第4話:悪役令嬢、アイドル事務所を設立する

 謁見はあっさり許可された。

 既に根回しが済んでいるというのもあるが、私の父が皇帝派の重鎮というのが大きな理由だろう。


 だが、あくまでもプライベートな会合という体裁だ。

 皇帝は、いくつかの書類を読みながら私とラビリスに応対した。


 彼からは披露の色が濃く見える。

 確か今の時期は、隣国との不和が少しずつ出始めている頃だったはずだ。

 原因は、大規模な飢饉、だったか。


 解決の手段は無い。

 ここから泥沼が始まり、私もラビリスも否応なしに巻き込まれていく。


 だからこそ、今、ここで勝負を決める。


 ラビリスを本格的に騎士の道に進めては駄目だ。

 強すぎて手がつけられなくなって最終的に私が死ぬ。

 なんとしても、ラビリスを今! ここで! 堕落させるのだ!


 しかし、あっと思ったときには既にラビリスは皇帝のもとに駆け寄ってしまっていた。

 こ、こいつ、今足音しなかったぞ……!


「お父様っ、ラビリスはただいま戻りました」


 すると、皇帝はラビリスを一瞥し、うんうんと笑顔で頷いた。


「学校の方は、楽しんでいるようだな」


「はいっ。でも、少し大変なことになってしまって……」


 ま、不味い、完全に主導権を握られる。

 ええい臆するな、失敗したってどうせ三十五回目が始まるだけだ! 南無三!


「お久しぶりです、バルタザールおじさまっ」


 元気の良い年頃の娘を装って、私は砕けた口調で言った。


「うむ、ミュール家のフリーダ嬢に合うのは随分と久しぶりだ」


 皇帝は少しばかり苦笑してから、困ったような顔になる。


「他の者たちから聞いている。随分と変わったことをしているようだが」


 さて、ここからだ。


 ラビリスの狙いは、わかっている。

 私が集めた他の子たちを、排除したいのだ。

 私と二人だけで、世界を取りたいのだ。


 案の定、ラビリスはすぐに口を挟んできた。


「そうなのです。わたくし、フリーダ様の曲にとても感動して、せっかく素敵な歌を歌えると思ったのに……」


 そうして規模を小さくするなら、私とラビリスの二人だけの発表会ならば良いだろうという方向に持っていこうという算段。見過ごすわけには行かん!


「おじさま。私は、新しい産業を作りたいと考えています」


 一瞬、皇帝は怪訝な顔になる。

 その隣にいたラビリスは、息を呑み、すぐに私の意図に気づいたようだ。


 いやぁほんと凄いなこいつ。

 だってもう、負けを悟ったような顔してるもん。

 そして次の戦いで勝つこと考えてる顔してるもん。

 怖~。

 でも今は皇帝を説得するのが大事だし、とりあえず無視しとこ……。


「おじさまは、ラビリスさんが学校でとても人気があるってご存知ですか?」


「う、ん? そうだな。耳にはしている」


「男の子にも、女の子にも人気で、ラビリスさんに会いたがる子が本当に多いんです――なので、今度からお金を取ります」


「むう……」


 皇帝が難しい顔で唸る。

 私は更に続けた。


「酒場で歌う吟遊詩人の、更に更にその先だと思ってください。お酒を飲むついでに歌を聞くんじゃないんです。私たちの歌を聞くためだけに足を運ぶようにさせる――。これが、私の掲げる新しい産業です。今そこにある、だけどまだそこまで価値があるとは思われていないものに、大きな大きな価値を、私たちで作ります」


 おそらく、皇帝は既に経済の算段に移っているはずだ。

 三十三回とも結構優秀な人だったのだから、わかる。


 皇帝は沈黙し、一枚の羊皮紙に視線を落とした。


「……既に、反対していた者たちの説得は終わっているようだな」


「マティウス君とクロード君が味方をしてくれました」


「……であれば、こちらで差し止める理由は無いわけだ」


「はいっ。ですので、最後にバルタザールおじさまにも許可と、出席をお願いしに来ました」


「……予定は詰まっているのだがな」


「では遅れても良いので、遠くから立って見てください。ラビリスさんの晴れ舞台でもありますので」


 皇帝は一度だけ苦笑すると、深く頷いた。


「――うん、わかった。時間は作ろう」


「まあ、本当ですかお父様っ。ではすぐに準備に取り掛からないといけませんね。……今回はみんなで歌う形になりましたけど、歌にはいろいろな形がありますし。いつか他の形もチャレンジしてみたいですわね」


 そうして、内側から徐々に徐々に他のメンバーを排除していこうという魂胆。このフリーダの目は誤魔化せんぞ!


 馬鹿め! ラビリス! お前に次の勝負などは無い! 私が本当に賭けたのは、ここからだ!

 勝負は今、ここで決める!


「では、おじさま。――ラビリスさんを私にくださいっ」


 皇帝が咳き込み、ラビリスがぎょっとして目を見開いた。


「これから忙しくなります。チームの中心のラビリスさんとは、密な連絡を取り合わなければいけないんです」


 皇帝は困惑して問う。


「だ、だがなフリーダ嬢――」


「はっきり言うと、ラビリスさん以外では駄目なんです。今の人数は十三人。だけど、あの子達はラビリスさんが目当てだったり、自分の可能性を見つけようとしていたり――」


 それは、良いことだと私は思う。

 みんなそれぞれつらい思いがして、認められない部分があって、そこに私が手を差し伸べたのだから、すがりたくもなるだろう。

 でも、違うのだ。

 彼女たちと、ラビリスでは決定的な違いがある。

 それは――。


「ラビリスさんは、私が大好きな曲を、好きだと言ってくれたんです」


 即ち、音楽性の一致!

