第2話:悪役令嬢、初めて勝って浮かれる

 その日、授業を終えた私はラビリスの元へ走り、


「じゃあ私、曲作ってくるからね!」


 とだけ告げて返事も聞かずに脱兎の如く駆け出した。


 やるべきことは多い。

 とりあえず私は絶対音感の持ち主では無い。

 自分の記憶を頼りに、曲を少しずつ楽譜に書いていかなければならないのだ。


 それと楽器選びも重要だ。

 ラビリスが一番得意なのは、ハープだったはず。

 ならばハープの音色で……あまりポップなものはまだ早いだろう。

 王宮の楽団たちが奏でる曲を何度か聞いたことがあるが、あれは駄目だ。

 退屈で退屈であくびが出る。

 どうやら歌の起源が私の世界とは違っていて、この世界の神々や精霊との対話が全ての始まりらしいのだ。

 つまるところ、人が楽しむための曲では無い。


 ――だから、勝てる!

 私は人が楽しむための歌で、音楽で、生き残りを駆けた殴り込みを仕掛けてやるのだ……!


 ふふふ、いける、いけるぞ!

 我が前世の巨匠たちよ!

 私に力を貸しておくれー!


 ※


「駄ぁ目だ全然思い浮かばねぇわ……」

 私は一睡もせず曲を考え抜いたが、決まらなかった。

 これは良い曲が思い浮かばなかったからでは無い。

 良い曲が多すぎて、これだという曲が決まらないのだ。


 学園の風景、季節、遠くに見える綺羅びやかな浜辺、街並み。

 あらゆる情景に対して、いくつもの曲が、


『俺を使え!』


 とせめぎ合うのだからたまらない。


 季節感重視ならばあれが最高だが、街を現すのなら別のものが。

 いやいや学園の様子ならばあっちの曲が――。

 ああ、街から見える海の景色は綺麗だったなぁ。

 でも合う曲めっちゃある。


「駄目だぁ……頭痛い……」


 今日のところは、保留にしておこう。

 私は天才ではないのだ。

 悔しいが。


 幸いなことに、授業は寝ていてもなんとかなった。

 伊達に三十三回繰り返したわけでは無い。


 だが今回は、いつもと違う出来事があった。

 私の様子を離れた席からチラチラと伺っていたラビリスが、教師から注意を受けたのだ。

 かつて、あのラビリスがここまで私に興味を持ったことがあっただろうか?

 いや、無い。

 だから今度こそ、私は生き残るぞ!


 ※


 放課後、私とラビリスは空き部屋に集まった。


「ごめんっ! まだ曲できてない!」


 ラビリスは嘘がわかる。

 だからこういう時は正攻法で行くしか無いのだ。

 ていうか冷静に考えたら一日で曲なんてできるわけ無いでしょ? 昨日の私は何考えてたんだ? 馬鹿か?


 ラビリスがふわりと微笑み、私の手に優しく触れた。


「フリーダ様が頑張ってくださっているのはお顔を見ればわかります。そんなに気に病まないでください」


 ……私は知っている。

 彼女がこの笑みで、この仕草で、こういう台詞を言う時は、心のなかで相手の評価を何段階か下げている時だ。

 いやほんとこいつ理想高すぎでしょ?

 そりゃ友達できないわ。

 っていうか一生できないでしょこれだと!

 なんで一日で名曲作れないからって評価下げられなきゃならんのよ!?

 割とムカつくし、状況的にも不味い。

 ……ええい、南無三!


「数曲には、絞れたんだけど……聞いてみる?」


「――では、はい。お願いいたします」


 あ、こいつ今一瞬他のこと考えたな。

 たったこれだけのことで既に私に見切りをつけようとしているこの切替の速さ! これに私は三十三回負けたのだ。

 怪物め。


 私は気合を入れ、ギターでいくつかの曲を奏でる。

 もう形振り構わずだ。

 悩んでいた曲全てと、ついでに流石に雰囲気に合わないということで選外となったその他の世界的名曲、名歌を複数弾き語ってみせた。


 と、私は恐る恐るラビリスを見る。

 彼女は感動に打ちひしがれ、わなわなと震えていた。


 は、ハハハ! どうだ見たかこの野郎! 全部他人の曲だぞ! 私の世界の叡智の結晶全部乗せは心に痛かろう!


