崖っぷち悪役令嬢閃く『敵の聖女をアイドルにしてしまえ!』

清見元康

第一章:悪役令嬢、アイドル事務所を設立する

第1話:悪役令嬢、アイドル事務所設立を目論む

『殺せ、殺せ!』


 群衆が沸き立つ。


 私は背後の衛兵に押され、断頭台へと足を進める。

 ちらと眼下を見下ろすと、憎悪と狂気に満ちた群衆の目が私に向けられていた。


 恐怖は感じない。

 なぜなら――。


(……これで三十三回目かぁ)


 そう、私は死に戻りをしているのだ。

 あの手この手で生き残るための手段を探り、ありとあらゆる運と状況に見放され、この断頭台で終わるまでを繰り返している。


 群衆も、私を見ている騎士も姫も、ぶっちゃけ慣れ親しんだ顔なってしまった。


 お前毎回いるな、とか。

 凄いなお前皆勤賞だぞ、とか。

 お前は前回いなかったけどどしたん? とか。


 そして、今回騎士が述べた最後の言葉は、十二回目と二十七回目のハイブリッドのようだ。


 こいつ顔は良いけどレパートリー少ないなぁ……。


 それが、三十三目の私の最後の思考だった。


 ※


 かは、と息をつき、私は天井を見上げた。

 いつものように体は汗だくで、いつものように一応念の為と私はぺたぺたと自分の顔と体を触り、状況を確認する。


 うん、同じだ。

 ここは私の寝室で、私は十四歳で、どうやら三十四回目の挑戦が始まったらしい。


 私はのそのそと天蓋付きの広いベッドから降り、ふーーーー、と長い長い息をつく。


 そして、私は絶叫した。


「ふっざけんな!! ああ!? なんで毎回毎回毎回毎回! いざってなると私の知らないとこで私の知らない戦力が現れて! 私の知らない連中が敵対してくんのよ!?  その癖して最後は同じメンツじゃん!? なんで!? 前回のミスは徹底的に潰してるのに!!」


 意味がわからない。

 ありとあらゆる手段を行使した。

 徹底的に追い込んだ時もあった。

 逆に味方につけた時もあった。

 だが必ず毎回途中で横やりが入り、毎回毎回新しいやり方で私を追い詰め、最後は同じ場所で同じ死に方をするのだ。


「現代知識チートで重火器作ると最終的に向こうもそれ用意してくるし! 武力じゃなくて経済力で攻めてもあっちはどんどん私のモン盗むし! 著作権とか、考えなさいよ!」


 せっかく素敵な世界に転生したと思ったのに。

 うわぁこれ私好みの悪役令嬢じゃぁんって思ったのに。

 絶対に成り上がって幸せな世界を満喫してやろうって思ったのに。


「敵対しても負ける、友達になっても負ける、じゃあどうしろってのよ!?」


 一番の障害は、もうとっくにわかっている。


「あのラビリス・トラインとかいう女……!」


 彼女の若い頃の異名は桜吹雪く姫君。

 やがて桜花の女帝と呼ばれ、私と戦う際は必ず先陣を切る頭のおかしな女。

 文武両道。

 剣技、槍技、魔導に精通するどころか、美しい歌声と竪琴の音色で兵士たちを鼓舞するチート女。


「なぁにが戦場の歌姫よ! ああ!? 歌姫気取ってんなら前出てくんなあ! 一生歌だけ歌ってろ!!」


 その時、私に電流走る。


「歌、だけ……」


 これだ。

 私は素晴らしい案を、今、ひらめいた。

 あの女を、歌と楽器にしか能がない女にしてしまえば良いのだ。


「か、考えてみたらどいつもコイツも美男美女ばかり……! そ、それなら! あいつら全員、剣や魔法なんて学ぶ暇が無いくらい、歌と踊りの虜にしちゃえば……!」


 そうして、私は決意を新たにする。


「アイドル事務所だ! アイドル事務所を作って、アイツらを全員、堕落させてやる! 私が生き残るために!」


 ※


 朝の六時二十三分。

 毎回必ずこの時間に、ラビリス・トラインは従騎士を連れて貴族学校の噴水前広場にやってくる。


 なので私はその三分ほど前から小ぶりのギターで演奏を始める。

 ああ、まさかこんなところで昔流行ったアニメの影響で始めたギターのテクニックが役に立つなんて……。


 後は適当に鼻歌を交えながら、ギターの音色を奏で――。


 演奏を終えると、後ろからパチパチと拍手の音が聞こえる。


 私は、今気づいたと言わんばかりの態度で大げさに振り返った。


「うわっびっくりした! い、いたの!?」


 そこにいた柔らかな雰囲気の少女、ラビリス・トライン姫が私にふわりとした微笑みを向ける。


「はい、いました。聞いてました。フリーダ・ミュール様は、素敵な才能をお持ちなのですね」


 ようし、反応は悪くない。

 ならばここは引いて見よう。


「べ、別にそんなんじゃないし……。こんなの、誰だってできるでしょ?」


 そう言いながら、私は少し落ち込んだ素振りを見せてみる。


「そんなことありません。フリーダ様の演奏、知らない曲でしたが……不思議と、心に響きました」


 そりゃそうでしょうよ。

 何せ私のバックには、元の世界に名を連ねる名作曲家が山のようについているんだから。


「そう……かな? 適当に思いついただけなんだけど……」


「でしたら、なおさらです! わたくしが保証いたします。フリーダ様は、素晴らしい才をお持ちです!」


 来たぞ食いついたぞ。

 だいたい、歌が嫌いならそもそも歌姫なんて呼ばれるほど歌ったりしないもんな?


