
やっぱりクリスマスはメインヒロインと過ごさなきゃな。
「桃瀬さん、良かったら俺と一緒に……」
言いかけたその時だ———
「OH! 桃瀬サン、横山クン、奇遇デスネー」
俺達に声を掛けてきたのは、たまたま同じ喫茶店に来ていたらしい留学生ヒロインのエレナ・アイボリーであった。まずい! このパターンは……
「お二人トモ、クリスマスの予定はお決まりデスカ?」
「え? 私はまだ何も決まってないよ。横山君はわからないけど……」
「では桃瀬サン、家でパーティーをやるので、良かったら来てくだサーイ!」
「え? パーティー!? うわぁ、楽しみだなぁ」
あー、やっぱり! やっちまった!
アイボリー家でのクリスマスパーティーは一年目の確定イベントとはいえ、まさかこのタイミングで誘われるとは思わなかった。これでは二人きりのクリスマスが過ごせないではないか……。
俺がショックを受けていると、エレナが俺の耳元で囁いてきた。
「……ダーリンももちろん来ますヨネ?」
もちろん俺はエレナとのイベントもある程度こなしており、親密度もかなり高い。
行くよ、行きますよ! まぁ、ヒロイン達に囲まれてのクリスマスも悪くはないだろうしな。
ただし、パーティーは夜からだから、午前中に演劇部の白井先輩のチャリティー公演を観に行って、昼に黒部先輩と炊き出しのボランティアに参加してからだな。あ、その合間にケーキ屋でバイトをしてるアルバイターキャラの橙坂の様子も見に行かなきゃ。これはハードなクリスマスになりそうだ……。
☆
クリスマスとお正月という怒涛のイベントコンボを切り抜け、冬休みが明けると、あっという間に二月になった。因みに俺は全員の晴れ着姿を見るために三ヶ日で十一回初詣に行き、巫女さんのバイトをしていた橙坂に不審な顔をされた。
バレンタインチョコの食べ過ぎで糖尿になりかけの俺は、相変わらずデートやイベントをこなしながら忙し過ぎる日々を送っている。
食堂で死んだ目をしながらウドンを啜っていると、
「よ、横山君、大丈夫かい? 顔がヤバい事になってるけど……」
ああああが声を掛けてきた。
まぁ、ああああが心配するのも無理はないだろう。
もはや何のためにこんなに頑張っているのかもわからない俺の目の下からは、もうしばらく深いクマが取れておらず、日々どんどん濃くなってゆく。まるで天然歌舞伎役者のような様相だ。
「大丈夫……全然大丈夫……」
というかなぜだ!? なぜ俺がこんな有様なのに心配してくれるヒロインがいないんだ!? みんなの好感度はもうMAXまで上げているし、頬を赤く染めながらイチャイチャもしてくれるが、俺の心配をしてくれるのはなんでライバルであるああああだけなんだよ!?
「ねぇねぇ、タケオっち聞いて聞いてー!」
教室に戻り、グッタリしていた俺の席までやってきたのは、元気印の天然キャラである黄島のえるだ。
「のえるねー、この前ねー、学校帰りにねー、ハンバーガー屋さんでねー、あ、駅前の方のハンバーガー屋さんね。でねー、あ、そのハンバーガー屋さんに行く前に二丁目の交差点でー、あれ? 三丁目だっけ? まぁいいや! でねー、交差点にかわいいワンちゃんがいてねー、のえるが触ろうとしたらねー、あ、野良じゃなくて飼い主さんが散歩させてたんだよ。でねー、あ! 違う違う! ワンちゃんの話じゃなくて、駅前のハンバーガー屋さんでねー————」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
なんでこいつは明らかに憔悴している俺にこんなクッッッソつまらない話を延々と聞かせてくるんだ!? 新手の拷問か!? サイコパスなのか!?
知り合った頃はそんなヤマもオチもない話も可愛さ補正で楽しく聞いていたけれど、聞けば聞くほどこいつの話はつまらなくなってゆくのだ。
ゲームでは黄島が話し始めると途中でカットされて、『その後も俺は黄島と楽しく会話をした』ってテキストが出ていたけど、まさかこんな苦行に耐えていたとは思いもしなかった。
「でねー、のえるはねー、ポテトを頼んでー」
「なぁ黄島、俺ちょっと疲れてるからその話は……」
「ジュースはオレンジジュースにしてねー、席を探したんだけどー」
「おい、黄島、黄島のえる」
「中々席が空いてなくてねー、二階まで行ったらー」
「ホントいい加減にしてくれよ……」
その時、黄島の声音が変わった。
「タケオっちが赤城ちゃんと二人で仲良くハンバーガー食べてたんだよねぇ」
「……え?」
「その日はねー、のえるがタケオっちと遊びたいって誘ったのにー、『大事な用事があるから』って断られた日だったんだけどー、どういう事かなぁー? タケオっちは赤城さんとお付き合いしてるのぉー? のえる知りたいなぁー。しりたいしりたいしりたい焼きー♪ なんちゃって!」
いつものクソみたいなダジャレをこういう時に平然とぶち込まれると、逆に恐怖すら覚える。黄島はいつも通りにニコニコ笑っているが、その目は微塵も笑っていない。
「あー、その日は委員会の打ち合わせで……」
「あれー? タケオっちは美化委員で、赤城さんは放送委員だよねぇー? おっかしいなぁー」
くそッ、間違えた! 疲労で頭が回らん! 何か……何か上手い言い訳を……
「ねぇねぇー、タケオっちー、教えてよぉー。ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇー!!」
「だ、だから……うっ!」
プツン
その時、俺の頭の中で何かが切れた感覚があり、意識が闇に呑まれた。
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