第3話:悪役令嬢、アイドルの父に邪魔される
「……やっべぇ、来月の末とかにしときゃ良かったわ――」
自室に戻った私は頭を抱えた。
考えてみれば何も解決していない。
それどころか時間を無駄にしただけだ。
良い曲が多すぎてどれに絞ったら良いかわからないという悩みに対して、全部良いので全部やろうと返されただけなのだから。
「……結局、私がやるしかないか」
構成も考えなければ。
実際、ポップな歌や音楽は文化が遠すぎて、良い悪いの前に理解がされないだろう。
少しずつ、少しずつ、削り取るように観客を此方側へと引きずり込まねばならない。
貴族の受けが良いだけでは駄目だ。
大衆も巻き込まなければならない。
そして何より、私とラビリス、二人のチームでは駄目だ。
たぶん、最終的に全部ラビリスが持ってって今回の三十四回目も同じ結末になる。
……そうだ、グループだ。
二人だけではなく、アイドルのグループを結成するのだ。
できれば十人は超えたい。
いや、待て!
そうなると一週間でそもそも概念の無いポップな曲と楽器の弾き方諸々教え込むの無理だ!
あ、やっべ、詰んだか?
……今回早かったな。
いやいや諦めるな。
何か、良い案が私の記憶のどこかに転がってるはずだ。
楽器はおそらく私とラビリスの分だけ。
グループ、十人以上。
実力は一週間程度の付け焼き刃……。
……場所は、学校の敷地内にある教会だったな。
…………おっ?
なんか、あるぞ!
よし、これで行くか――!
※
次の日から、私は学園を駆け回った。
人、人、人、とにかく人を集めなければならない。
優秀な人材を求めているわけでは無い。
多少性格に難があろうとも、実力が不足していようとも、個性的なメンツが必要なのだ。
すなわち、スター性!
既に目処はたっている。
何せ、私は三十三回もやり直しをしているのだ。
そりゃもう良い意味でも悪い意味でも濃いメンツは山程知っている。
将来ラビリスの側近になって私を殺しに来るやつ。
ラビリスの狂信者みたいになるやつ。
十回くらいラビリス側について、五回くらい私側について、他はなんか山ごもりとかしてたらしいやつ。
とにかく私はいろんな人たちに声をかけ、ラビリスを中心に教会と神々を称える聖歌隊を作ろうと思うの! と適当に嘘をついて人を集め続けた。
そして人が集まり、偽装聖歌隊の練習が始まり、あっという間に一週間が経過し、さあいよいよ明日は発表会だ!
……となった辺りでラビリスの父、皇帝バルタザールから発表会の中止が言い渡された。
※
「こうなったかぁ……」
中止になった理由はなんとなくわかっている。
つまるところ、個性派を集めすぎたのだ。
皇帝支持派、反対派、教会派、反教会派、それどころか平民の出すらもごちゃまぜになったこの聖歌隊は、おそらく皇帝がというよりも他の貴族界隈から様々な注文をされたのだろう。
つまり、『ああもうめんどくさい! じゃあ中止!』というやつだ。
だが、私はこうも考える。
おそらくそれぞれの派閥は皆条件をつけて賛成の立場を取っているのではなかろうか。
何せ、私は三十三回も繰り返しているのだ。
ある程度なら誰がどういう考えで動いてるかなどわかってしまっている。
現時点では、それぞれの派のトップや構成メンバーはそれなりに寛容な面々が揃っているのも知っている。
だから多少の無理は通るだろうと私は強気で人集めをしたのだが――。
……当てが外れた、というわけでは無いはずだ。
即ち――。
「本当に残念ですわ。このようなお達しが来てしまうなんて」
黒幕は、こいつだろう。
ラビリスがほんの少しだけ、貴族たちを煽ったのだ。
このままでは、大変なことになるかもしれないぞ、と。
理由はわかる。
私が集めた面子のことが気に食わないのだろう。
ラビリスは、本気で私と二人のチームを組むつもりだったはずだ。
……実際、練習は大変だった。
私とラビリスの二人なら、本当に彼女が最初に言った通り一夜で曲をマスターして、立派な発表会ができていただろう。
だというのに、人をいたずらに増やし、クオリティを遥かに遥かに落としている……ようにラビリスには見えているはずだ。
……おそらく、ここが分水嶺だろう。
過去、三十三回の私は、結局ラビリスに振り回されてしまった。
敵としても、友としても、翻弄され、結果的に全てが後手に回ったのだ。
だから今回は、私が振り回してやる。
私が上、お前が下だ――!
