第11話 家をもらいました

「さて、ラン。

 準備はいい?」


 私はドアの前で控えるランに、一言声を掛ける。

 ランは丁寧にお辞儀をすると「はい」と小さく答えた。


 今日、私達はお世話になったこの街を出るのだ。

 目的地はない。

 とりあえずは、家を探そうと思っている。

 スローライフを送るには、人里から少しだけ離れた、過ごしやすい家が必要だからだ。


 私達は宿のチェックアウトを済ませ、街の門へと向かった。


 門の前で待っていたのは、ブレイズ・ホークに襲われていた男性たちだった。

 この人達も、丁度街を出るところだったのか?


「こんにちは、奇遇ですね」


 私は何の気なしに、挨拶をする。

 すると、男性たちはわっと沸き上がった。


「やっと会えましたね!」

「え?」


 男性たちはぞろぞろと私を取り囲む。

 ランがしゃーっと威嚇するが、ひるむ様子はない。


「え、ちょ、ちょっとなんですか!?」

「ずっと探したんですよ!

 ギルドに聞いても居場所を教えてくれませんし!」


 男性は私の前で、何かを差し出した。

 これは……鍵……?

 倉庫か何かのものだろうか?


「俺には不要なものです。

 あなたが持っていてください」


 お礼ということか?

 でも、私はあの時、しっかり金貨1枚をもらった。

 それで十分なんだ。

 これ以上、何かもらうのも……。


「私は、レベル30の方を呼びに行ったにすぎませんよ。

 そんなもの貰えません!」


 私がそう言っても、男性たちは引く様子を見せない。


「しかし、あなたがいなければ、俺達は助からなかった。

 貰ってください、俺達の気が済まないのです」


 男性は私の手を掴むと、強引にカギを握らせてきた。

 女性の手を無理やり掴むなんて……と思いつつも、男性も悪気があるわけではなさそうなので、口には出せない。


「まあ、そこまで言うなら、もらってもいいですけど……。

 そもそも、これは何の鍵なんです?」

「俺の家の鍵です」

「……家!?」


 確かに家を探してはいたが、まさかもらえるとは……。

 い、いや、まだ私の希望通りの家だとわかったわけではない。

 返品する可能性もある。


「お袋と親父が死んで、俺は夢だった行商として、旅に出ました。

 でも、思い出の家だけは、売り払えなかったのです。

 これも、何かのめぐりあわせ、あなたが使ってください」

「そんな!

 家をもらうなんて、そんなことできません!

 しかも思い出の家でしょ!?」

「旅立ちの日、俺が家を売らなかったのは、きっとこの時のためなんです。

 気に入らなければ、売り払ってくれてかまいません。

 すこしでも、今回の恩返しができれば」


 私は「でも――」と声を上げる。

 そんな様子を見ていたランは、小さくため息を吐いた。


「ヒナ様、そのままじゃ会話は平行線ですよ。

 おとなしく受け取るか、この男たちを蹴散らして街を出るか、2つに一つです」


 ランの言うとおりだ。

 この人たちは、この鍵を私に渡すまで、解放してくれないだろう。

 だとしたら、もらえるだけもらっておくか……。


「……わかりました。

 その代わり、私が気に入らない箇所が少しでもあったら、返品しますからね!」

「ありがとうございます!」


 結局私は根負けし、鍵を受け取ってしまうのだった。


―――


 2週間後――。

 私達は、男性たちが残してくれた地図と聞き込みで、ついにその家までたどり着いた。

 長旅に見合うものだといいが……。

 なんて不安は、一瞬にして消え去った。


「大きい……」


 そのログハウスは、ちょっとした豪邸だった。

 庭には、手入れのされていない畑……少し手を加えれば、また作物も育つとランは言っている。


 草原のど真ん中に立ったその家は、立地にも恵まれていた。

 1時間も歩けば、街にも出れそうだ。


「……もっとしょぼいものを想像してたけど……スローライフにぴったりだ……」

「では、この家に住みますか?」


 ランは私の返答も聞かずに、掃除を始めていた。

 私が何と答えるか、もうわかっているのだろう。


「う~ん。あの男の人たちには、お礼なんかいらないってカッコつけたのに……」

「いいではありませんか、ヒナ様が自らの実力で得たものです」


 自らの実力か……。

 私は、ステータス画面を開き、レベルを見る。

 75と記されている、私のレベル。

 これが自分で得たものだとは、思えないが……。


「ま、いいか」


 私はどこからともなくはたきを取り出し、掃除をするランを尻目に、キッチンへと向かう。


「ヒナ様?」

「今日の夕飯は私が作るよ。

 ラン、食べたいものはある?」


 ランは数秒考えた後、

「では、カエルの丸焼きで」

 と答えた。


「はいはい、牛のステーキね」


 私の足なら、街までそう時間は掛からない。

 じゃ、行ってくるか。


「では、私は掃除を済ませておきますね」

「うん、よろしく」


 この世界に来て、何一つとして、私の力で得たものはないけど……でも……。


「ま、悪くはないかな!」


 私はドアを開け、街への一歩を踏み出した。

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勇者の経験値をパクってみた。~勇者が魔王を倒したので、その経験値で努力せず最強に~ すぴんどる @spindle

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