 あのバンドもそのバンドも音楽性の不一致で解散している中、この異世界で巡り合った音楽性が一致した相手!


 それがこのラビリスとは何たる因縁かと思わないでもないが、それもまた良し!

 やったろうではないか!

 こちとら三十三回ギロチンで首落とされとるんだぞ!


「だから、ラビリスをください。具体的には、うちの屋敷で寝泊まりして。毎日歌の稽古を受けてもらいます。あ、もちろんちゃんとした部屋です」


 後は、皇帝の目をまっすぐに見るだけだ。

 さあ、どうする皇帝!

 私は知ってるぞ!

 お前の初恋が! 私の母親だってこと!


 ラビリスの表情に焦りの色がにじむ。

 だが、今言うべき言葉に迷っているようだ。


 ははは、それがお前と私の違いだ!

 お前は何もかもに完璧を求める!

 他人にも、自分にも!

 だから想定外に対しての判断が遅いのだ!

 私は違う! ある程度計算したら後は野となれ山となれで突撃することだってある!

 今みたいに!


 ややあって、皇帝はたじろいだように私から視線を外し、天井を仰ぎ見た。


 どうだ!? やったか――!?


 皇帝が言う。


「ラビリス」


「……は、はい。お父様」


「そう言えば、留学をしたがっていたな?」


 ――これは来たぞ。


 ラビリスは目に見えて狼狽し始める。


「で、ですが、それは、ええと……」


 馬鹿め! 勝った! お前は家族の前ですら猫をかぶり続けた結果、ここで嫌だと言えない縛りを自分自身で作ってしまったのだ!


 トドメだ、死ねィ!


「じゃあ、おじさま! 良いんですね! やったー! ラビリス、これからよろしくねっ!」


 私はラビリスに駆け寄り、その細い指をぎゅっと握りしめた。


 皇帝は穏やかに、しかし娘を見送るようなさみしげな笑みを浮かべ、言った。


「これも経験だ、ラビリス。お前の人生が、実りあるものであることを祈っているよ」


 もはやラビリスは折れる他無く、少しばかり表情を引きつらせながらも笑顔で私に言った。


「わ、わたくしも、嬉しいですわ。これから、よろしく……お願いしますね」


 やっべ、最後ちょっと怖かった……。


 ※


 発表会の準備は着々と進められた。

 最後のリハーサルも終え、私たちは私たちの戦場へと向かった。


 親と友人のコネを山程使った結果、席は満席だったがそれは別に良い。

 人を集めることは金と権力さえあればできるが、感動させられるかどうかは努力と感性と僅かな天運だと私は思っているのだ。


 できることはやった。

 練習内容に関してはぶっちゃけ妥協の方が多かったけど、それでもラビリスは笑顔でブチギレながら見事にぱっと見まともで可憐な新生聖歌隊を作ってくれたのだ。


 ……私も大変だったが、ラビリスも大変だったろうな。

 でも容赦はしないぞ。


 私はピアノを担当することになったが、他の楽器はタンバリンくらいだ。

 後は、手拍子とリズムでいくしかあるまい!


 ラビリスには、いつボロが出るかもわからない聖歌隊の面々の正面に立ち、指揮者として立ってもらう。

 客席に背を向けることになるが、致し方あるまい。


 発表の時間が迫る。

 ――さあ、勝負だ!



 全ての準備が整い、最初は緩やかなテンポでこの世界の神々を称える聖歌を、私が集めたアイドルたちは見事に歌い上げた。


 ちらと視界の端で捉えた教会側の人間は、満足げに頷いている。

 ……すまんな教会側さん。

 今からちょっと裏切る。


 私は一気にアップテンポの曲を弾き、ラビリスも、アイドルたちも皆それにしたがった。


 ピアノのミュージックがテンポ良く踊ると、アイドルたちも身振りを加えて愛らしく歌う。


 ……いやぁこの曲作った人凄いわ!

 どうだラビリス、歌ってて思わないか?

 お前よりも、遥かに、遥かに凄い人たちが世界にはたくさんいるんだぞ!


 気がつけば、教会の外からでも歌を聞こうとする学生たちで溢れ、私たちの歌は大成功だった。


 学生たちと立ち見をしていた皇帝は笑っていた。

 厳格な教会関係者は苦い顔をしていたが、それでもより多くの人々が熱狂し、万雷の拍手を送れば、彼らも渋々ながら受け入れざるを得ない。

 パワーバランスは大きくこちらに傾いたのだから。


 そして、私は既に次の目標を見出していた。

 ……ギルドを作ろう。

 戦士ギルドでも、魔術師ギルドでも、ましてや商人ギルドでもない。


 私が死なないために!

 私が生き残るために!


 アイドルギルドを、作るのだ!

 さすれば、勝てる!


 そうして、私はラビリスたちを連れ、ギルド新設に向けて動き出したのだった。


 やがてアイドルギルドは世界から注目の的となったり、あらゆる種族の男女が集ったり、歌だけで無く演劇にまで手を伸ばしたり、ギルドの方向性を巡ってラビリスと歌で対決したりするのは、また別のお話……。

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崖っぷち悪役令嬢閃く『敵の聖女をアイドルにしてしまえ!』 清見元康 @GariD

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