ラビリスが私にふわりと微笑んだ。
「どうしましょう? わたくしがなんとか父を説得してみましょうか?」
だが、その微笑みには冷徹の色が見えた。
主導権の奪い合いだということは、ラビリスも理解していよう。
私はため息をつき、言った。
「聖歌隊のリーダーには、今日もみんなの練習に付き合って貰わないといけないでしょ?」
だがその一言が、ラビリスの逆鱗に触れた。
彼女は乱暴に私の腕を掴み上げ、息がかかるほどの距離で言った。
「――このわたくしに、有象無象の尻拭いをしろと言うか」
「私の前で猫被んのやめたんだ?」
臆せず言ってやると、ラビリスはわずかに怯んだ。
その隙に私は彼女の手を振りほどき、逆に腕を掴み上げてやった。
「私はこれに命賭けてんの」
「――ですから、わたくしならこの事態を収拾できると言っているのです。だと言うのに、フリーダ様はくだらない感情で全てをふいになさるおつもりで?……もう一週間も時間を無駄にしています。――わたくしと、貴女の二人でしたら今頃はとっくに……」
私は、彼女を鼻で笑った。
「浅はか。ラビリスにできることは、みんなにだってできる」
嘘だ。
できるわけがない。
というか私にだって無理だ。
だが、私には名だたる偉人たちと、文字通り死にものぐるいでかき集めた三十三回分の経験がある。
知識がある。
アイドルは歌だけでは無い、演奏の上手さだけでは無い。
何よりも、ありとあらゆる仕草、一挙一動が生み出す愛らしさが必要なのだ。
そして、ラビリスはまだそこに気づいていない。
まだ、実力で相手をねじ伏せることしか考えていないのだ。
だから、私は勝てる!
突然、ラビリスがぱっと私の手を振り払い、いつもの猫かぶった様子に戻った。
――来たか。
部屋の扉が開かれると、やってきたのはマティウスだった。
「フリーダ、言われた通り誓約書をもらってきたよ」
ラビリスが一瞬息を呑む。
マティウスは、私に一枚の羊皮紙を見せ、楽しげな笑みを浮かべた。
「楽しかったよ。反教会派の人たちってみんな真面目で、僕の話をきちんと聞いてくれてさ」
人は、信じたいものを信じる。
正しさでは無い。誰が言うかで物事は決まるのだ。
そして組織が大きくなれば、いつの世も裏切り者は出る。
私はそれが誰なのかを、既に、知っている。
今回は、その裏切り者にとりなして貰ったのだ。
ふふ、十二回目と二十三回目は本当に煮え湯を飲まさえたが、状況が変わればこちらのものよ!
反教会派の裏切り者には、これからも使い倒させてもらう!
間髪を入れず、ラビリスが嬉しそうな表情を作り言った。
「まあ、本当ですか!――ああ、でも他の方たちがまだ反対していましたね。わたくしったらつい……」
「それも大丈夫。彼らの方からも少し歩み寄ってくれるってさ」
ラビリスは微笑みのまま、
「――そう。良かった」
と述べただけだ。
そして――。
また扉が開かれ、今度はクロードがやってきた。
「すまない、遅くなった」
「ンっ! で、成果は?」
「全く。大変だったんだぞ?」
「それで?」
「でもまあ、反皇帝派とか言われてたって結局は元騎士団の連中が多いんだ。それなら、最後はコレだろ」
と、クロードは得意げな顔で己の拳をぐっと前へ突き出した。
言われたことしかできない無能。
しかしそれでもエリートはエリート。
言われたことなら完璧にこなすのがクロードという男なのだ。
ていうか単純な戦力だけならこいつたぶんラビリスの次に強い。
「怪我はさせてないでしょうね?」
「人死は出してない。――そりゃ、少しくらいは痛い思いはしたはずだけど……流血だってしてないはずだ」
「ン、結構。信じたげる」
「それにしても、キミ凄いな。ちゃんと言われた通りの連中がいてさ。――兄上がうちの騎士団の軍師に是非って言ってたけど、どう?」
「却下。ああ、でも考えとくって伝えといて」
「はいよ、了解」
ラビリスは、氷のような笑みをクロードに向けているが、彼がそれに気づくことは自分が捨てられるその時まで決して無いだろう。
そして私はラビリスに向き直り、言った。
「私はこれからバルタザール陛下のとこに向かうけど、アンタはどうする?――聖歌隊の皆のとこに行く?」
最後の言葉には少し嫌味を込めてやった。
案の定、ラビリスは微笑みを鋼のようにまとったまま、
「……では、わたくしも父の元に参りますわ」
と無機質な声色で言った。
さあ、気合を入れろ。
私は今度こそ、勝つ!
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