 ラビリスは乱暴に立ち上がり、私の両手をぎゅっと握りしめた。


「か、感動しました、本当に!」


 彼女は先日よりも更に頬を赤く染めている。

 興奮しすぎて頭に血が登っているのかもしれない。


「そ、そう? でもまだ――」


「私に弾かせてください!」


「い、良いけど、どの曲?」


「全部です!」


 は?


「全部って、覚えるのにどんだけ――」


「覚えました! 全部!」


 そう言うと、ラビリスは私が先程奏したばかりの世界の名曲を我が物顔で弾き語り始めた。

 それどころか、勝手にアレンジまで挟み始めたでは無いか。


 て、天才か……。

 そりゃあ、こんだけできたら友達無くすわ……自信無くしてどんどん離れてくわ……。

 そして私が欲しいもの全部もっていやがる。

 容姿、家柄、才能、何もかもが完璧なのだ。


 ……私はこの世界における自分の顔が結構好きだった。

 生意気そうだけど、可愛いと思うし、薔薇のような赤い髪はアニメや漫画の世界のように華やかで、美しいと感じたのだ。

 だがすぐに、上には上がいることに気付かされた。

 何をどうやっても勝てない相手が、今、目の前にいる。


 ……折れるな、私。

 現代知識チートを使い、何回目かのループで生み出した銃は簡単にコピーされた。

 それは現実でもそうだ。

 構造が単純だからだ。

 これならどうだと気合を入れてこの世界にもたらした、魔力で動く戦艦も、戦闘機も、空母も、こっちの技術と組み合わせた飛空艇でも駄目だった。


 だが、歌は、曲は……芸術は違うはずだ。

 天才から学んだ弟子全てが、天才になるわけでは無い。

 そう安々と超えていけるものでは無いのだ。

 そのはずだ――。


 やがて、私が奏でた全ての楽曲を、独自アレンジを混ぜて弾き終えたラビリスは、両肩で息を深く履きながら、恍惚の表情で言った。


「すっごい……」


 な、何が?


「わたくしは、全力で弾きました。本気の、本気です。このわたくしが」


 う、うん。

 少し本性見えちゃってるけど良いの?


「だのに、ふふ、聞きました? 今の、聞くに耐えない吐き気をもよおすような曲!」


 ちょっと何言ってるのかわからない。


 ラビリスは椅子を蹴って立ち上がり、私の手を乱暴に握った。


「貴女の曲が、完璧過ぎたのです! わずかにでも弄れば、全てが破綻してしまうほどに、繊細で、美しくて、ああ! おかしくなってしまいそう!」


 もうなっとるやないかい。


「フリーダ様! わたくしは、今日! わたくしよりも優れている人に生まれてはじめて出会いました!」


 ……本音が完全に漏れている。


 だ、だが良いぞ。よし。

 これは勝った。

 かつて無いほどに勝ったぞ。

 ……勝利宣言して良い?


「世界を取りましょう! わたくしたちの――いえ、フリーダ様の音楽で!」


「えっ」


 あー……。そ、そうかぁ。

 なんで毎回毎回最終的に敵対するのかぜんっぜんわからなかったんだけど、こいつ世界を取ろうとしてたのかぁ。

 三十三回も私がこいつに殺されたのって、世界征服の弊害だったからかぁ。


 こ、こわ~。

 適当にはぐらかしとこ……。


「そうね。私たちならいけると思う!」


「今適当にはぐらかそうとしました?」


 いかん。こいつ強い。ちょっと勝てない。

 ええい諦めるな、とにかく足掻け! 醜く足掻いてでも何かしろ、南無三!


