夢を駆ける赤狐。

新進真【特撮大好き】

世界初のカップうどんを開発した青年。

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 就きたくもない仕事に就いてしまってから、今年で三年。


 僕は水産系の仕事をしている。ぶっちゃけ言うなら、食品会社に入りたかった。特にお菓子、それを食べている時はみんな笑顔になれる。みんなを笑顔にしたかったのに、残念ながら不合格。それで、名前も知らない水産会社に入った。


 毎日、海や魚について話し合っては、会議でそれらをまとめる。それで漁業関係者と立ち会っては、色々な意見を受ける。暑い時期でも寒い時期でも一年中。


 水産会社の中でも、僕が所属しているのは漁業課。他には食品課だったり生物課だったり……そっちに入りたかったなぁ。


 家に帰っても「おかえり」と言ってくれる人は居ない。ひとり暮らしだ。ボロボロのアパートに住んでいる。外は騒がしいが、部屋に入った途端に静かになる。今は夜だから関係ないが。


 もう午後十時か、ひとり暮らしでご飯を作ってくれる人も居ない。でも今の時間から米を炊くのもな……と戸惑っていると、棚の奥の方にあるカップ麺を見つけた。赤いパッケージの、ラーメン。これなら食べられそうだ。


 お湯を沸かし、カップに入れてから三分。これだけでラーメンが完成する。立派な時代になったもんだ。といっても、僕が子供の頃から存在していた。


 それにしても、ラーメンはよく見るのに、カップうどんは見たことがないな。どこか作ってくれないかな。


 三分待つ間、ラジオを付けてニュースを聴く。テレビは家に置いてない。別に好きな番組もないし、スペースも取られる。それなら、ラジオで十分だ。


《先月の札幌オリンピックのスキージャンプ70mで金メダルを獲得した笠----》


 あぁ、そういえば先月、札幌でオリンピックが開催されていたな。テレビを持っていないから分からなかったけど、会社に設置されていたテレビで、皆で釘付けになって見てたなぁ。僕はあまり興味なかったけど。


《恥ずかしながら帰って参りま----》


 あぁ、これも先々月のことだったかな。無条件降伏の存在自体知らずに、ずっと独りで戦い続けた日本人。派遣されてから二十八年後にやっと日本に帰ってこれたらしい。僕が生まれる十年前は、戦時中。生まれる時期が少し違っただけで、戦争に巻き込まれていたかもしれないんだな。


 あ、三分経っていた。

 僕は熱いスープを冷ましながら食べた。僕自身、カップ麺は好きだが、熱いのは苦手だ。つまり、猫舌。味も美味しいけれど、熱いままでは食べられない。


「あっつ」


 冷ませた……と思って恐る恐るスープを啜ってみたが、まだ熱い。まだまだ格闘しなきゃいけないのか、このスープと。まるでマグマみたいな熱さだな。


 ふと、横に人影を感じた。

 ひとり暮らしだから、絶対に人が居ないのは分かっている。でも、チラッと横を見た。




 そこには、赤い目をした狐が座っていた。




 正座してラーメンを食べている僕の横に、団地で扉を閉めている部屋の中に、赤い狐が……ひょこっと座ってい、い、い。


「あっつ!」


 見入ってしまい、熱々のスープを服の上にこぼしてしまった。スーツに染みが拡がってしまう……急いで拭かなきゃ……と勢いよく立ち上がり、またスープをこぼしてしまった。スープは畳に染み込んでいき、もう自分の手じゃ負えない程に汚れが拡がっていった。


 いやいや、幻覚だ。きっと疲れているんだろう。二十二時まで仕事をさせられているんだ。これじゃ全身に疲れが回ってきて……えっ。


 赤い狐はスープを拭く僕の手を引っ張るようにして、駆け出した。狐は玄関の方へ向かっていった。


 夢にしても幻覚にしては妙にリアルだ。夢にしてはちゃんと感覚もあるし、幻覚にしては……やはり幻覚か。スープを触るとやっぱり熱い。


 畳に落ちたラーメンを掃きつつ、狐の正体が気になった。こんなことは初めてだ。


 幼少期、よく周りから「不思議な子だね」と言われていた。それは決して幻が見えるとかじゃなく、社交性が無いだけであった。今はそれとは違って、幻が見える。


 狐のことを考えているうちに、何だかもう一度狐に会いたくなってきた。床にばらまかれた麺なんて今はどうでもいい。どちらにせよ、畳は汚れているんだ。今は、狐に会いたい。


 そう思ってから行動するまでに、時間はかからなかった。ひとり暮らしの僕の家は狭い、そのためすぐに玄関に到達した。


 玄関の扉は開けられていた。外からじゃなく、中から。もしや、あの狐が開けたのか。器用すぎる、手を引っ張ること以外にも、扉を開けることもできるのか。


 外は、いつもと違った。

 ボロボロのアパートで、僕の部屋は二階にあるから、家から出て左を向けばすぐに階段に差し掛かる。


 それが、今は……北極か? それとも南極か?