「ん、ありがとラビリス。――でも、これっきりにするわ」


「えっ」


「だって、パパは家を継ぐ立派な魔導師になりなさいって言うし。ほら、私んとこ男の子いなから……」


 だから、私は夢を諦めなければならない。本当はつらいけど、でも、仕方がないんだ。


 ……的な表情を全力で作って、私はちらとラビリスの表情を伺う。


 彼女は、酷くショックを受けたような顔をしていた。


 あ、これいけるわ!

 今回マジで行けそう!


「ねえ、ラビリス。貴女も歌、好きなんでしょ?」


 すると、ラビリスはバツが悪そうに視線を落とした。


「い、いえ、そんな……わたくしは――」


 ふふふ馬鹿め、知っとるわ全部。

 この時のラビリスは、影でこっそり歌の練習をしている乙女なのだ。

 そしてどこかの戦場で、兵士たちを励ますために歌い、やがて戦場の歌姫と呼ばれるようになるのだ。


 それを今、引きずり出す!

 さすれば勝てる!

 たぶん!


 私はラビリスの細い腕に、ギターをぎゅっと押し当てる。

 これは私の宝物です。だから夢を、思いを貴女に託すわ……。

 みたいな感じで!


「……ラビリスの歌、聞かせて」


 ラビリスは少しばかり迷った素振りを見せる。

 やがて彼女は私の真剣な眼差しを見て、何かを察したように深くうなずいた。


 そして彼女は、なめらかなメロディーと共にゆっくりと歌い出した。


 彼女の歌声は美しく、それでいてどこか儚げな――聞くものを虜にさせるような、歌だった。


 だが私の知る何千何百という歌の方が遥かに上だ。

 ハッ! ベートーヴェンもビートルズもすぎやまこういちもいない世界の歌で何ができようか!


 ラビリスが歌い終え、少しばかり頬を紅に染めて私を見る。


「あ、あの、どうでし――あっ」


 私は、瞳からぼろぼろと大粒の涙をこぼし、泣いていた。

 もちろんこれは魔法で作った嘘の涙では無い。

 本物の涙だ。

 というか魔法で作った涙はこいつ相手だと多分バレる。

 いや実際昔バレた。

 だから私は八回目の転生で既に、自力で泣く技を編み出している。


「ご、ごめん、ラビリス。私なんか、感動しちゃって――」


 勝った! どうだ馬鹿め! 本物の涙は見抜けまい!


 私は、涙を拭うのを忘れるほど感動した、ような仕草でラビリスの肩に触れ、その大きな瞳を真っ直ぐに見つめた。


「ねえラビリス。私の夢、託しても良い……?」


 そして私はとっくに知っている。

 ラビリスは人一倍責任感が強いことを。

 とにかく全部背負い込み、最終的に私を殺しに来るのだ。

 友達になるルートは十回くらい試したのに、それでも来るんだからこいつ本当におっかない!


 だがそのルートも無駄では無かった。

 ラビリスの、決定的な事実を知ることができたのだ。


「で、でしたら、あの……わたくしからも、お願いをしてもよろしいでしょうか?」


「言って。なんでも」


「あ、あの……フリーダ、さんに、曲を作っていただきたいのです」


 ラビリスは、友達がいない。

 私はこの女の本質をとっくに見抜いている。

 戦いの才能が有りすぎるのだ。

 絶対者となり得る素質の持ち主なのだ。

 故に、孤独!


 私は本当に驚き、困惑し、感激した……ような素振りで言う。


「え、でも……私で、良いの?」


 ラビリスは、深く、強く頷いた。


「先程のフリーダ様の曲。本当に、素晴らしかったのです。こんなに心が動かされたのは、初めてなのです」


 そして今日、ラビリスは自分の才を遥かに超える存在に出会ったのだ。


 たった一人で何もかもできてしまうお前にはわかるまい!

 この私の元の世界の! 天才たちが切磋琢磨し、魂をすり減らして生み出した栄光の数々を……!

 想像すらできまい!


 だから私は、ラビリスの細くて長い指に触れ、言うのだ。


「それなら、これは――私たちの夢だね、ラビリス」


 そうして、私は一人目のアイドル確保に成功したのだ。

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