「だ、だいたい! いきなり世界とかおかしなこと言わないでよ! 私たちまだ十四歳でしょ!?」


「む、そ、それは、そうです。そうでした。……このわたくしとしたことが、取り乱してしまいました」


 それに、ラビリス一人を懐柔しても結局周囲が彼女の戦いの才能を放っておかないのは何十回と経験している。

 だからそうなる前に、ラビリスの周りに歌って踊れるアイドルを集めなければならない。

 そう、アイドルグループのリーダーという重い重い責任を、真っ先に背負わせてしまう戦法なのだ。


 だけど多分コイツはグループなんてものに興味は無い。

 私と二人だけでいきなり世界を取ろうと考えたのだ。

 ……たぶん本当に取れるだろうが、それでは駄目だ。

 もっと色々と足を引っ張る新人アイドルがいて、たくさん失敗して、たくさん挫折して、ゆっくりとした歩みで進んで貰わねば私が困るのだ。


 だってこいつ、たぶん世界取ったら歌に飽きるもん。

 そういうやつなのだ。

 そしてそんな怪物と三十三回も戦った私をもっと褒めて欲しい……。


「まずは、私たちは学生なんだから。学校のみんなを楽しませないと駄目でしょ」


「フリーダ様は足元が見えていらっしゃる。軍師ですのね?」


 あ駄目だこいつ。

 学校を足がかりにして次は世界とか考えてる目だ。


「世界のこと、今は忘れてくんない?」


 すると、ラビリスは目に見えて不愉快そうな表情になるが、今回の分は私にある。


「歌や楽器はね、感情が乗るの。だから今のラビリスの曲を聞いた人には、ああこの人は私たちのことを見てくれてないだなって伝わっちゃう」


「そ、それは――そう、かも……し、しれません……」


 ふふふ、どうやら割と深く突き刺さったようだ。

 まあだいたい偉い人の受け売りだからなあ! そりゃ刺さるわ!


「だからラビリスには、ちゃんと今ここにいるみんなを見て、みんなのために歌って欲しい」


「……フリーダ様ほどの方がおっしゃるのでしたら――わかりました。私は世界のことを忘れます」


 うん、それでこそだ。

 そして興味が失せれば私のこともさっと忘れるのがお前だということを、私は忘れないからな……!

 割と本気で友情を結べて、私たちずっ友だねってなったルートで殺しに来たこと、覚えてっから!!


 そして、ラビリスは私を真っ直ぐに見て言った。


「では今週の末にでも、わたくしたちの歌と音楽を皆に披露しましょう」


「今週の末って明日なんだけど」


「はいっ!」


 早いわこのクソボケカス。


「駄目。せめて来週の末に変更して」


「このわたくしを見くびらないでください。今夜にでもこの素晴らしい曲を完璧に仕上げてみせます」


 違う、そうじゃない。


「ラビリス。私から見ればあんたの歌はまだ――未熟!」


「な、に――。み、未熟?……納得行く説明をしてくださるのでしょうね?」


「一応聞いておくけど、明日やるとして何を歌うつもりだった?」


「無論、全部です!」


「はー疲れるわ……。押し付けがましい。迷惑。良い? 私たちにとって素晴らしいものが、全ての人にとっての素晴らしいものだなんてのは間違いなの」


「フリーダ様の曲は素晴らしい曲です」


 いやこいつ本当に人の話聞かないな……。


「だからそうじゃなくて! 歌とか、音楽とか! 興味が全く無い人にはそもそも刺さらないの!」


「いいえ刺さります! フリーダ様の曲にはそれだけの力があるのです!」


 力があるのはそう!

 だけど生前は評価微妙で、死後になってからとかそんなケース割とあるから!

 ……しかしそれを上手く説明するすべが無い。

 ならばゴリ押すしかあるまい!


「少なくとも作曲に関しては、私が上だと認めているはずよね?」


「……認めています。はっきり言いましょう、フリーダ様は世界でただ一人の、格上の存在です」


 ……こいつ本当に格とかで人判断するんだよなぁ。

 やだなぁ、あまり一緒にいたくないなぁ。


「だったら、その私の言うことは聞くのが筋なんじゃあ無いわけ?」


「いいえ、ここは譲れません」


 いや譲ってよ、なんでよ……。


「わたくしは、猛烈に感動したのです。ならばこの感動は、全ての方にも伝わるはずです」


「じゃあ証拠だして」


 すると、ラビリスはぴたりと押し黙る。


「証拠を出してくれたら、私も納得する。証拠、出して」


 不意に、ラビリスは遠くを見つめ、口を開く。


「こちらに近づいてくる気配が二つあります。彼らに判断してもらいましょう」


 ややあって、二人の青年貴族が部屋の扉を開け、姿を表した。


「ふたりとも、先生が怒ってるよ? 時間をかけ過ぎだって」

「もう日が暮れてきてるし、俺たちで送っていくよ」


 ……よりにもよってこいつらか。


 一人の青年の名、マティウス。

 私の婚約者だ。

 そして、私に本気で惚れている男だ。


 だが私は知っている。

 ……お前今まで、この三十三回全部、ラビリスに寝取られてるからな?