 下を向くと氷、どこを見ても氷。それに寒い、寒すぎる。僕の体は猛吹雪に包まれていた。


 慌てて家に戻ろうとすると、家の扉が消えていた。家にはもう戻れないのか、辺りを走り回ってみても、出口らしい空間は一切見つからない。


 もう走れない程、ヘトヘトになった。息をするのも苦しいくらい。吸っても吸っても、冷たい空気が肺を破壊していく。足を動かせば動かすほど、足が凍っていくように固まる。疲れて思わず地面に手を着いたが、地面も氷なため手も凍っていくように地面に接着されていく。


 もうここから動けない。

 助けて……狐も見えないし、もう前も見えない。眼も凍りそうなんだ。耳も口も、氷で穴が塞がれそうなんだ。生殖機能どころか、生命自体も消えていきそうな時、さっきの狐が目の前に現れた。


 狐が器用に指をパチンと鳴らすと、さっきまでの寒さが少し和らいだ。まだ寒いが、凍え死ぬ程ではない。


 更に、目の前に様々な料理が出された。

 カレーライスにシチュー、熱々のラーメンにうどん、作られたばかりのおしるこに、キムチ鍋に……子供の頃、クリスマスになると必ず食べたいと駄々をこねたローストターキーだってある。他にも僕の父親が好きだった、近所にあった定食屋の味噌汁までもが置いてある。


 今まで僕が食べてきたものが、ズラリと目の前に並べられていた。冷たい食べ物、アイスとかスイーツはないが、温かい食べ物はほぼ全て置かれてあった。


 狐は頷いていた。

 もしかして、全部……食べていいのか。


 僕は目の前にある、熱々のラーメンに飛び込んだ。生成された箸を受け取り、冷まさずにそのままガッツリと食らいついた。


「あっつい」


 そう言いつつも、心と体が同時に温まっていった。僕は今まで損をしていた。こんなに素晴らしい気持ちになれるなんて、僕は知らなかった。今まで、熱い食べ物は全て冷ましてから食べていた。生まれてから、大人になってもずっと。


 これからは、冷まさずに食べよう。


「そう、奥で食べな」


 何か、女性か。どこかから、女性の声が聞こえた。吹雪は止んだが、前は相変わらず見えない。周りは氷に囲まれているし、肝心の女性の姿も見えない。


 それに、狐の姿も見えなくなっていた。

 心配しつつ、カレーライスに手をつけると……上からマグマが降ってきた。赤いし明るいしドロドロとしている……間違いない、マグマだ。


 避けようともしたが、体が動かなかった。

 足は地面と接着され、手も後ろで縛られている。カレーライスは地面に落ちた途端、粉になって消滅した。


 上からマグマが降ってくるのに、避けられない。


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 ハッと、僕は目を覚ました。

 どうやらカップ麺にお湯を入れた時に、そのまま寝てしまったようだ。だから畳やスーツにスープをこぼしていないし、狐とも出会っていない。


 さっきまでの出来事は、夢だったんだ。

 そりゃ、そうだよな。氷に囲まれた場所でラーメンを食べるなんて、普通じゃ有り得ない光景だ。


 あぁ、夢か。夢だと理解すると、僕は妙に落ち込んだ。狐に会ったおかげで、僕は猫舌を治せた……と思っていたのに、それも夢だっただなんて。


 まぁいいや、夢なんだから。いただきます。


「あ、伸びてる」


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 発売の経緯まとめ


(中略)


『夢の中で、赤い目をした狐に出会った』や『狐に会ったおかげで、現実世界でも猫舌が治った』というエピソードを持つ青年(当時:25歳)は、自身の働く水産会社で”世界初のカップうどん”を開発した。


 最初は『夢の中でマグマを浴びたから』というエピソードを元に『熱いきつね』という商品名を付けたが、水産会社の社長から「それなら赤い目を強調した方がいい」と助言され、商品名を『赤い目のきつね』に変更、更に『赤いきつね』に変更し翌年販売を開始した。


 1978年に販売を開始した当商品は世界中で大ヒットし、今やカップうどん界を支える存在に。


(以下、略)


(引用 ユメペディア 1978.8.XX 干渉者:アカギツネ)


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「うーん、惜しいね。夢だけど、夢じゃないんだ。ね、アカギツネ? それにしても、商品名の由来になれたんだよ? 凄くない? もっと誇らしくしなよ!」


 赤い瞳を持った狐の横に、赤い髪飾りをした少女が立っている。アカギツネと少女の正体を知る者は、この世界には居ない。それはまた、夢の中のお話で----


「だから、夢じゃないんだよ」


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