 最初は本気で泣いたし、二回目はそれでも信じようとした。

 でも三回目辺りから、あーこいつ割とクズかもしんないと思い始めて、今じゃもう百年の恋も冷めるわ状態だ。

 マジで覚えとけよ?


 そしてその隣にいる青年の名はクロード。

 ……まあ、うん、普通に敵だ。

 ただ一つ同情するのなら、ラビリスの婚約者だ。

 つまりこいつは将来、自分の婚約者に捨てられるわけだ。

 ハハ、ざまあみろ。

 ちなみに毎回毎回私の首を落とす時にレパートリーの少ない言葉を述べるやつがこいつだ。

 お前も覚えとけよ?


 だが、油断はできない。

 こいつらはとりあえずラビリスに合わえて適当に褒めるかもしれないのだ。

 無論、ラビリスはそれを見抜くだろうが、彼らの前ではまだ猫かぶってるラビリスなのだ。


 ゆえに、私はラビリスに先んじた。


「ごめんごめん、ちょっと盛り上がっちゃってさー。ねえ聞いてよマーティ、初等部の子が作ったって曲があって――」


 そう、人はそのものの良さよりも、情報で判断してしまう生き物なのだ。

 だからまずは、私が有利に働くような先入観を植え付けさせてもらおうではないか。


 ラビリスは一瞬訝しげな顔になるが、特に何も言わず猫かぶった微笑をたたえているだけだ。

 それはまだ、良いものは良いと伝わるはずと信じる純真さを感じさせるものだったが、このフリーダ・ミュールは容赦せん!


「ふたりともせっかくだから聞いていってよ。わたしは結構好きなんだけどっ」


 そして、『わたしは好き』『おれは好き』という逃げ道を先に与える。


 私は、ラビリスが小賢しい真似をする前にギターを取り、弾き出した。


 ……ここで手を抜くつもりは無い。

 それは流石にラビリスに色々とバレる。

 ラビリスとは、そのレベルの相手なのだ。


 いくつかの曲を弾き終え、私は苦笑を作って二人に問うた。


「どう? 嫌いじゃ無いんだけどなー」


 すると案の定、私に釣られたマティウスが苦笑で答える。


「うん。ちょっと独特だよね」


 ふふふ、でしょうね!

 だってお前ら、この音楽やテンポの概念が無いもんな!

 特に貴族たちはまだこの手の曲には理解を示さないだろう。

 そして、マティウスたちは由緒正しい貴族だ。


 マティウスは少し考えてから、続ける。


「好きな人は、好きかもしれないけどね」


 ふふふ、言葉を選んだな!

 だがそれで良い。

 ラビリスは微笑を浮かべたままだが、三十三回殺された私にはわかる。

 今、彼女の中でマティウスの評価はめっちゃ落ちた。


 業を煮やしたのか、ラビリスはクロードの服の袖に指先を触れさせ、言った。


「クロードはどうでしたか? わたくしはとても良い曲だと思ったのですけど」


 ふ、もう遅いわ。

 なぜならクロードは――。


「え、ああ。……ごめん、俺は曲のことはよくわからないから……」


 ああ、良かった!

 三十四回目のクロードもつまらない男!

 そりゃ捨てられるわ!

 そんで私の婚約者寝取ったのはさすがお目が高いと言いたいけどマジで覚えてろよお前ら。


 だが、勝ちは勝ちだ。


「んじゃ、来週の末に、ね?」


 すると、ラビリスは一度だけ唇を噛み、


「……そう、ですわね。わかりました」


 と言った。


 やった! 勝った! ざまあみろ!

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